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最後の技術者たち:消えゆくIT伝統芸の記録(4)

第四話 TRON

スーパー301条が撃った未来

本稿は、読者の問いから始まるドキュメンタリー風創作コラムです。実在の番組取材ではありませんが、かつて日本の技術現場に存在した空気と、現在のAI時代への問いを重ねて構成しています。

第一話では、ファジー制御について古代守さんに話を聞きました。

機械が、人間の『なんとなく』を理解しようとしていた時代。
そこには、人間の曖昧さをバカにしない技術者の姿がありました。

第二話では、アセンブラについて真田志郎さんに話を聞きました。

レジスタ、番地、割り込み、クロック。
機械語のとなりで、機械の都合を人間が引き受けていた時代の物語でした。

第三話では、COBOLについて沖田十三さんに話を聞きました。

そろばん、銀行数字、紙幣勘定、ATM、夜間バッチ、土地神話。
COBOLは、銀行員の身体技術と社会の記憶を機械の中へ移していった言語でした。

第四話で訪ねるのは、TRONです。

国産OS。
教育用パソコン。
スーパー301条。
外圧。
半導体摩擦。
組込みOS。
ユビキタス。
IoT。
そして、AI神話。

TRONという言葉には、いくつもの記憶が重なっています。

ある人は、国産OSが潰された話として覚えています。
ある人は、BTRONの名前だけを覚えています。
ある人は、組込みOSとしてのITRONを思い出します。
ある人は、TRONなど終わった技術だと言います。
そして、ある人は、いまのIoT社会を見ながら、こうつぶやきます。

あれは、早すぎたのではない。
撃たれたのだ、と。

今回、読者から寄せられた問いは、こういうものでした。

『TRONは本当に失敗した技術なのでしょうか。それとも、通商戦争と国内の利害によって、未来ごと潰された技術なのでしょうか。いまのHuawei問題やAI覇権争いと、同じ構図に見えるのですが』

この問いをたどるために、私たちは一人の元組込みOS技術者を訪ねました。

海辺の町にある古い家。
玄関先には、錆びた工具箱と、使い込まれた測定器のケースが置かれています。
書斎には、μITRON仕様書、T-Kernel関連資料、古い組込みボード、半田ごて、家電基板、車載制御の評価ボード、そして『ユビキタス』と書かれた古い講演資料が残されていました。

徳川彦左衛門さん、七十六歳。

かつて国内電機メーカーで組込みOSとリアルタイム制御に関わり、TRON仕様、ITRON、家電制御、通信機器、車載機器の開発を見てきた技術者です。

徳川さんは、古い仕様書をゆっくりと開きました。

『TRONというとな、みんなパソコンOSの話にしたがる。BTRONがどうした、教育用パソコンがどうした、外圧がどうした、という話じゃ。もちろん、それも重要じゃ。だがな、それだけでは話が小さい』

徳川さんは、机の上の組込みボードを指で軽く叩きました。

『TRONは、一つのOSではなかった。社会の機関室を設計しようとした構想じゃった。家電、車、工場、通信、住宅。人の見えんところに小さな計算機を置き、それらを協調させる。いまの言葉で言えばIoTじゃ。だが当時は、まだ世界がそこまで来ておらんかった』

TRONプロジェクトは、1980年代に始まりました。

日本の電機産業が、まだ未来を自分たちで設計できると信じていた時代です。

パソコン。
マイコン。
家電。
通信機器。
自動車。
工場制御。
教育用コンピュータ。
電子機器の標準化。

そこに共通する土台を、日本の手で作ろうとする構想がありました。

それは、単なるOS開発ではありませんでした。

機械と機械がつながる社会。
人間の生活空間のあちこちにコンピュータが入り込む社会。
家電も、車も、住宅も、工場も、通信も、互いに連携する社会。

いまなら、IoTと呼ばれるでしょう。
あるいは、エッジコンピューティング、スマートシティ、組込みAI、サイバーフィジカルシステムと呼ばれるかもしれません。

しかし当時、その未来には、まだ別の名前がついていました。

TRON。

徳川さんは、古い講演資料をめくります。

『ユビキタスという言葉があった。いま聞くと、どこかありがたいお経のように聞こえるかもしれん。だが、言っていることは単純じゃ。コンピュータは机の上だけにあるものではない。社会のあちこちに入り込む。見えないところで動く。人が意識しないところで働く。それを、かなり早い段階で見ておったのがTRONじゃった』

しかし、その構想は、技術だけで決まる世界には置かれていませんでした。

1980年代後半。
日本とアメリカの間には、激しい経済摩擦がありました。

半導体。
自動車。
コンピュータ。
通信。
標準化。
市場開放。

日本の製造業が強すぎた時代です。
アメリカは、日本市場の閉鎖性を問題にし、日本側は、外圧という言葉を覚えました。

そして1989年、TRONは、アメリカ通商政策の文脈で名指しされることになります。

兵器はミサイルではありませんでした。

報告書でした。
条文でした。
通商交渉でした。
スーパー301条でした。

徳川さんは、声を落としました。

『あれは、教育用パソコンの小競り合いではない。未来の標準を誰が握るかという戦争じゃった。日本がOS、半導体、組込み、家電、通信を束ねて、社会の下層を押さえるかもしれん。そう見えたから、撃たれたんじゃ』

もちろん、現実の通商交渉は、単純な陰謀劇ではありません。

BTRONをめぐる教育用パソコン標準化の問題。
MS-DOSなど既存ソフトウェアとの互換性。
国内メーカーの利害。
通産省と文部省の思惑。
アメリカ側の市場開放要求。
国内企業の腰の引け方。

いくつもの事情が絡み合っていました。

しかし、徳川さんの世代の技術者にとって、それは一つの記憶として残りました。

未来の土台を作ろうとしたら、外から撃たれた。

そういう記憶です。

『若い人は、TRONはなぜ普及しなかったのかと聞く。技術が悪かったのか。設計が甘かったのか。商売が下手だったのか。もちろん、それぞれ理由はある。だがな、技術だけで負けたと思うのは、歴史をきれいにしすぎじゃ』

徳川さんは、そこで少し間を置きました。

『技術の戦いは、いつも技術だけでは決まらん。標準を誰が握るか。市場を誰が開かせるか。政府がどこまで守るか。内側から誰が門を開けるか。そこまで含めて、技術戦争なんじゃ』

内側から門を開ける者。

その言葉を聞いたとき、部屋の空気が少し変わりました。

徳川さんは、古い週刊誌の切り抜きを取り出しました。
そこには、若き日のソフトウェア流通業者たちの記事が並んでいました。

『外から撃たれただけなら、まだ分かる。国と国の戦争じゃ。問題はな、内側にも、この構想を邪魔だと思う者がいたことじゃ』

徳川さんは、湯呑みに手を伸ばしました。

『ソドムバンクの孫田正義とかいう若い商人がおった。ああいう者は、技術者とは違う。機械の未来ではなく、商流の未来を見る。どの標準が立てば、自分の商売が困るか。どの規格が広がれば、輸入して売るだけの商売が崩れるか。そこを嗅ぐ鼻だけは鋭いんじゃ』

TRONが目指したものは、日本独自のコンピュータ環境でした。

それが教育用パソコンに入り、国内メーカーの機器に入り、家電や組込み機器に入り、将来的に社会の下層へ広がっていく。
もしそうなれば、海外ソフトウェアの輸入販売を軸にしていた者にとっては、都合が悪い未来だったかもしれません。

徳川さんは、言葉を選びながら続けました。

『技術者はな、未来の機械を見る。商人は、未来の商流を見る。政治家は、未来の票を見る。官僚は、未来の責任回避を見る。これが一つの部屋に入ると、ろくなことにならん』

それは、TRONだけの話ではありません。

戦争では、外から撃たれることよりも、内側の補給線が切れることの方が危ない場合があります。

技術開発も同じです。

研究所があっても、工場があっても、技術者がいても、標準化で負ける。
教育市場で負ける。
政治判断で負ける。
流通で負ける。
物語で負ける。

そうして、技術は負けたことにされます。

徳川さんは言いました。

『TRONは、単に負けたのではない。負けたことにされたんじゃ。表の戦線ではな』

表の戦線。

それは、パソコンOSや教育用コンピュータの話です。

しかし、TRONには、もう一つの戦線がありました。

組込みです。

家電。
車載機器。
通信機器。
工場制御。
計測器。
携帯電話。
制御盤。
小さなマイコン。

机の上のパソコンではなく、人の目に見えない場所で動くコンピュータたちです。

そこでは、リアルタイム性が重要でした。
小さなメモリで動くことが重要でした。
機器ごとに違う制約に合わせることが重要でした。
落ちないこと、止まらないこと、すぐ反応することが重要でした。

ITRON系の思想は、そうした場所で生き残りました。

『TRONは消えたと言う者がおる。そういう者は、机の上のパソコンばかり見ておる。車の中、工場の中、家電の中、通信機器の中を見てみい。名前は変わっても、あの思想は機関室で生き残ったんじゃ』

機関室。

徳川さんは、何度もその言葉を使いました。

社会には、表の甲板があります。
画面があり、アプリがあり、広告があり、プレゼンがあります。

しかし、その下には機関室があります。

電源が入り、制御が走り、センサーが読み取られ、モーターが回り、通信が行われ、異常が検知され、ログが残される場所です。

そこは、華やかではありません。

しかし、そこが止まれば、社会は止まります。

『表では、誰が何を発表したとか、どのアプリが流行ったとか、どの会社の株価が上がったとか騒ぐ。だがな、機関室では、そんなことは関係ない。決められた時間に反応する。決められた電力で動く。落ちない。暴走しない。それが仕事じゃ』

やがて時代は変わります。

Windows。
インターネット。
スマートフォン。
クラウド。
SNS。
アプリストア。
生成AI。

社会は、画面の中へ吸い寄せられていきました。

人々は、コンピュータとは画面の中にあるものだと思うようになりました。

画面が光る。
アイコンが並ぶ。
検索窓がある。
チャット欄がある。
AIが答える。

それがコンピュータだと思うようになりました。

徳川さんは、少し不満そうに言いました。

『本当はな、機械は画面の外にもあるんじゃ。エアコンも、車も、エレベーターも、信号機も、工場も、全部コンピュータで動いておる。けんど世間は、画面が光るものだけをコンピュータだと思うようになった』

画面の外にあるコンピュータ。

そこにこそ、TRON的な未来がありました。

そして、その未来はいま、別の名前で戻ってきています。

IoT。
エッジ。
スマート家電。
自動運転。
スマートシティ。
産業DX。
組込みAI。
リアルタイム制御。
サイバーフィジカルシステム。

名前は変わりました。

しかし、問いは同じです。

社会のあらゆる機械を、どう協調させるのか。
現実世界に埋め込まれたコンピュータを、どう安全に動かすのか。
クラウドの知能と、現場の機械を、どうつなぐのか。
誰が、その標準を握るのか。

そこで徳川さんは、Huawei(ファーウェイ=華為技術)の話を始めました。

『ファーウェイを見ておるとな、あの時代を思い出す』

2019年、アメリカ政府はHuaweiをEntity Listに追加しました。
国家安全保障や外交政策上の懸念を理由に、輸出、再輸出、国内移転にライセンス要件が課されました。

技術企業は、もはや単なる企業ではありません。

通信規格。
半導体。
基地局。
スマートフォン。
クラウド。
AI。
データ。
国家安全保障。

それらが一つにつながるとき、技術競争は通商戦争になり、安全保障戦争になります。

徳川さんは、静かに言いました。

『TRONとHuaweiは同じではない。時代も、国も、技術も違う。だが構図は似ておる。市場で勝つ前に、制度で撃つ。標準を握る前に、供給網を切る。技術の競争を、通商と安全保障の戦争に変える。そこは、よう似ておる』

違いもあります。

中国は、制裁を受けながらも、自前化へ舵を切りました。
日本は、外圧と国内利害の中で、少なくとも表の戦線ではTRONの可能性を縮めていきました。

徳川さんは、苦い顔をしました。

『違うのはな、中国は撃たれてから腹をくくった。日本は、撃たれる前から内側で膝を折っておったことじゃ』

その言葉は、少し厳しすぎるかもしれません。

しかし、徳川さんの世代には、そう見えているのです。

技術者がいた。
構想があった。
企業もあった。
半導体も強かった。
家電も強かった。
通信機器も強かった。

それでも、標準と通商の戦争で、未来を守りきれなかった。

この悔しさが、TRONの記憶にまとわりついています。

話はそこで、現在のAI神話へ移りました。

徳川さんは、古いTRON資料の隣に、新聞記事の切り抜きを置きました。

そこには、巨大データセンター、AIインフラ、ASI、人類の叡智、スターゲートといった言葉が並んでいました。

『昔は、国産OSが邪魔じゃった。今は、AIの看板が欲しい。変わっておらんのは、技術を作る者ではなく、技術の物語で金を動かす者が、いつの時代も前に出ることじゃ』

ソドムバンクの孫田正義。

当時から政商として知られていた孫田は、TRONの時代には国産標準を嫌い、AIの時代には巨大な未来神話を掲げます。

かつては、日本独自のOSが広がると困る。
いまは、自分がAIの未来を語ることで資金が集まる。

技術そのものより、技術の物語を売る。

徳川さんは、言いました。

『技術者は、動くものを作る。商人は、動く前の物語を売る。どちらも社会には必要かもしれん。だが、物語が機械より大きくなったとき、その国は危うくなる』

AIは重要です。

生成AIも、機械学習も、半導体も、データセンターも、これからの社会にとって不可欠な技術です。

しかし、AIが現実世界に降りるとき、最後に必要になるのは、現場の機械です。

弁を開ける。
モーターを止める。
車を制御する。
信号を切り替える。
工場を動かす。
医療機器を制御する。
電力網を調整する。
水処理を動かす。

クラウドの知能だけでは、現実は動きません。

現実を動かすのは、エッジにある小さなコンピュータです。

徳川さんは、組込みボードを手に取りました。

『AIが賢いと言ってもな、最後に弁を開けるのは現場の機械じゃ。車を止めるのも、ポンプを回すのも、信号を切り替えるのも、エッジにある小さなコンピュータなんじゃ。雲の上の知能だけで、現実は動かん』

それは、TRONが見ていた未来でもありました。

社会に埋め込まれた小さなコンピュータ。
互いに協調する機械。
リアルタイムに反応する制御。
人間が意識しないところで働く情報環境。

名前は変わりました。
時代も変わりました。
けれど、問いは戻ってきました。

なぜ、いまになって戻ってきたのでしょうか。

徳川さんは、少しだけ笑いました。

『本当に早すぎる技術というものはある。社会がまだ、その必要性を理解できん。理解したころには、名前だけ忘れられておる。TRONは、そういう技術じゃったのかもしれん』

しかし、それだけではありません。

早すぎただけなら、いつか自然に評価されます。

撃たれた技術は、評価される前に記憶を書き換えられます。

失敗した。
古かった。
使われなかった。
時代に合わなかった。
商売が下手だった。

そういう言葉で、歴史が片づけられます。

徳川さんは、静かに首を振りました。

『TRONを失敗とだけ呼ぶのは簡単じゃ。だが、それでは誰が撃ったのかが消える。誰が守らなかったのかも消える。誰が得をしたのかも消える。技術史をきれいにしすぎると、次の戦争でも同じ負け方をする』

この言葉は、AI時代の日本にも向けられています。

半導体。
AI。
クラウド。
データセンター。
通信インフラ。
組込みOS。
産業制御。
電力。
水。
標準化。

いずれも、技術だけの問題ではありません。

誰が標準を握るのか。
誰が供給網を押さえるのか。
誰が規制を作るのか。
誰が外圧を使うのか。
誰が国内の門を開けるのか。
誰が未来の物語を売るのか。

その問いから逃げると、技術者だけが敗戦処理を押しつけられます。

徳川さんは、最後に一冊の古いファイルを閉じました。

その表紙には、手書きでこう書かれていました。

TRON仕様検討資料。

紙は黄ばんでいます。
角は擦り切れています。
けれど、その中には、かつて日本が社会の機関室を自分たちで設計しようとした痕跡が残されていました。

徳川さんは言いました。

『まず、通商文書を見せてもらおう。そこに、誰が未来を撃ったのかが残っておる』

第四話、TRON。

それは、単なる国産OSの物語ではありません。

社会の機関室を設計しようとした技術者たちが、通商戦争と国内利害の中で、未来の標準を撃たれていった物語です。

TRONは、古いOSではありません。

日本が、自分たちの社会OSを持てたかもしれない時代の記憶です。

そして、AI時代のいま、その問いは再び戻ってきています。

私たちは、未来の機関室を自分たちで設計するのか。
それとも、また誰かが売る神話の上に、社会を預けるのか。

TRONが問うていたのは、機械の未来だけではありませんでした。

誰が標準を握るのか。
誰が社会の見えない制御層を設計するのか。
誰が情報の通り道を支配するのか。

その問いは、OSだけに限られません。

かつて日本には、もう一つ奇妙な通信兵器がありました。

FAXです。

それは、紙を送る機械でした。
けれど、ただの通信機器ではありませんでした。

銀行では、FAX一枚で融資の話が動きました。
不動産会社では、FAX一枚で土地の値段が走りました。
役所では、FAX一枚で手続きが進みました。
病院では、FAX一枚で患者の情報が送られました。
コロナ禍の保健所では、FAXが現場の神経網として鳴り続けました。

TRONが、未来の機関室を設計しようとした技術だったとすれば、FAXは、日本社会の責任と情報を紙に貼りつけて流し続けた装置でした。

そして、その構造は現代にも残っています。

かつては、社判のあるFAX一枚で億単位の金が動きました。
いまは、トランプ、マスク、アルトマンの数行の発言で、株価が揺れ、時価総額が吹き飛び、世界中の投資家が反応します。

紙からSNSへ。
送信結果レポートから認証済みアカウントへ。
稟議書からポストへ。

情報の形は変わりました。

しかし、人間が情報を信じ、金を動かし、責任をどこかへ押しつける構造は、驚くほど変わっていません。

次回は、FAX。

紙一枚で金が動いた時代を訪ねます。

文・武智倫太郎

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