【企画参加】 喜怒哀楽物語 〜 『哀』
またまたこちらの企画に参加します。
みわからすさん、よろしくどーぞ。
第3弾は『哀』ですね。
さて、徳次と文香の恋の行方は。
暦の上ではもう夏も終わる頃、しかしじりじりと暑さまだ衰えを見せず。ま、衰え知らずとはオレのことよ。文香の白い首筋が目の前にちらついたり、はだける裾から覗く白い美脚がお目見えするんじゃあ衰えている場合でもなし。『据え膳食わぬは男の恥』とはよく言ったもので、じゅるりと涎を垂らし、細い目の尻をすっかり落として、桃のような形よくきゅっとしまった尻追う様は、人参を目の前にぶら下げられた馬の如し。果たしてオレのモノもお馬さんとイイ勝負。
しかし誰だって盆暮れぐらいは親に顔見せ、俺に中見せ、汗で襦袢もぴたりとくっつく。ちょいとお暇を頂戴し、お里へ孝行、甲州・秩父路。
かつてはかのヤマトタケルノミコトさえもその道を通って武蔵国に入ったという甲州から秩父への路。戦国時代には甲斐・武田両氏によって金の輸送や侵攻の路へ。江戸時代には生糸路となり、行商人が行き交った。文香が生まれた山奥にも集落がたくさん点在し、そこを通る街道は甲府宿と熊谷宿と結ぶ「秩父往還」(ちちぶおうかん)と呼ばれていた。ここが奥秩父の関所で信州に至る。
大正時代になり荒川の源流がある武甲山からの石灰石輸送と、長瀞渓谷での川遊びや、三峯神社への参拝客が増えたことで、この秩父往還に鉄道を敷いた。それが今でも羽生から熊谷を通り紙の里近くの寄居を通って三峯口まで来る「ちちてつ」、秩父鉄道だ。但し標高1100ⅿに鎮座するジンジャーはまだいくつかの鳥居をくぐり、ヘアピンカーブの続く道を上らねばならない。
そんな遠い実家へ文香が戻っている間、江戸の材木屋の倅のオレは空の仲見世ふらついて、阿呆のように哀に暮るばかり。ついつい二人し待合いでいつもながらにちちてつ・・・いやちちくり合った甲州のブドウを思わせる文香の葡萄、差しつ差されつ夜を明かし、炒り豆に花が咲くよにモノ衰えず夜は長しと桃色吐息。元来、炒り豆と小娘はそばにあると手が出ると言われる通り、文香の炒り豆も今は奥へ奥へと奥ちちぶ。哀や、哀やと男泣き、「厭じゃ厭じゃは女のくせ」と思い出しては泣き濡れて。イイのに厭じゃと言うくせは文香のいつもの仕草であった。感極まってアツく昇天しそうになると、決まって腰と頭を縦に振りおる。いや「厭と頭を縦に振る」か、内心はうれしくて頭もくらみそうなくせをして素直にイカずにためらうところもまた可愛くて仕方がない。
文香のいないこの待合いにひとり、あまりにも哀しくて今朝一番に筆を執った。
日盛りに蝶の触れ合ふ音すなり(松瀬青々)
行きつけの紙の里で手に入れておいた手漉きのはがきにそれだけ書いて文香の居る先へ送ってやった。
音させぬ蝶でさえ真昼間から触れ合って声を上げているのにオレはお前に触れることさえできずに過ごす哀しさよ。
頬に当たる風に秋が近いことを感じるとお天道様が西へすっと隠れた頃、返信が来た。
短夜や朝日にあまる鶏の声(千代女)
貴方と一緒の夜はいつも短く感じるけれど衰えることなく愛し上げてくれると、夜明けに振りかぶるように上げちまう鶏の如き一声や。
宵に落ちた潮の香りを軽く鼻腔に感じながら、はて文香の首筋の汗の香りもこんなであったと遠い昔のように思い出し、徳次の送った句に返ってきた句を見て、
「馬には乗りてみよ、女には添い寝せよ。あの女とはウマが合うわいじゃじゃ馬ならし。」
とひとりごちた。
地元愛、あはん♥
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