『器が小さい人』の生存戦略。
昨日からの続き。
珍しく結論から。
『自分のことを飼ってくれる人を見つける』
です。
昨日も書いたとおり器が小さい人ってすぐ溢れるくせに溢れたら、すぐ怒る、すぐしゃべる、すぐ行動する、すぐ落ち込む、すぐに正当化する。
周りや相手のタイミングや相手の状態とか理解ができないんですよね。理解できてない人と同じ行動を取る。で、気まずくなってから気付く。
1人じゃ生きていけない生き物なんです。
ママが必要。
すぐ怒っても理解してくれるママ。
すぐにしゃべっても聞いてくれるママ。
すぐに行動しても指摘してこないママ。
落ち込んでも肯定してくれるママ。
ママが必要なんですよ。
『1人立ち』はあきらめましょう。自分が望んでも、周りから望まれてもそれは無理です。
毒親が視界から消えないし、クソ上司とセットになってるでしょ?
世の中の不条理ばかりに目が行ってるでしょ?
無理なんですよ。その状態じゃ。そんな状態じゃ『1人立ち』なんて程遠いです。果てしなく遠いです。悲しいけど。
オレがあなたにインタビューします。
『上手くいってますか?』
『まぁまぁ』って答えられない人はちゃんと1人立ちができてない人か、自分の飼い主、自分のママ役が見つけられてない人です。
2択で極端に見えると思いますが、そんなに的外れでもないと思います。
逆に自らしがらみから距離を置いて1人立ちの途中だったり、上手いこと良い出会いに巡り会えたりしてる人は『まぁまぁ』って答えられるはずです。
『1人立ち』、自分には少し難しいかも、あまりやりたくない、それなら『上手いこと自分のことを飼ってくれる人』を見つけることを意識して注力すれば良いかもしれないよって話。
飼ってもらうって、倫理的にどーなんだ?って感じはするんだけど、ある程度仕方ないんじゃない?と思う。
犬に台所の片付けを望んでる人っていないし。台所の片付けができないって落ち込むを何年もの間に何回も落ち込まれるよりかは、片付けしなくてもいいし、やりたい時だけでいいし、元気な姿をたくさん見せてくれた方が色んな場面で助けられるし。犬なんだから。
ほんと、人格否定なんかじゃなくて。ほんとに。
オレは今、『社長の息子』を飼っています。社員全員で飼っています。
思いつきでしゃべるし、しゃべり始めるとしゃべってる間に思いついたことを次から次からしゃべる。社員全員で『うんうん』って聞き流してる。
社長の息子と仲がいいお客さんとは仕事中で夕方5時までしかないのに『社会経済』『世界情勢』『趣味スポーツ』の話を自分がおしっこがしたくなるタイミングまでずっと話しつづける。
犬と仲がいいビジネスマンってやっぱ犬なので社交辞令こそが仕事で肯定することが大人だと勘違いしてる『仕事ごっこ』をしてる犬なので長い話を止めさせることができないんですよね。
で、社員もオレもそれをとがめない。
それは全員が『そういう生き物』『別の生き物』だととらえてるから。
絶対に『セット』にならないし、ちゃんと『距離』を置いている。
またそれがしやすくなるようにするために、『社長の息子がいないとできない仕事、成り立たない作業過程』ってのを『全部』剥奪しました。
『これ、やっておきます!』『それ、教えて下さい!』ってね。
だから今となっては社長の息子が台所の片付けをしようがしまいが関係なく会社は滞ることなく潤滑に回転できてます。長話もし放題。息子はイキイキしてます。周りが『ママだらけ』ですからねww
いやね、さすがにクビにはできませんよ。
パパの会社でしか働いたことなくて、パパの家に生まれた時からずーっと住んでる。パパからも頼まれてる。息子のことはよろしくしてやってくれ。って。
でもね、確かに『良いもの』は創るんですよね。すげー。やっぱ器の小さい人って『対人』にはてんでダメだけど『対物』には優れてる。ほんとすごく良いものを創る。
さっさとパパから会社継いで『自分王国』を創れば良かったのに。他責にして、もたついてる間にオレが獲っちゃった。
獲ったのはこのまま行くとそこらじゅうに良くある『低所得者増産会社』になっちゃうと思ったから。
この息子が会社の社長になってるような会社よくあるでしょ?
ずっと客と話してて、気が付いた時だけやたらと説教、指摘してきて、その話が長い。
犬たちの中では『経費で落とせる』が『大人』らしくて、やたらと物が増える。散らかる。安月給の奴隷たちが後始末。
ダメよ。『飼えない』ならこういう犬とは距離を取らなきゃ。
で、『飼う』なら犬をバカにしないでちゃんと飼う。
今どういうことがしたい犬なのか、今どういう状態でいたい犬なのか。ほんとに犬を飼う時のように、犬の性格をちゃんと見る。
犬にある程度の『時間を捧げる』。
だから器の小さい人は自分のことをバカにせずに自分のことを良く観察してくれて良く飼ってくれる器の大きい人を探すってことに注力した方が良いんじゃないかなって思うんです。
メンターを見つける、師匠を見つける、実際に会う、みたいなことに注力。
エヴァンゲリオンの庵野監督。
彼も自分を飼ってくれる人『飼い主』、『嫁さん』『ママ役』を見つけてイキイキしはじめた。ほんと良い例だと思う。
だから飼い主を探した方が良くて。
で、見つけたのなら絶対に自分からは手放さない方が良い。
実際、今の社長の息子。社長の息子じゃなかったらみんなからクビを言い渡されるぐらいにはみんなのことに『噛みついて』ます。
よくある『辞めることができないくせに辞めてやる!』『別れることできないのに別れてやる!』『1人立ちできないのに飼われることをやめてやる!』です。
『社長の息子』などの特別な条件がない限りいつかは『追い出されます』。
追い出されそうになった時に気が付いてもドラマ半沢直樹のような『土下座』はできないでしょう?
半沢直樹のあの人はできたけどあなたにはできないでしょう?
したくないだろうし、した後の関係性は変わるでしょう?
イヤでしょう?
できないでしょう?
なら、そうなる前、そうなる二歩手前から先に心の中で早めに土下座して屈服しましょう。
あなたが悔しい思いをしてる以上の言うなれば『愛情』であなたはあなたが思ってる以上にずっと包まれてます。
毒親やクソ上司があなたを愛してるって話ではないですよ?そういう犬とはさっさと距離を置け。そういう話じゃなくて。『飼ってくれる良い人』が見つかったのなら『くっついておけよ』って話。
手放したらあかん。
失ってから気が付く、失いかけてからドタバタするなんてそれこそ犬以下のすること。
犬って言われて違和感を感じるなら『手放さない』くらいはしっかり意識してしないと。
『捨てないでね』の『アイフルのCMのチワワ』ぐらいなことは普段からちょいちょい意識してやっておいても良いと思う。
ちょっと卑しい感じもするのはわかる。
でも『生存戦略』ってそういうものじゃない?
これもしっかりとした『把握』なのよ。自分の能力の『把握』。現状の『把握』。このままいったらだいたいこうなるだろうなっていう自分の未来の『把握』。
計算高い女も、『計算高い』をマネしてる女はべちょべちょに汚いけど、自分の能力を把握してちゃんと計算がてきてる人は『かっこいい』まですらあるでしょ?
男だってちゃんと『生存戦略』だと把握して行ってる『媚び』にはちゃんと『美しさ』が混ざってる。
『生存戦略』ってそもそも全然キレイなものではない。
世の中だいたい『運』に作用される。だからといって『全て』を『運』任せにするのではないところが『犬ではない』の証明になるんじゃない?
生存戦略として『犬であることを選択する』ということが『人である』ことの証明になるんじゃない?と思う。
良い人を見つけたら公表してみるのも良いんじゃない?『パンパカパーン♪発表します!私はあなたに飼われることに決めました!一生懸命飼われますのであなたは責任を持って私のことを飼って下さい!』みたいなワンシーン、長い人生の中で少しはあっても良いと思うww
相手が器の大きい人なら『おお!何を言っているのかはよくわからんがとにかくすごい自信だ((( ;゚Д゚)))』みたいにキン肉マンのノリで乗ってくれるかも。
『あえて犬みたいに人に飼ってもらう』
『そのためにまずは飼い主を探す』
まぁ、頭の片隅にでも置いておいて下さい。
で見つけたのなら、すでに飼い主がいるのなら。絶対に忘れないで。
手放したらあかんで。
飼い主が手放したリードを自らくわえて飼い主の手にまた持っていく犬も居るくらいなんだからね。
パンパカパーンの効果音は昭和だな。
あ、あとオレは『ネコ派』です。
