【企画参加】 喜怒哀楽物語~『怒』
今日は前回に引き続き、みわからすさんのこちらの企画に参加します。
前回はこちら。
もうだいぶ回ってるな、と見当をつけ老舗の『みや古』で見繕った深川めしの包みを二人の前へそっと置く。大きな音を出している間は口を開かないのが暗黙の了解なので大人しく耳を傾ける。
次いで師匠の能書きが続く。徳次もほうほう、とうなずきながら赤ら顔で目を細くしている。ふと横の文香に気がついて声を掛ける。
「どうしたい?なんだか頬を大きく膨らませて河豚そっくりだ。」
「まあ、徳さん酷い。せっかくおみや持ちでやって来たのに。どうせ塩を肴にひっかけてたんでしょう。」
と益々河豚のような顔になった。
澤乃井の一升瓶も半分ほどになっている。
「いやぁ、参った。図星だね。そんなところがとーんと来るね。」
「いやいや、もう既におっこちきる、ってんでしょうな。徳次さん。」
と師匠も口をはさむ。
「おっこちきる・・・?」
と腑に落ちない顔の文香を見て、、
「ふぉーりんらぶ、ぞっこん惚れる、っちゅう意味ですよ。」
以前二人は恋文のやりとりもした。
「てやんでい、あたぼうよ。おっこちきって、らぶらぶよ。アワビの前菜ちょいとつまんで桜海老でもかき揚げて。味わいたいのは醬油漬け、嚙めば味出るシジミにしようか、むんむん酒蒸しアサリにするか。夏はぶらぶら涼ませて。涼んで緩んで柔肌舐めて、河豚に見えても成る口だ。三度の飯より好く女。」
「お、こりゃ黒っぽい。」
「何ですか、それ。ただお腹すかせた吞兵衛のたわごとにしか思えませんね。」
と、文香はぷっとふくれた。
「そう言って、怒った顔もまた色っぺぇ。河豚の頬っぺたぴしゃりと叩きゃちょうどアサリがぱっくり口開け、そのまま裾も開けとくれ。ちらりと覗く白肌は河豚の刺身といい勝負。しんと透け透けウマそうだ。豚の角煮は二の次と。」
「いやこりゃご馳走さん。」
と言って師匠が席を立つ。
ぷっと膨れたまま思い出したように文香が先程の深川めしの包みを開く。曲げわっぱの中にじっくり炊かれた昆布出汁の香りが漂う。まだほんのり温かく、つるんとしたアサリの剝き身が喉を鳴らす。
徳次も、見るなり
「おぅこれは見事なアサリの剝き身、アサリ飲む君、ぷりぷりしてるのキミ剝き身。怒った顔がぷりぷりで、ぷりぷり震えて鷲掴み。いやん、バカンス身もだえてこの身冷やしてヒレ酒で、と。」
「こりゃまたご馳走さん。でもヒレ酒は冬がイイんじゃないんですかい?」
とこれまた黒の師匠が答えると、
「いやなんでもこのちと先の『深川太郎』さんじゃ冷やしたとらふぐのヒレ酒、ってのがオススメらしい。」
「ほう、冷やしとらふぐヒレ酒ねぇ。」
河豚の産地は山口が一番で、元々東京で河豚も珍しいが、その河豚のヒレも珍しい。普通一匹の河豚から胸びれが二枚、背びれ、尾ひれ、尻びれはそれぞれ一枚ずつしか取れない。それを天日に干しておいて乾燥させれば、旨みが最大限に凝縮されて、キンキンに冷やした吟醸酒にでも入れれば、うだるような暑さの中でも美味いヒレ酒が楽しめる。
「いやぁ、文香。お前は冷やしとらふぐのヒレ酒のような女だねぇ。」
「ハイハイ、あたしは寅年生まれ、河豚にそっくりでちょうどとらふぐ。」
そこへ酔ったついでに腰を引き寄せ、白く冷たいうなじへ唇を当て酔い覚まし。
「怒るな、文香。今夜はお前のヒレをキンキンに冷やした酒と一緒に味あわせてもらうとするか。」
するとその酔っぱらいをトンとはねつけ、
「そうはいきません。これから花火です。隅田川の芭蕉庵の前で眺めましょ。」
と、はだけた襟を気にしながら、団扇を手に川辺へと向かって行った。
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