吉野家に「健康の罠」を仕掛けられた日。タルタルとマヨネーズの二重包囲網
吉野家には、罪がある。
紅ショウガ5袋という前科を持ち、
カレー鍋御膳肉2倍で罪悪感を洗い流し、
「もう二度と品性を売り渡さない」と誓ったあの日から、数週間。
私は再び吉野家の軍門に降った。
原因は、「タルタル南蛮から揚げ丼」だ。
申し訳程度の野菜という免罪符
メニューを開いた瞬間、
私の脳内に警告灯が灯った。
からあげ。タルタルソース。
そして、追加マヨネーズ。
この三位一体が意味するのは、カロリーの暴力だ。
誰がどう見ても、健康とは対極に位置するメニューである。
しかし、プラ容器の申し訳程度に添えられたキャベツを見た瞬間、
私の健康意識は復活した。
「野菜がある。これは健康食だ」
キャベツの千切りが、
からあげとタルタルとマヨネーズを、打ち消した。
脳内では「健康的な定食」。
脳みその自己正当化能力の高さに、自分自身で脱帽した。
タルタルとマヨネーズの二重包囲
先にも書いたが問題は、
タルタルソースだけではなかった。
「タルタルがあるのに、なぜマヨネーズも?」
その疑問は一瞬で消えさった。
両方使えということだ。
吉野家がそう言っているという結論に達したからである。
マヨネーズを追加するかどうかは、私の選択ではない。
吉野家のメニュー設計という上意下達の「意思決定」に従ったまでだ。
責任は私にない。
そう結論づけ、私はマヨネーズをからあげの上に絞った。
甘酢だれとタルタルとマヨネーズが混然一体となった、
背徳のソースが完成した瞬間だった。

一口目の衝撃
帰宅後、蓋を開ける。
湯気と共に立ち上る甘酢だれのかかったからあげの香りが、
もう既に私の理性を溶かし始めていた。
タルタルとマヨネーズを惜しみなくかけ、一口運ぶ。
……うまい。
衣のサクサク感。鶏肉の旨味。
甘酢だれとタルタルの酸味とマヨネーズのコク。
それらが同時に口の中で爆発する。
キャベツがシャキッと清涼感をもたらし、
「これは健康だ」という幻想を最後まで守ってくれた。
相も変わらず、私は吉野家に、完全に敗北した。
完食後の静寂
容器を空にした後、私はしばらく動けなかった。
満腹感と背徳感が、等量で胃を満たしていた。
キャベツという免罪符は、
タルタルとマヨネーズの前に完全に機能していなかった。
ベルトから微かな抵抗感。
これは先日のカレー鍋御膳肉2倍と同じ感覚だ。
吉野家に来るたびに、
私は何かを得て、何かを失っている。
得るのは幸福感。
失うのは品性と腹回りだ。
それでも、また行ってしまう。
これが吉野家の魔力だ。
吉野家への思い
吉野家よ、あなたは罪深い。
紅ショウガを5袋取らせ、
カレー鍋御膳で贖罪させ、
タルタルとマヨネーズで再び堕落させる。
この繰り返しに、終わりはあるのか。
申し訳程度の少量のキャベツで理性を無力化できると知っていて、
あなたはそれを置き続けている。
一体全体、次は何で私を堕落させるつもりだ。
待ってろ吉野家。
次に行くときは、ちゃんと高単価のものを頼んで、
利益を貢献してから正しく堕落する。
このサイクルこそが、
きっと私たちの清い関係なのだ。
【あとがき】
後で調べて分かったことだが、
テイクアウトで付いてくるあのマヨネーズ、
どうやら本来は「サラダ用」らしい。
いや、そんなの知らない。
店員さんからの説明もないし、
目の前にから揚げがあれば、
そこへ全量をぶちまけるのが人間の本能というものだろう。
どうせカロリー爆弾を食すと決めたのだ。
健康を度外視してこそ、背徳の味は完成する。
ちなみに私は、
タルタルにかけた後に残ったマヨネーズをサラダにまぶし、
同じプレート内の甘酢だれをキャベツに絡めて食べている。
これが実に「ちょうどいい」のだ。
既に5回はこのメニューをリピートしているが、
吉野家で「から揚げ」という選択肢に疑問を持つ人にこそ、
ぜひ一度食べてみてほしい。かなり、美味い。
