「岩手物語」第二話 紅い月と冷たい水面
あらすじ&第一話はこちら ▼
第二話 紅い月と冷たい水面
買い物を済ませて自転車の鍵を外していると、一台の車が駐車場に入ってきた。
その車から神主の白い装束のおじさんと、助手席から現れた巫女の姿のユミ先輩。
はっとした。
ぼんやりその姿に見とれていると、先輩が気が付いた。
「コウ!」
おじさんとユミ先輩が近づいてきた。
「お父さん、高校の弓道部のコウ君。」
「こ、こんばんは。」
「ああ、君がコウ君?こんばんは。」
そうか、先輩のお父さんか。
ユミ先輩は丹内山神社の神主の娘なのだ。
「お買い物?」
「うん、じいちゃんに頼まれて、あの……ユミ先輩も?」
「うん、ちょっと足りなかったものを買い出し。」
僕はユミ先輩の見慣れない巫女姿にどぎまぎしていた。
弓道部だから、巫女姿は似てるっちゃ似てるけど、やっぱりいつもと違う。
「じゃ、僕は、じいちゃん待ってるから。」
自転車を漕ぎだすと、思いがけずばったり会ったのもあるけれど、もう少し気の利いた言葉が出てこなかったのかと、自分を責めた。
ぎゅんぎゅんスピードを上げて家に向かった。
その胸の鼓動は、自転車を漕いでいるせいか、ユミ先輩に出会ったせいなのか、とにかく自転車を飛ばした。
しばらくして、夜にぼんやり浮かんで見えている、あの小さな橋を見た時、なぜか胸騒ぎがしてきた。
理由もわからず不安を感じた僕は家に急いだ。
じいちゃんの家は昔の武家の家だ。
白い土塀が見え、時代を感じる木造の門の敷居をまたいだ時、何か違和感を覚えた。
家に灯りが灯っていない。
玄関に近づくと、引き戸が少し開いていた。
下腹から何か冷たい油のような物がこみ上げる感覚があった。
「じいちゃあ~ん、ただいま。」
いつもより、小さな声で、探るように引き戸を開けると、土間の先にある黒い板張りの上がり框 (あがりがまち)に何か、気配を感じた。
ぼんやり、白っぽい物がぶらりと下がっている。
なにか……血の匂いがする。
玄関の電気のスイッチまでそろりと歩くと、靴底にぬるりとしたものを感じた。
つばを飲み込んで急いで灯りをつけると、じいちゃんが玄関にうつ伏せで倒れていた。
ぶらりとしていたのは、倒れたじいちゃんの手だった。
「じいちゃん。」
僕はじいちゃんを仰向けにしようとして、生暖かい感触に驚いた。
血だ。
すると、
「やべっ!」
部屋の奥から人の声が聞こえた。
何人かの気配を感じる。
廊下の先に、黒ずくめの男が立っていた。
じいちゃんが声を振り絞った。
「……コ、コウ、逃げろ。」
「え?」
家の奥からバタン、バタンと物音がした。
「見られたか。」
「いや、あいつ、コウだ。」
「馬鹿、しゃべる奴が居るか、始末しろ。」
僕の両の眉間から血の気が引いていった。
二人。
闇夜だが、そのシルエットから一人は刃物、もう一人は何か棒のようなものを持っているのが分る。
ゆっくり立ち上がろうとすると、玄関の外から誰かが走ってくる。
三人居たのか。
外に逃げようとしたら、正面から走ってきた三人目の男と鉢合わせになった。
すれ違いざまに左肩にまるで熱した鉄の棒を刺したような感触が襲った。
「うわっ!」
僕はその場に転がった。
肩を抑えると、ひどく痛い。
手にぬるりと温かい血の感触があった。
覆いかぶさろうとする男をかわし、四つん這いで走った。
門に差し掛かると、高い敷居に足を引っかけてまた転がった。
左肩が熱い。
左袖からぼたぼたと生暖かいものが流れてきた。
刺された!
肩を刺された。
助けを、助けを呼ばなきゃ。
この辺りで灯りのついている場所はコンビニ位しかない。
しかし、コンビニまでは1キロ以上ある。
痛みを忘れて必死に走った。
300mほど走っただろうか、あの橋が見えてきた。
「け、警察に連絡をしないと。」
スマホを取り出そうとすると、血で滑って草の生い茂った法面に落としてしまった。
拾おうとしたが、そんな暇はない。
追っ手の足音が近づいてきた。
逃げなくては。
追っ手は、三人、目出し帽をかぶった男たちだ。
地面にぼたぼた血が落ちていく。
朦朧として、橋の欄干に手をついた。
走らなきゃダメだ。
そう思った時、右の腰の上にドンッと鈍い衝撃が走った。
「ぐわっ!」
右の足をつたう血。
殺される。
必死に体を動かす。
自分の体が重い。
今度は突然、後頭部の強い衝撃で視界が真っ白になった。
口の中から鉄の匂いを感じた。
朦朧と振り向くと金属バットを持った男が振りかぶった。
僕は宙に舞った。
ばしゃあんと水に落ちた。
僕は真っ暗な水の流れに沈んでいった。
視界の上の水面の先の満月が血の色で濁っていった。
