格好つけないことを貫いた男――江頭2:50という等身大のヒーロー
かつて江頭2:50は、「嫌いな芸人ランキング」の常連だった。
テレビでの彼は、上半身裸で暴れ回り、放送コードぎりぎりの過激な芸風を繰り返す異端児だった。
好き嫌いは大きく分かれたし、正直なところ万人受けする芸人ではなかった。
そんな彼は、一時期大きな転機を迎える。
不定期出演していた「めちゃ×2イケてるッ!」や「『ぷっ』すま」などの人気番組が相次いで終了し、元々テレビ出演が多くなかった江頭の露出は激減した。
このままテレビから姿を消してしまうのではないか。
そんな見方さえあった。
しかし結果として、彼は新たな舞台を手に入れる。
YouTubeである。
『エガちゃんねる』は今や登録者数500万人を超え、人気ユーチューバーの代表格となった。
だが、冷静に考えてみると不思議な現象である。
彼の番組は、決して特別なことをしているわけではない。
コンビニ商品の食べ比べ。
ファストフードのレビュー。
街ブラロケ。
ドライブ企画。
激辛チャレンジ。
どれもYouTubeには無数に存在する企画ばかりだ。
それでも多くの人が観る。
なぜか。
それは視聴者が企画を観ているのではなく、「江頭2:50という人間」を観ているからだろう。
どんな商品を食べるかではない。
どんな場所へ行くかでもない。
江頭がそれにどう反応するのか。
何を感じるのか。
どんな言葉を発するのか。
視聴者はそこに興味を持っている。
つまり彼の最大のコンテンツは、企画ではなく人格なのである。
その人格を象徴するのが、東日本大震災の際の行動だった。
被災地で孤立する集落のニュースを見た江頭は、消費者金融から借金をしてトラックを借り、支援物資を積んで現地へ向かった。
しかも、それを積極的に公表しようとはしなかった。
後に支援を受けた人々の証言などによって明らかになり、本人も経緯を語ることになる。
私はこのエピソードに、江頭2:50という人間の本質が現れていると思う。
困っている人を見ると放っておけない。
後先を考える前に身体が動く。
そして照れ屋だから、自分の善行を語りたがらない。
そこには計算や戦略ではなく、人情がある。
だから多くの人が彼を好きになるのだろう。
そしてYouTubeという長尺のメディアは、その人柄を伝えるのに適していた。
テレビでは数分で終わっていた江頭との時間が、YouTubeでは30分、1時間になる。
すると隠していたものが見えてくる。
スタッフへの気遣い。
ファンへの感謝。
義理堅さ。
不器用な優しさ。
そして誰よりも真面目な仕事への姿勢。
本人は隠そうとしているのに、隠し切れない。
そこに人々は惹かれていった。
ファンを「あたおか(頭のおかしな人たち)」と呼ぶのも、彼らしい。
普通なら「大切なファンの皆さん」と言うだろう。
しかし江頭は照れ臭くて、それができない。
だから冗談めかして「あたおか」と呼ぶ。
だが、その言葉の奥には感謝が滲んでいる。
実際、富士山麓で開催されたエガフェスには全国から多くの人が集まった。
それは人気タレントのイベントというより、江頭という人間を応援するための祭りに近かったのではないだろうか。
私は江頭2:50を見ていると、本当の格好良さとは何かを考えさせられる。
彼は決して見た目が格好良いわけではない。
頭はハゲ散らかし、いつも上半身裸で、還暦を目前にした初老のオヤジである。
だが、不思議と魅力的に見える。
なぜなら、自分にも他人にも正直だからだ。
好きなものは好きと言う。
嫌なものは嫌と言う。
応援してくれる人には感謝する。
困っている人は助ける。
そして大好きな女性芸能人に告白しては振られ、本気で落ち込む。
格好悪い姿も隠さない。
だから人は彼の中に、自分自身を重ねることができる。
江頭2:50とは、スーパーマンではない。
完璧な成功者でもない。
むしろ失敗も弱さも情けなさも抱えた、一人の不器用な人間である。
それでも真っ直ぐ生きようとする。
だから多くの人は彼を応援したくなるのだろう。
格好つけないことを貫いた結果、格好良くなってしまった男。
江頭2:50とは、そんな等身大のヒーローなのかもしれない。
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