#なんのはなしですか【長編小説】第四話(なんのはなしです課)
第四話 なんのはなしです課
路地裏でこの人を知らない人はいない、そう言われるほどの人物がコニシという男だと松平は言った。それほど有名な人物がいる建物となれば、さぞ素晴らしい大豪邸や巨大なビルなのだろう。そう思いながら辺りを見回したが、一向にそれらしき建物は見えてこない。俺は地図が指し示しているであろう場所の前で立ち止まった。
そこにあったのはまさかの、白い外観に茶色い傘をもつ立派な巨大キノコだった。いや、正しくはキノコの形をした建物なのだが、ここまで来てキノコとは、まるで悪夢である。
「松平が言ってた所って、路地裏一丁目のここだよな…」
俺は松平から受け取ったメモへと目を落とした。松平の汚い手書きの地図にはココと書かれている。そして、その文字の横には、キノコの壁に書かれている文字と同じ言葉が踊っていた。
「『なんのはなしです課』って、俺が訊きたいくらいだわ」
正直もうすでに帰りたい気持ちではあるが、ここまで来て引き返すわけにもいかない。キノコと別れたいがためにキノコへ向かうとは、なんという皮肉か。俺は意を決してキノコに付いている扉を開けた。
正面のカウンターには蛇を肩に巻いた男性が1人、スマホを片手に座っていた。あの姿、間違えない、間違えるわけがない、例の男、コニシだ。
コニシは俺の存在に気づくと、穏やかそうなタレ目でこちらを見てから少し掠れた声で言った。
「何か、こちらに用ですか…?」
「あ、あの、コニシさん、ですよね?路地裏のことについてよく知っていると聞いて来たんですけど…」
「はい、そうですけど、路地裏についてよく知っている…なんのはなしですか?」
コニシはとぼけたようにそう言った。
ここの決まり文句なのか、本当に知らないのか。コニシの言葉や表情からは読み取れない。
「あれ…違うんですか?」
「いえ、何も違わないですよ」
ってことは合ってるのかよ、紛らわしい。
「あ、違わないんですね。あの、俺、今ちょっとこの辺で探し物をしてて、こういう感じのネックレスなんですけど、コニシさんなら何か知らないかなと思って…」
俺は服のポケットからポン先生が書いてくれたネックレスの絵を取り出し、コニシへと広げて見せた。
「残念ながらネックレスについては何も知らないですね。探すとなると路地裏の方々に訊いて回るか、警察に届け出るしかないと思いますよ」
コニシがネックレスについて知らないとなると、残す手段は路地裏での地道な聞き込みだけか。そうなればもう松平にも手伝ってもらうしかない。
「そうですか…分かりました」
俺はポン先生の絵をそっと畳んでポケットへとしまった。そんな俺の顔を覗き込むようにしてコニシが訊いた。
「ところで、この辺ではあまり見かけない顔ですけど、どちらから?それと名前を聞いておいてもいいですか?」
「あ、すみません。トキオカケルです。表舞台から来ました。あまりこの辺のことには詳しくなくて…友人の松平雅楽守がここを教えてくれました」
コニシは松平の名前を聞くと「あぁ」と察したように言った。
「松平くん。彼ももう立派なロジウラーだからね〜」
「ロジウラー…ですか?」
「路地裏にいる人達の総称だね。松平くんも最初はロジウラーに戸惑っていたけど、割とすぐに慣れましたよ。今は彼もそのうちの1人ですしね」
これは万国共通なのか、アムラーやマヨラーのように集団になると人はその総称に名前を付けたがる。しかし、裏返せばそれだけ路地裏に集まる人たちの仲間意識が強いということなのかもしれない。そうなると、ここで情報を得るには、まずはどうにかその輪に入ることが先決か。
「そうなんですね…あの、それと、この辺で仕事も探したいんですけど、どこか求人募集してたりしませんか?できれば、履歴書不要のところで…」
するとコニシがそれまで左手に持っていたスマホを机に置いた。それから両手を顔の前で組むと少し神妙な顔つきで訊いた。
「履歴書不要…?もしかして、触ったんですか?耳たぶから指を真っ直ぐ下ろした先の、女性の秘境を」
触った?女性の秘境?俺はただ、頭にキノコが生えた証明写真では採用される気がしないというだけで、よく分からない秘境の話なんて何一つしていない。
「あの…なんのはなしですか?」
「そうですか…やはり、秘境と共に法にも触れてしまいましたか。つい最近マイトンとそのことについて話していたんです。この有益な情報が広まりつつある今、それが誰かの本能的な危うさに繋がるかもしれないと」
本当にいったい何の話をしているんだ。全く意味が分からない。まず話が噛み合っている気がしない。女性の秘境ってなんなんだ。耳たぶから真っ直ぐ指を下ろした場所?
俺は目の前にいるコニシの両方の耳たぶから真っ直ぐ下へと視線を落とした。その先にあったのは、胸のちょうど先端、つまりそれは確かに女性であれば秘境にあたる場所であった。
「って、そんなところ触ってませんから!なんでそうなるんですか!俺はただ証明写真を撮りたくないから履歴書不要のところがいいだけで…!」
危うくあのまま話を聞き流していれば、そちら側の犯罪者だと誤解されて終わるところだった。
「証明写真?てっきり有益な情報に惑わされて触れてしまったのかと。では、前からきはじめましたか。それともテッペンやバーコードとか?」
おい、またこの男は何のはな…いや、写真から推測するにどうハゲているかという話か。というかまず、どうしてハゲていることが前提なんだ。
この男、断定的というか少し思い込みが激しいタイプなのか、明らかに事実よりも自分の中にある真実で物事を語っているようだった。
「いや、まだ禿げてませんから。まぁ、ここだけの話にしてほしいんですけど、頭に、キノコが生えてるんです。だからこのフードを脱ぎたくなくて…できれば、そういう仕事を紹介してほしいなと…」
そんな都合の良い仕事があるとは思えないが言うのはタダだし、調べるよりも聞いた方が早い時だってある。
「頭にキノコですか…。残念ながら、ここはハローワークではないので求人の取り扱いはやってないですね。ただ、うちは随時求人募集してますよ。今のところ誰も応募してくれませんが。それに、どうやら縁があるのかもしれませんね。私の名前もコニシ木の子ですし、私自身こんな格好なので、ここで働くなら頭のキノコくらい大したことありませんから。むしろあった方が面白いですし」
コニシは応募が来ないことに少し遠い目をした後、穏やかな笑顔でそう言った。
名前がコニシ木の子、松平のやつ、知ってて下の名前を言わなかったのか。そう思うと、ここの外観がキノコなのも納得である。しかし、まさかこんな間近に求人募集があったとは。
「あの…応募がないって事は、それだけ大変な仕事なんですか?」
「まぁ、そうですね。主に路地裏の皆さんの記事を読んだり話を聞いたりして、それに全力で返すだけの仕事なんですけどね。どうやら、まともな人はやらないみたいです。これまでに2人ほど、どうかしているとしか思えない人達がこの業界に足を突っ込みましたが、今はもうどうでもいいかとなって、放置したままどちらも違うことをやっています」
そんなに大変そうには思えないが、コニシ以外続かないとなると、それだけコニシがすごい人物なのか、はたまた変人というか自分を追い込みたいタイプの変態なのか。
「コニシさんはやめたいとは思わないんですか?」
「やめられるものなら、やめたいですね。ただ、あまりにも面白くてやめたくても、やめられないです」
俺は確信した。つまりコニシ木の子は究極の変態なのだと。
「なるほど…」
コニシ自体が何かヤバそうな感じはするが、ここで働けば金と路地裏の情報が同時に得られる。それなら一度働いてみるのも手かもしれない。
俺はコニシの目を真っ直ぐに見て言った。
「俺、ここで働いてみてもいいですか?」
その言葉にコニシは少し驚きながらも穏やかに笑って答えた。
「ここまで聞いてやりたいと思えるのは、やはりどうかしているとしか思えませんが、そういう人も世の中には必要なのかもしれません。おすすめはしませんが、私としては助かりますし、その方が面白いのでぜひ」
止めたいのか、そうではないのか、結局よく分からないが、それでも全てを受け入れてもらえたような気がした。まぁ、何より金と情報のためならやるしかない。それがこのキノコから脱却するための一歩なのだ。
「ほんとですか。じゃあ、よろしくお願いします」
俺はコニシへ向けて深々と頭を下げた。
#なんのはなしですか
第一話 キノコのこの子

《登場人物》
許可を得て、noterさんよりお名前や設定を拝借しております。小説内の人物像は作者の想像のため、お名前をお借りしたnoterさんの実際の人物像とは異なる場合がございます。
また、ネタバレを考慮し、noterさんや元ネタ記事の紹介を長編小説の投稿終了後に行う場合があります。
ご了承くださいm(_ _)m
ご不明な点や不備・要望がありましたら、教えていただけると幸いです。
トキオカケル(オリジナルキャラ)
松平雅楽守
ポンコツ
モスキートエリ
コニシ木の子
えむのマイトン
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