【スパイダーマン:BND】ピーターの相棒はなぜフランクだったのか(妄想考察)
ハルクありきで考えると見えてくる答えと、それでもケイト・ビショップを選んでほしかった理由
※『スパイダーマン:ブランド・ニュー・デイ』およびMCU各作品のネタバレを含みます。
今、ドラマ版の『パニッシャー』を観ている。
そして、改めて思った。
絶対こいつじゃない。
いや、顔も名前もフランク・キャッスルだ。
ジョン・バーンサルも同じだ。
だが、『スパイダーマン:ブランド・ニュー・デイ』に出てきた、ピーターと多少の軽口を交わし、最終的には面倒を見てくれるフランクとは、どうしてもつながらない。
ドラマ版のフランクは、そんなに簡単に他人と協力できる人物ではない。
正義の味方でもない。
信頼関係を築くまでの過程を飛ばして、いきなり「少し危険だが頼れるおじさん」の位置に置ける男ではない。
では、なぜ『ブランド・ニュー・デイ』は、数多くいるニューヨーク周辺のヒーローの中から、パニッシャーを選んだのか。
最初は単純に、客演としての話題性だと思っていた。
しかし、ハルクの存在を前提にして考えると、少し違う答えが見えてくる。
ニューヨークには、ほかにもヒーローがいる
ニューヨークを舞台にするなら、候補はフランクだけではない。
まず思い浮かぶのは、マット・マードックだ。
マットはニューヨークを活動圏にしている。
しかも、すでにピーターと接点がある。
前作では弁護士としてピーターを助けている。
暴走し始めたピーターを止める役としても自然だ。
法と正義。
自警行為と私刑。
力を持つ者が、どこまで自分の判断で他人を裁いてよいのか。
今作のテーマを語るなら、マットほど適任な人物もいない。
それでもマットが選ばれなかった理由は、ある程度想像できる。
マットを出せば、フィスクやニューヨークの反自警団政策など、『デアデビル』側の物語まで背負うことになる。
スパイダーマンの映画へ登場した瞬間、背景にニューヨーク全体の政治と抗争が立ち上がる。
前作ですでに登場しているため、新鮮味も薄い。
そして何より、マットはフランクと違い、ピーターが堕ちた先の姿ではない。
ピーターを正しい方向へ導くことはできる。
しかし、ピーターが一線を越えたときに、何になるのかを見せる人物ではない。
マットはブレーキだ。
フランクは、崖の下にいる。
この違いは大きい。
私の第一候補はケイト・ビショップ
物語の接続だけを考えるなら、私の第一候補はケイト・ビショップだ。
ケイトはニューヨークを活動圏にしている。
そして、エレーナとは『ホークアイ』ですでに因縁がある。
最初は敵同士だったが、戦いと会話を通して、完全な仲間でも完全な敵でもない、奇妙な信頼関係が生まれている。
『ブランド・ニュー・デイ』でエレーナを出すなら、この線を使わない手はない。
エレーナが、
「ニュー・アベンジャーズが動く案件ではない。でも、ニューヨークに暇そうな弓使いがいる」
とケイトへ話を振る。
それだけで、エレーナが直接参戦しない理由になる。
事件が小さいから放置したのではなく、適任者へ渡したことになる。
終始風呂に入りながら助言していたエレーナの演出にも、少しは意味が生まれる。
「私はいま、お風呂だから。あなたが行って」
これなら、あの二人の会話としても成立する。
さらにケイトを出せば、『マーベルズ』の最後に提示された若手ヒーローのチーム構想へもつなげられる。
ピーターを、そのチームへ正式加入させる必要はない。
むしろ、誘わせて断らせればいい。
誰からもピーター・パーカーとして覚えられていない。
親しい人間を再び巻き込むことを恐れている。
そんなピーターが、
「チームには入らない」
と断る。
それでもケイトが、
「困ったときに呼ぶくらいはできるでしょ」
と連絡手段だけを残す。
この方が、ピーターの孤独と再出発を壊さず、MCUの次の線にもつながる。
物語としては、かなり美しい。
ほかの候補を考える
では、ケイト以外に誰がいるのか。
ストレンジなら、精神支配や異常現象への対処もできる。
だが、『ノー・ウェイ・ホーム』に続いてまたストレンジを出せば、ピーターの新章というより前作の延長に見えやすい。
しかも、ジーンの精神能力、ピーターの身体変化、ストレンジの魔術まで入れば、物語はさらに散らかる。
ストレンジは強すぎる。
問題を解決できすぎる。
今作に必要なのは、ピーターの代わりに答えを出す人物ではない。
スコット・ラングなら、巨大化してハルクと戦う画は作れる。
しかし、今作の暗い温度には合いにくい。
ピーターの凶暴化を映す鏡としても弱い。
スコットは基本的に善良な父親で、正義を理由に一線を越え続ける人物ではない。
カマラ・カーンはジャージーシティを拠点にしているので、ニューヨークへ来られない距離ではない。
ただし、今作の重いテーマを背負わせるには、少し役割が違う。
リリ・ウィリアムズはシカゴ。
シャン・チーはサンフランシスコが活動の起点だ。
ウォンやほかの魔術側の人物を使えば移動距離は解決できるが、その時点で別の説明が必要になる。
ルーク・ケイジやジェシカ・ジョーンズも候補にはなる。
ただし、現在の立場や活動状況を映画内で説明しなければならない。
ただでさえ情報量の多い今作に、さらに別作品の空白まで持ち込むことになる。
そう考えると、マットとケイトが最後まで有力候補として残る。
だが、ハルクがいる
ここで問題になるのが、ハルクだ。
今作では、ジーンに支配されたハルクとピーターが対峙する。
ピーターは強化された身体能力とウェブを使い、ハルクを一時的に抑え込む。
ハルクは、現在のピーターがどれほど強くなったのかを見せるための、巨大な基準値として置かれている。
私は、この使い方自体にはかなり不満がある。
ハルクがピーターの戦闘力を測る物差しに見えてしまうからだ。
それでも、ハルクをクライマックスへ置くことが先に決まっていたと考えると、もう一人の客演に求められる条件が見えてくる。
ハルクと正面から張り合える人物を出してはいけない。
ストレンジやスコットのように、ハルクを止める手段を持つ人物を出せば、ピーターが立ち向かう意味が薄れる。
ピーターの見せ場を守るには、もう一人の客演はハルクを倒せない人物でなければならない。
マットも、ケイトも、その条件には合う。
そしてフランクも合う。
実際、フランクはハルクとの対決を避けている。
自分が正面から戦える相手ではないと判断し、殴り合おうとはしない。
ここで重要なのは、フランクがハルクへの戦力として選ばれたのではない、ということだ。
ハルクを出した時点で、重量級の客演枠は埋まっている。
二人目には、別の役割が必要だった。
ハルクとフランクは、別の意味での怪物
ハルクは、力と怒りに身体を支配された存在だ。
自分の意思では止められない。
力が人格を押し流し、身体そのものが怪物になる。
対してフランクは、自分の意思で暴力を選ぶ。
精神を失っているわけではない。
何が正しいかを考えた上で、それでも銃を取る。
自分の正義によって、倫理的な一線を越え続ける。
そして今作のピーターは、その二人の間にいる。
身体能力が上がるほど凶暴になり、ハルクの側へ近づいていく。
自分の怒りを正義だと思い始めれば、フランクの側へ近づいていく。
ハルクが「身体を制御できなくなった未来」なら、フランクは「自分の意思で暴力を正当化した未来」だ。
ピーターは、そのどちらにもならないことを選ばなければならない。
こう考えると、なぜフランクだったのかは分かる。
フランクは、ハルクと戦えるから選ばれたのではない。
ハルクだけでは描けない、もうひとつの怪物を担当している。
ハルクとフランクで、ピーターを両側から挟む。
身体的な暴走と、倫理的な暴走。
その中間で、ピーターが「大いなる力には責任が伴う」という原点へ戻る。
映画単体のテーマ設計としては、かなりよくできている。
ハルクありきで人選を逆算すれば、フランクに着地するのは理解できる。
理屈は分かった。でも、やはりフランクではない
ただし、ドラマ版のフランクを観ると、問題は残る。
ピーターの対比役としてフランクを使いたい。
その意図は分かる。
だが、その役割へ収めるために、フランク本人を丸くしすぎている。
本来のフランクなら、ピーターと簡単に信頼関係を作らない。
助言役にもならない。
危険な先輩ヒーローとして、少し離れたところから若者を見守るような人物でもない。
ピーターとフランクが以前から関係を築いていたことは、劇中のナレーションで説明される。
しかし、その最も重要な部分が画面外だ。
こちらが知りたいのは、いつ会ったかではない。
どうやって、あのフランクとそこまでの関係になったのかだ。
その過程を描かず、完成した関係だけを渡されても、ドラマ版を知っているほど違和感は大きくなる。
配役の理由は分かった。
テーマ上の役割も分かった。
しかし、その役割に合わせてフランクを加工した跡が見えてしまう。
あのラストまで含めるなら、ケイトでよかった
そして、決定的だったのがラストだ。
フランクは、スパイダーマンのマスクをかぶる。
こちらへ手を振る。
そして踊る。
いや、そこまでやるのか。
ピーターが一線を越えた先にいる危険な人物として配置したはずなのに、最後には観客を笑わせるための愛嬌あるおじさんになっている。
もちろん、殺伐とした物語を和らげる意図は分かる。
ピーターとの関係が変化したことを示したかったのかもしれない。
だが、フランクの危うさを薄め、コミカルな役割まで求めるなら、それはもうケイトでよかったのではないか。
ケイトなら、スパイダーマンのマスクをかぶって手を振っても、踊っても、人物像を壊さない。
むしろ自然だ。
ピーターとの軽口も成立する。
エレーナとの会話も生きる。
若手ヒーローのチームにもつながる。
深刻な場面では、ピーターと同世代に近い立場から、力だけで解決しようとする彼を止めることもできる。
フランクを出したことで、ピーターの暴力性を映す鏡は作れた。
しかし最後に、その鏡を自分たちで曇らせてしまった。
危険なフランクを最後まで貫くなら、彼を選んだ意味はある。
だが、マスクをかぶって踊るところまで丸くするなら、物語全体を美しくつなげられるケイトを選んだ方がよかった。
映画単体ならフランク。MCU全体ならケイト
最終的な私の結論は、こうなる。
ハルクありきの構成と、今作単体のテーマを優先するなら、フランクを選んだ理屈は分かる。
ハルクが身体的な暴走。
フランクが倫理的な暴走。
ピーターが、その両方を乗り越える。
構造としては美しい。
ただし、MCU全体の物語として考えるなら、私はケイトを選んでほしかった。
ケイトを出せば、エレーナの登場に意味が増す。
ニュー・アベンジャーズが参戦しない理由も作れる。
『ホークアイ』の関係を拾える。
『マーベルズ』で始まった若手チーム構想にもつながる。
ピーターをチームへ誘い、断らせれば、孤独も再出発もより強く描ける。
そして何より、画面外で突然築かれた関係を持ち込まず、すでにMCUの中にある線を結び直せる。
ハルクとの戦力差は、脚本で役割を作ればいい。
ケイトにハルクを倒させる必要はない。
市民を守る。
ピーターへ情報を届ける。
特殊矢で時間を作る。
エレーナから受け取った手掛かりをつなぐ。
ピーターが力で解決しようとしたとき、別の方法を示す。
それで十分だ。
フランクを選んだ理由は、考えれば理解できる。
だが、理解できることと、最もよい選択だったと思えることは別だ。
映画単体の設計図ではフランク。
MCU全体を一本の物語として見るならケイト。
そして、あのラストまで含めるなら、やはりケイト。
私はそう思う。
フランクを出したことで、ピーターの暴力性は深く描けた。
しかしケイトを出していれば、ピーターの未来まで描けたのではないか。
その方が、『ブランド・ニュー・デイ』というタイトルにも、よく似合っていたと思う。
What if...? 本当の正解はエディ・ブロックだったのではないか
ここまで、フランクよりケイトの方がよかったのではないか、と考えてきた。
MCU全体の線をつなぐなら、今でもケイトが一番美しいと思う。
ただ、記事を書き終えてから、もうひとり残っていたことに気づいた。
エディ・ブロックだ。
ピーターは蜘蛛として身体が変化し、強くなるほど凶暴性を増していく。
ハルクは、怪物に身体を支配された存在。
フランクは、自分の意思で暴力を選び続ける存在。
その間に置かれたピーターが、自分の力と怒りを制御する。
ここまでは、フランクを選んだ理由として理解できる。
だがエディなら、さらにもう一つの答えを持っている。
怪物を排除するのでも、怪物に飲み込まれるのでもない。
怪物と同じ身体で生きながら、それでも人間でいようとする。
今作のピーターに必要だったのは、こちらだった可能性がある。
エディとヴェノムなら、ピーターの身体変化や凶暴性を、外側からではなく当事者として理解できる。
「力を抑えろ」と説教するのではなく、
「分かる。俺たちも毎日それをやっている」
と言える。
パワーバランスの問題も小さい。
ケイトやマットをハルク級の戦場へ置くには、かなり役割を工夫する必要がある。
エディとヴェノムなら、その場に立っていても不自然ではない。
だからといって、ハルクを倒す役まで奪う必要もない。
ヴェノムがハルクとの正面衝突を嫌がり、エディと口論しながら市民を守る。
ピーターが戦う時間を作る。
そのくらいで十分だ。
そして何より、あのラストだ。
フランクがスパイダーマンのマスクをかぶり、手を振り、踊る。
フランクがやると、人物像が壊れる。
ケイトなら自然だ。
だが、エディとヴェノムなら、さらに自然かもしれない。
ヴェノムが勝手にスパイダーマンのマスクを作る。
エディは嫌がる。
それでも身体を動かされ、最終的には二人で妙な踊りを始める。
容易に想像できる。
しかも、『ノー・ウェイ・ホーム』では、エディとヴェノムがMCUへ来たあと、その一部だけを残して元の世界へ戻っている。
すでに置かれたままの導線もある。
フランクを使えば、ピーターの暴力性を描ける。
ケイトを使えば、MCUの未来を美しくつなげられる。
エディを使えば、ピーターの身体変化、ハルクとのパワーバランス、怪物との共存、そして最後のコメディまで、一人で成立させられる。
ここまで書いておいて、記事の結論をもう一度ひっくり返す。
映画単体のテーマならフランク。
MCU全体の配線ならケイト。
今作のすべての条件を一人で満たすなら、エディ・ブロック。
ケイトが正解だと思って考察を始めた。
だが最後に、エディが全部持っていった。
これが本当のオチだったのかもしれない。
※「ハルクありきでフランクが選ばれた」という制作順が公式に明言された事実は確認できません。本稿は、作品内の役割とパワーバランスから逆算した考察(妄想)です。

