主役を捨てた時、彼は世界一になった──田口壮という生き方
先日、NHKBS『レジェンドの目撃者』の田口壮さんの回を観た。
改めて感じたのは、 田口壮という人は、単なる「苦労人」ではなく、 自らの役割を受け入れ直した人なのだという事だった。
オリックス時代の田口壮は、決して地味な選手ではない。
ゴールデングラブ賞を5度受賞し、 強肩強打の外野手として活躍。 誠実な人柄から選手会長まで務めた。
当時のオリックスにはイチローという圧倒的スターがいたが、 田口壮もまた、優勝チームを支える中心選手だった。
特に有名なのが、 イチローとライト・レフト間でキャッチボールをしていたという逸話である。
それほどの肩と技術を持った選手だった。
しかし、その田口壮はMLB挑戦後、 すぐに成功した訳ではなかった。
メジャー昇格を果たせず、 ついには2A降格まで経験する。
日本では主力だった選手が、 アメリカでは若手に混じり、 長距離バス移動を繰り返しながら、 不安定な立場で野球を続ける。
しかも田口壮は、 若手有望株として渡米した訳ではない。
既に実績も年齢も重ねた上での挑戦だった。
その現実は、 他人には想像しきれない苦しさがあったと思う。
普通なら、 「自分はこんな選手じゃない」 という感情が先に立つだろう。
だが田口壮は違った。
彼は、自分を「主役」として証明し続ける道ではなく、 チームが勝つ為に必要な存在へと、 自分自身を作り変えていった。
打撃フォームを変更し、 チームプレイを徹底し、 ユーティリティプレイヤーとして生まれ変わる。
その結果、 名将トニー・ラルーサ監督から絶対的な信頼を獲得し、 カージナルス世界一にも大きく貢献した。
私は番組を観ながら、 田口壮の本当の凄さは、 「能力」だけではなく、 “腐らなかった事” なのだと感じた。
しかも本人は、 当時の苦労話を深刻に語らない。
笑いを交えながら、 どこか淡々として話している。
そこに私は、 強さと同時に、人としての器の大きさを感じた。
だから私は、 彼を「尊敬する」というだけではなく、
「友達にこんな人がいたらいいな」
と思ったのである。
本当に信頼される人というのは、 前に出て輝く人だけではない。
苦しい状況でも空気を壊さず、 自分の役割を受け入れ、 黙って周囲を支えられる人だ。
田口壮という選手は、 まさにそういう人だったのだと思う。
そして最後に、 彼の名誉の為に記しておきたい。
MLB通算の得点圏打率は、 イチローや松井秀喜を抑え、 日本人歴代1位である。
派手なスターではない。
だが、 勝つチームには、 こういう選手が必ず必要なのだ。
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