【企画参加】喜怒哀楽物語~『喜』
今回は、みわからすさんのこちらの企画に参加します。
徳次と文香の物語お待たせいたしました。
久々に店が定休の月曜日。文香はやや意気消沈な気分でふぅ、とため息を漏らす。うどんを食べにくる徳次の顔が見られないからだ。
ややもするとこう暑い日が続いては、さすがの徳次にとっても新橋廻りは難儀であろう。どうせこの暑さ、週の初めの銀行への顔出しが済めばきっと清澄の唄の師匠の処へでも寄り、冷たい檸檬入りの炭酸水などでのどを潤しているかもしれない。いや炭酸水だけでなく、虎ノ門の酒屋で手に入れた江戸っ子の地酒澤乃井あたりでもう一杯始まっているやもしれず。
名案を思い付く。これは一つ覗きに行ってやろうではないか。先ほどのため息が一瞬にして喜びへと歓喜する。徳次はよく新しい地下鉄とやらに乗って新橋へ来るようだが、今日の文香は小舟でゆらゆら東京の街を外から眺めてみたくなった。幸いまだお天道様も高くない。
「女将さん、ちと出かけます。」と声を張りふらっと外へ出た。
浜離宮の脇の小さな桟橋から浅草へ上る舟がある。小柄な船頭の親父に白いつま先を見せながら尋ねた。
「清澄庭園へは永代橋ですかね、それとも清洲橋?」
「姐さん、小名木川か、仙台堀川か。」
「あ、泣いてるよな小名木(おなき)川。」
「それじゃあ、吊り橋形の清洲っさん。」
唄の師匠は清澄庭園のすぐそばで門を開いている。親父の案内が正しければ清洲橋のたもとで下りて歩けば目と鼻の先だ。
清洲橋は関東大震災復興の華と呼ばれ、世界最美の橋と讃えられた独逸はケルンの大吊橋を真似て造られた。対と言われる永代橋は、かつての五代将軍綱吉の生誕五十周年を記念し1698年に掛けられ、関東大震災後にまあるいアーチ形に造り直された。
徳次の驚いた顔を思っただけで、文香も喜びに微笑む。こんな小さな喜びに心震えるのも徳次あってのことである。
清洲橋で下してもらい小名木川の五本松跡を通り過ぎる。この小名木川もかつて徳川時代に行徳からの塩運河として作られた。ここにあった老松五本は広重も絵にしたほど名高い。
清澄庭園を仙台堀川へ向かって折れると唄の師匠が居る。大抵は音を出しているので入っても気が付かない。思った通り徳次の大きな背中が見えた。師匠が目配せしながら
「おや、文香さん。偶然ですね。」
「ハイハイ、全くの偶然です。師匠、悪いことはできませんね。お昼前から澤乃井ですか。」
「いやぁ、あまりにも暑いんでね。ちとのどを潤していたところ、ねぇ徳次さん。」
振り返った徳次の小さな眼鏡の奥の目は歓喜に緩んでいる。
「おや、文香、なんと嬉しい偶然か。やっぱり俺達は赤い糸で繋がっているねぇ。」
文香も喜びに赤く頬を染めた。
「ところでおフランスでは『喜』のことをジョアと言うのだと知っていたかい?」
文香がゆっくり首を振ると、師匠がすかさず音を鳴らし始めた。
〈名所江戸百景〉歌川広重筆
第97景 小奈木川五本松

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