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訂正してももう遅い|一度信じた偽情報が脳から消えない理由とは

「これ、本当なんだ」と思って受け取った情報が、あとから誤りだったとわかった経験はありませんか。

そして不思議なことに、「あれは間違いでした」と知らされたあとも、なんとなく最初の印象が心に残り続けてしまう——そんな感覚を覚えたことはないでしょうか。

私は医療の現場で働く公認心理師です。日々、患者さんがネットで見つけた健康情報を、医師の説明よりも強く信じておられる場面に出会います。

これは決して、その方の意志が弱いからでも、頭が良くないからでもありません。むしろ私たちの脳が、とても優秀に働いているからこそ起きてしまうことなのです。

今日は「なぜ偽情報に騙され、訂正されても信じ続けてしまうのか」を、心理学の視点からご一緒に考えてみたいと思います。


嘘のほうが、真実より「速く」「強く」届いてしまう


情報との付き合い方については、私はこれまで何度も書いてきました。「強い感情がわいたときほど気をつけて」と、手を変え品を変えお伝えしてきましたし、偽情報は真実より6倍速く広がるという報告も、これまで幾度となく引いてきた数字です。 

正直に言えば、自分でも「また同じ話か」と思うほど、繰り返してきたテーマなのです。

それでも先日、デザイナーの深津貴之さんやStoryHub、富士通研究所が偽情報対策を語り合った対談記事を読んで、私はもう一度この話を書こうと思いました。

語り尽くしたはずなのに、現場の手応えはまるで変わっていないからです。むしろ、AIの登場でフェイクの精度は上がり、問題は静かに深くなっている。何度書いても追いつかない——その実感こそが、私にペンを取らせます。

なぜ嘘のほうが速いのか。答えはシンプルで、嘘のほうが感情を揺さぶるからです。

センセーショナルで、怒りや不安をかき立てる情報ほど、「これは誰かに伝えなきゃ」という衝動を呼び起こします。冷静で地味な「事実」は、その勢いにかないません。

私が折にふれて引いてきた一節があります。「真実が靴を履いている間に、嘘は世界を半周する」。皮肉なことに、この言葉自体が誰の発言か曖昧なまま広まっているのですが、嘘の伝播力をこれほど見事に言い当てた表現を、私は他に知りません。

つまり私たちは、嘘に弱いのではなく、心を動かす情報に反応するようにできている。何度書いても、ここに立ち返るたびに同じ確信にたどり着きます。それは欠点ではなく、人間らしい優しさの裏返しなのだ、と。

一度信じると、なぜ「戻れない」のか


対談の中で、私がもっとも心理学者として頷いたのは、偽情報がもつ「3つの厄介さ」の話でした。嘘をつくのは簡単でも訂正は大変であること、偽情報は真実より圧倒的に速く広がること、そして一度信じた偽情報は訂正しても残り、反論がかえって逆効果になる場合があること。この3つです。

特に最後の「訂正しても残る」という現象は、心理学で継続的影響効果と呼ばれています。

たとえば「あの店が閉店した」という誤情報を聞いたあと、「あれは間違いでした」と訂正されても、なぜかその店に対して薄い違和感が残り続ける。記憶から「誤りだった」という事実だけがきれいに上書きされる、ということが起きにくいのです。

さらに厄介なのが、人によっては反論されると「いや、そんなはずはない」と、かえって元の考えに固執してしまうこと。これは心理的リアクタンス、つまり「自分の考えを否定されたくない」という自然な防衛反応です。

ここで大切なのは、これを「強情さ」や「頑固さ」という性格の問題にしないことだと、私は思っています。誰の脳にも備わった仕組みであって、あなただけの弱点ではないのです。

「楽をしたい脳」は、欠点ではなく知恵


対談で深津さんは、人間の行動について鋭い指摘をされていました。人は楽なソリューションに吸い込まれていくもので、毎回まめに確認するような勤勉な仕組みは定着しない——これを「怠惰の法則」と呼んでいる、と。

心理学にも、よく似た考え方があります。人間は「認知的倹約家」だという見方です。

私たちの脳は、目の前のすべてを丁寧に検証していたら、エネルギーがいくらあっても足りません。だから多くの判断を、速くて省エネな「直感モード」で済ませています。心理学者のダニエル・カーネマンが、速い思考(システム1)と遅い思考(システム2)と呼んで整理したものですね。

偽情報は、この「直感モード」のすきを巧みに突いてきます。じっくり考える前に、感情がぱっと反応してしまう。

でも、私はこの「楽をしたがる脳」を欠陥だとは思いません。膨大な情報の海で溺れずに毎日を生きていくための、れっきとした生存の知恵なのです。問題は脳ではなく、その省エネモードにつけ込む情報のほうにある。私はそう捉えています。

医療現場で、私が痛感していること


この話は、私にとって決して他人事ではありません。

健康や生活、お金に直接かかわる情報は、心理学でもとりわけ慎重に扱うべき領域とされます。対談でも、健康・生活・キャリアに影響する情報(YMYL:Your Money or Your Life)ほど、優先して確かめるべきだという考え方が紹介されていました。

まさにこの領域こそ、私が現場で「訂正の難しさ」を肌で感じている場所です。

ある治療法をネットで信じ込んでこられた方に、医師がどれだけ丁寧に説明しても、最初に刻まれた印象はなかなか消えません。それは先ほどの継続的影響効果そのもの。患者さんが頑固なのではなく、人間の記憶がそういう構造をしているのです。

だからこそ私は、誰かの誤りを責める前に、「最初に正しい情報と出会えるかどうか」がいかに大切かを、日々考えさせられています。

偽情報と「闘う」より、本物を「増やす」


では、私たちは無力なのでしょうか。対談の結論は、むしろ希望に満ちていました。

偽情報を完全に止めるのが難しいなら、真実の情報を増やすことに力を注ごう——信頼できる発信にこそ報酬が集まる仕組みをつくろう、という方向性です。富士通は「Frontria」という国際コンソーシアムを立ち上げ、すでに77社が業界を超えて偽情報対策に取り組み始めているといいます。

「叩く」のではなく「育てる」。この発想の転換は、心理学的にもとても理にかなっています。

人は禁止や否定では動きにくく、ポジティブな方向づけのほうがずっと長続きするからです。これは、私たち一人ひとりの心の使い方にもそのまま当てはまります。

「騙されないように身構える」と考えると、世界が敵だらけに見えて疲れてしまう。けれど「信頼できる情報源を、自分のなかに少しずつ増やしていく」と考えれば、それは前向きな習慣づくりになります。

今日から持てる「3つの心の習慣」


最後に、医療者として、そして一人の情報の受け手として、私が大切にしている3つを共有させてください。

ひとつ目は、心のサーキットブレーカーを持つこと。対談では、急拡散する情報に一拍おく「ダムのような仕組み」が提案されていました。これを個人レベルに置き換えると、強い感情がわいた情報ほど、シェアする前にひと呼吸おく、ということです。

ふたつ目は、確かめる対象を絞ること。すべてを疑っていたら心がもちません。健康・お金・安全にかかわる情報だけは、ひと手間かけて出どころを確かめる。それで十分です。

みっつ目は、自分を責めないこと。もし誤情報を信じてしまっても、それは脳が正常に働いた証拠です。気づいて修正できたなら、それこそが知性の証なのです。

終わりに


今日お伝えしたかったことを、最後に整理させてください。

ひとつ、嘘が速く広がるのは、それが私たちの感情を揺さぶるから。あなたが騙されやすいわけではありません。

ふたつ、一度信じた情報が消えにくいのは、誰の脳にも備わった仕組み。頑固さの問題ではありません。

みっつ、「楽をしたい脳」は欠陥ではなく、情報の海を生き抜く知恵です。

よっつ、偽情報と闘うより、信頼できる情報を増やすほうが、心理学的にもずっと健やかです。

いつつ、もし間違えても、気づいて直せたあなたは、それだけで十分に賢いのです。

情報に振り回される時代だからこそ、自分の脳のクセを知っておくことは、何よりの「お守り」になります。あなたは、自分の心の使い方を選び、変えていける——私はそう信じています。

最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございます。今日の記事が、皆さんの明日以降の一歩を考えるきっかけになればうれしく思います。


#フェイクニュース #偽情報対策 #心理学 #メディアリテラシー #深津貴之 #Frontria


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