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最後の技術者たち:消えゆくIT伝統芸の記録(1)

第一話 ファジー制御

『ファジー』は死語なのか。それともAI時代に生き返るのか

本稿は、読者の問いから始まるドキュメンタリー風創作コラムです。実在の番組取材ではありませんが、かつて日本の技術現場に存在した空気と、現在のAI時代への問いを重ねて構成しています。

第一回は、note読者の質問から始まりました。

『昔『ファジー○○』というのが流行ったことを思い出しました。もう死語でしょうか。それとも、令和の今に生き返るでしょうか。』

質問を寄せてくださったのは、ekdaさんです。

たしかに、かつて日本には『ファジー』という言葉がありました。

ファジー炊飯器。
ファジー洗濯機。
ファジーエアコン。
ファジー掃除機。

平成のはじめ、家電売り場にはこの言葉が並んでいました。

それは、単なる宣伝文句ではありませんでした。
機械が、人間の『なんとなく』を理解しようとしていた時代の合言葉でした。

いま、私たちはAIの時代に生きています。

人工知能は文章を書きます。
画像を作ります。
音声を合成します。
会議を要約します。
人間らしい言葉で返事をします。

けれど、ここでekdaさんの問いが、静かに効いてきます。

ファジーは、ただの死語だったのでしょうか。
それとも、令和のAI時代に、別の姿で戻ってきているのでしょうか。

この問いを出発点に、今回の『最後の技術者たち』は、かつて日本の家電を支えたファジー制御の記憶をたどります。

番組宣伝
最後の技術者たち

人工知能が、人間の仕事を変えると言われています。

コードを書く。
文章を書く。
絵を描く。
声を作る。
人間の判断を支援する。
未来を予測する。

けれど、その華やかな未来の足元で、別のことが起きています。

かつて日本の産業を支えた技術。
社会の裏側を動かしてきた古い制御。
仕様書だけでは伝わらない現場の勘。
それらを理解する技術者たちが、静かに現場を去り始めています。

アセンブラで機械の息づかいを読んだ人がいました。
COBOLで金融システムの血流を守った人がいました。
TRONに、あらゆる機器がつながる未来を見た人がいました。
ワープロ専用機の中で、日本語の癖と格闘した人がいました。
文字コードの狭間で、文字化けした名前を救った人がいました。
磁気テープを巻き戻しながら、まだクラウドという言葉のなかった時代のデータを守った人がいました。

それらの技術は、ある時代には花形でした。

ところが、社会は変わります。

バブル崩壊。
インターネット革命。
リーマンショック。
スマートフォンの普及。
コロナ禍。
そして生成AIの登場。

新しい技術が注目されるたび、古い技術は過去のものとされました。

けれど、本当に古くなったのでしょうか。

社会は今も、誰かが昔作った仕組みの上で動いています。
便利なアプリも、巨大なAIも、どこかで古いコード、古い規格、古い設計思想に支えられています。

このシリーズでは、読者の皆さんから寄せられた『そういえば、あれはどうなったのか』という問いを出発点に、消えゆくIT技術、忘れられた設計思想、そして現代社会がいまも依存している古い仕組みを訪ねていきます。

第一話は、ファジー制御。

かつて日本の家電が、人間の『なんとなく』を理解しようとしていた時代の物語です。

第一話 ファジー制御

かつて、機械は『なんとなく』を理解しようとしていました

昭和の終わりから平成のはじめにかけて、日本の家電売り場には、ある言葉が並んでいました。

ファジー。

それは、曖昧であることを意味します。

一かゼロか。
正しいか間違っているか。
熱いか冷たいか。
汚れているか、汚れていないか。

コンピュータは、そうしたはっきりした判断を得意としてきました。

しかし、人間の暮らしは、それほど単純ではありません。

少し暑い。
少し汚れている。
やや水が多い。
もう少し蒸らす。
火を少し弱める。
様子を見る。

人間は、このような曖昧な判断を、毎日の暮らしの中で自然に行っています。

ファジー制御とは、その『なんとなく』を機械に教えようとした技術でした。

今回訪ねるのは、北関東の小さな町です。

駅前の商店街を抜け、田んぼの向こうにある古い住宅地。
その一角に、かつて大手家電メーカーで制御設計に携わっていた元技術者が暮らしています。

古代守さん、七十二歳。

作業部屋には、古い測定器、黄ばんだ設計ノート、平成初期の炊飯器の制御基板が残されています。

古代さんは、その基板を指でなぞりながら、少し照れたように笑いました。

『そりゃぁむかしはよ、ファジーって言やぁ、ちょっとした花形だったんだわ。炊飯器にファジーが入ってるってだけで、お客さんが足を止めた時代があったんだ』

その言葉には、かつての技術者の誇りが残っていました。

当時、日本の家電メーカーは強さを誇っていました。

より便利に。
より賢く。
より人にやさしく。

家電は、単なる道具ではなく、生活を変える存在として語られていました。

炊飯器は、米の量と水の温度を読みました。
洗濯機は、汚れの度合いと衣類の量を読みました。
エアコンは、室温と外気温と人の動きを読みました。

現在のAIのように、膨大なデータを集めるわけではありません。
クラウドにもつながっていません。
利用者の生活をサーバーに送ることもありません。

小さな基板の中で、限られた情報を読み取り、限られた処理能力で判断していました。

『いまみてぇに、でっけぇ計算機で力ずくってわけにはいかねぇべ。だからよ、人間が普段やってる勘どころを、どうやって機械に渡すか。そればっかり考えてたんだ』

古代さんは、古い設計ノートを開きます。

そこには、手書きの表が並んでいます。

温度がやや高い。
水分が少し多い。
加熱を少し弱める。
蒸らしを少し延ばす。

『少し』『やや』『かなり』

機械には、本来分からないはずの言葉です。

ファジー制御は、その曖昧な言葉を、数式とルールに変えていきました。

熱いか冷たいかではなく、どの程度熱いのか。
汚れているかいないかではなく、どのくらい汚れているのか。
水が多いか少ないかではなく、その中間をどう扱うのか。

境界を線で切るのではありません。
なだらかにつなぐのです。

そこに、ファジー制御の考え方がありました。

『白か黒かじゃねぇんだよ。人間の暮らしなんて、ほとんど灰色だべ。飯の炊き方だって、洗濯だって、暑い寒いだって、みんな灰色の中で決めてるんだ』

古代さんはそう言って、古い炊飯器のふたを開けました。

『米だって毎回同じじゃねぇ。新米もあれば、古い米もある。水の温度も違う。家ごとの好みも違う。そういうのを全部、固い式だけでやろうとすると、かえって人間から遠くなるんだわ』

その時代、ファジー制御は未来の技術でした。

家電売り場には、明るい色のパンフレットが並びました。
そこには、人に近づく機械という夢が描かれていました。

機械が人間を管理するのではありません。
機械が人間に寄り添う。

そんな時代の空気がありました。

けれど、その追い風は長く続きませんでした。

平成に入ると、バブルが崩壊します。

高機能を競った時代から、コストを削る時代へ。
少し高くても良いものを作る時代から、安く、早く、大量に作る時代へ。

会社の中で求められる言葉も変わっていきました。

『どうすれば、もっとおいしく炊けるか』ではなく、
『この部品を一つ減らせないか。』

『どこまで人に合わせられるか』ではなく、
『開発期間をどこまで短くできるか。』

古代さんは、少し目を細めて言います。

『変わったのは技術じゃねぇんだ。会社の目の色だべ。前はな、どうすればうまく炊けるかを聞かれた。崩れてからは、この部品、ひとつ減らせねぇかって聞かれるようになったんだわ』

やがて、インターネットの時代がやってきます。

世界の関心は、家電の中の小さな制御から、パソコン、ネットワーク、ソフトウェアへ移っていきました。

家庭の中で静かに動く技術より、画面の中で派手に変化する技術が注目されるようになります。

ファジーという言葉は、少しずつ売り場から消えていきました。

代わりに、ブロードバンド、デジタル、スマート、クラウドという言葉が並び始めます。

それでも、現場には技術者が残っていました。

米の炊き上がりを見る人。
洗濯槽の回転音を聞く人。
部品の発熱を指先で確かめる人。
試作品の微妙な違いに気づく人。

数字にはなっている。
けれど、数字だけでは分からない。

そういう世界を知っている人たちでした。

しかし、リーマンショックのあと、その現場にも大きな波が押し寄せます。

研究部門は縮小されました。
試作の回数は減りました。
ベテラン技術者は、早期退職や配置転換で一人、また一人と姿を消していきました。

残ったのは、仕様書と、回路図と、設計ノートでした。

『紙は残ってんだよ。仕様書も、回路図も、表もな』

古代さんは、棚の奥から黄ばんだファイルを取り出します。

『でもよ、ここに書いてある少し強めとか、様子を見るってのは、読める人間がいねぇと、ただの言葉なんだわ』

仕様書は、技術を保存します。

しかし、仕様書だけでは保存できないものがあります。

どの音が正常なのか。
どの匂いが危ないのか。
どの温度変化が部品の癖なのか。
どの炊き上がりが、数値以上に『うまい』のか。

そうしたものは、現場で伝えられてきました。

ところが、コロナ禍がやってきます。

古い技術者たちが集まっていた勉強会は途切れました。
工場見学は制限されました。
対面での引き継ぎは減りました。
画面越しの会議では、音も、匂いも、手触りも伝わりません。

ファジー制御は、論文や資料の中には残りました。
しかし、それを暮らしの機械に落とし込む感覚は、静かに薄れていきました。

そして現在。

世界は再び、曖昧さを語っています。

AI。
大規模言語モデル。
人間らしい応答。
感情を読む機械。
空気を読むシステム。

かつてファジー制御が向き合っていた問いが、別の名前で戻ってきたのです。

人間の曖昧さを、機械はどう扱うのか。

ただし、時代の向きは大きく変わりました。

かつての機械は、人間に寄ろうとしていました。
いまのAIは、人間をデータとして吸い上げようとしています。

かつての炊飯器は、家庭の中で静かに米を炊いていました。
いまのAIは、世界中のデータセンターで膨大な電力を使いながら、人間らしい言葉を返します。

古代さんは、古い炊飯器を見つめながら、ぽつりと言いました。

『なんだかなぁ。いまのAIって、よくしゃべるべ。でも、飯がうまく炊けるかどうかは、また別の話だべ』

その言葉は、冗談のようで、冗談ではありません。

AIは、文章を書きます。
画像を描きます。
音楽を作ります。
相談にも乗ります。
未来を予測するようにも見えます。

しかし、人間の暮らしを本当に理解するとは、どういうことなのでしょうか。

温度を見ること。
湿度を見ること。
手触りを見ること。
音を聞くこと。
匂いを感じること。
その日、その家、その人に合わせること。

ファジー制御は、その問いに、生活家電の中で向き合っていました。

それは、華やかな技術ではありませんでした。

巨大な投資話にもなりません。
クラウドの利用料も発生しません。
利用者の行動データを囲い込むこともありません。

ただ、台所の隅で、米を炊いていました。

けれど、その小さな機械の中には、人間の曖昧さをバカにしない思想がありました。

古代さんは言います。

『ファジーってのはな、機械を賢くする技術っていうより、人間の曖昧さをバカにしない技術だったんじゃねぇかな』

バブル崩壊で、価値の置き場所が変わりました。
インターネットの時代に、主役の座を奪われました。
リーマンショックで、現場が削られました。
コロナ禍で、継承の場が途切れました。
そしてAI時代に、その問いだけが別の名前で戻ってきました。

ファジー制御。

それは、消えた技術ではありません。

時代が、見えない場所へ押しやった技術です。

白か黒かでは割り切れないもの。
一かゼロでは表せないもの。
正解と不正解のあいだにあるもの。

そこに、人間の暮らしがあります。

かつて日本の技術者たちは、その曖昧さを機械に渡そうとしていました。

それは、AIと呼ばれる前の、人間らしい機械への挑戦でした。

古代さんは、古い基板を箱にしまいながら言いました。

『ファジーは終わったんじゃねぇよ。名前が消えただけだべ。人間が曖昧なまんま生きてる限り、ああいう考え方は、どっかに残ってるんだわ』

技術は、流行語として消えることがあります。

しかし、問いは消えません。

人間の曖昧さを、機械はどう扱うべきなのか。

その問いは、いまも終わっていません。

むしろ、AI時代になったいまこそ、もう一度問われるべきものです。

第一話、ファジー制御。

それは、日本の家電がまだ、人間の『なんとなく』に耳を澄ませていた時代の物語です。

このシリーズでは、読者の皆さんからの質問を募集します。

『そういえば、あの技術はどうなったのか』
『昔は当たり前だったのに、最近見なくなったもの』
『いま考えると、あれは未来だったのではないか』

そんな記憶があれば、ぜひコメント欄で教えてください。

次回は、アセンブラ。

機械語に最も近い場所で、コンピュータの鼓動を聞いていた技術者たちを訪ねます。

文・武智倫太郎

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