諦めたがりの猫は、言葉に生かされている。
私は、すぐに諦める。
なんで諦めるのか、というと、
傷つくことが怖すぎるから。
期待して、その通りになれば嬉しい。
けど、そうじゃない時に心が千切れてしまう。
それなら、
はやいうちに、諦めてしまった方が楽。
ガンと告知を受けたときも、
速攻、諦めた。
大好きな小説の夢も、
早々に諦めた。
本当に叶えたい夢ほど、
わたしは、あっけなく諦めてしまう。
ガンになったとき、
生きることを諦めながら、
それでも、まだ生きたいと一人で泣いていたころ。
友達からこの言葉をもらった。

「生きててくれてありがとう」
この言葉があったから、
私は8年半後の今も、
こうして生きていられているのだと思う。
私の人生、
私の命そのものに手を添えてくれたような言葉だった。
過去をすぐに捨ててしまう私が、
手放せないものの、ひとつ。
たいせつな、宝物。
「生きててくれてありがとう」という言葉が、私をここまで連れてきてくれた。
けれど最近、
言ってもらえて嬉しい言葉が、少し変わったことに気づいた。
先日、インスタのフォロワーさんから届いたDM。

こんなありがたい言葉をもらえるとは思わなくて、あまりにも嬉しかった。
間違いなく、この言葉も
この先も手放せない
大切な言葉になるだろうと思った。
そしたら、おととい
別の友達からも、同じような言葉をもらった。

最近、良い意味で
発信が「自分らしく」なってきていると思う。
そして、生き方も。
ピエロ役で生きてきた私は、
誰かに元気をあげるのは、得意な方だった。
私のことはいいから、
だから、みんなに笑っていてほしいって
ずーっと自分を蔑ろにして生きてきた。
だけど、最近
私は、私を大切にしたいと思っている。
奥底に沈めていた泥まみれの自分も
何もかも、全部。
それが、発信にもにじみ出てきているような気がする。
この泥まみれの自分は
出してはいけない、と思ってきた。
だけど、今の私を見て
「元気が出る」と言ってもらえることが
とても嬉しかった。
それと、もうひとつ。
私は、私が嫌いだったから、
「コスプレ」をはじめた。
学校にも、家にも居場所がなかった15歳の私が
なんとか見つけた、生きるための逃げ道だった。
30歳で、ガンになって。
好きなことを仕事にしたいと思って、
はじめたコスプレの仕事。
けれど、適応障害になり、
続けることができなくなった。
そのことは、私の中で
とてつもなく大きな傷になった。
逃げ道だったコスプレすら、怖くなってしまった。
そして。
逃げ道をなくした私は、猫を被った。
それが、
「猫被り」の「あかねこ日和」のはじまり。
先日、noteで繋がった方から、
猫の姿の私が
子どもたちの笑顔に繋がったと教えてもらった。
そして、そのことを
ご自身の記事にも書いてくださった。
私は、学校に行けない子どもだった。
だからこそ、
「教室にいかない繊細ちゃん」たちの笑顔に繋がっていることが、心から嬉しかった。
同時に、あの頃の私も救われたように感じた。
私は、諦めたがりの猫だ。
傷つくまえに、
大切なものまで簡単に手放そうとしてしまう。
それが当たり前になりすぎて、
自分が「諦めている」ことすら分からなくなってしまうことが多い。
けれど、いつも
誰かが、言葉で引っ張り上げてくれる。
諦めながら、
「それでも」と思わせてもらってきた。
諦めたがりの猫は、言葉に生かされている。
もらった言葉たちは、心の浮き輪になっている。
だから、これからは私も。
誰かが諦めかけたとき、
「それでも」と思える言葉を、そっと渡せる人になりたい。
諦めたがりの猫のままで。
読んでくださりありがとうございました。
生きづらさ。
心のこと。
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