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⚪️掌編小説|蜜柑堂書店 第十二話

第十一話からの続き

 卒業以来だからおよそ一年半ぶりだ。

***

 リエは当時サエコと呼ばれており、途中からはエコまたはエコエコだったから、最初リエが誰か分からなかった。

「もしもし、あたしリエ、覚えてるよね、久しぶりー、元気? みんな心配してるよー」
「あ、間に合ってます」
「ちょっ、ちょっ、ちょっ、ちょっ、あたしあたし、サエコ、エコエコだよー」
「すみません、うちに孫はいませんので」
「おーい!」

***

「おまえリエって言うの?」
「相変わらず冴えてるねー」

 思い出した。

「冴えてるーう」が口癖だからサエコだ。リエって言うのか。

「ねえ久しぶりに会おうよ、みんなで」
「みんなって?」
「みんなってみんなだよ、うちらゼミの仲間に決まってんじゃん、誰か会いたくない子でもいるわけ? いるなら聞いとくけど、聞くだけね、聞くだけ聞いとく、その子だけ誘わないとかは無理」
「いや、そうじゃないんだけどさ、どうしたの急に?」
「就職したらしいじゃん」
「うん。え、誰から聞いた?」
「誰だっけ、風の噂? まあいろいろ」
「何だよそれ」
「小説は? 書いてる?」
「まあね」
「いきなりみんなとじゃアレって言うならまずあたしと会いなよ、あたしで馴らしとけばその後は誰とでも会えるでしょ」

 なんとなく気が進まない。

***

「へー本屋さんねー、そーなんだー意外ー」

 学生時代に通い詰めた激安居酒屋でも良かったのに、気を利かせたのか気が利かないのか、リエは女子率高めのパンケーキ屋を指定してきた。

「でも卒業して一年も遊んじゃうとそーなるよねー、第二新卒とも言えないもんねー、あれもともと就活してなかったっけ、出版大手から内定もらってなかった? ああ、あれはトモヤか、トモヤどーしてるかなー連絡してみよっと、ここのパンケーキやっぱ人気店だけあって美味しいよね、ねえ、そっちのそれどんな味? ちょっとちょーだい」

「そう言えばおまえ、むかし出っ歯じゃなかった?」
「あ、気づいた? 冴えてるーう」

 削って歯並びを治したらしい。

 以前は前歯がちょこんと前に出ていた。齧歯類の小動物を思わせる、それがリエの、つまりエコエコの、ちょっとした魅力だった。

 大学を卒業するまでずっと出っ歯だった女の子が、その後のたった一年半で、その魅力を別の何かと、まあ、おそらくは適正な咬合とかその程度のものと、交換してしまった。

 だが、それは悲しむべきことなのか。合理的な意思決定より、懐かしさや過去への執着や失ったものへの感傷のほうが尊いとは言い切れない。ましてや100%他人事だ。

「その前歯も似合ってるよ」
「惚れた?」
「惚れない」

***

 二件目はガード下のクッソ安い居酒屋に入った。

***

 リエは酔っても変わらない。

「あたし飲んでも変わらないって言われるんだよねー昔から」

 普段から酔っ払ったように見えるからだ。

「みんなと会うの気まずかったら別に無理しなくて良いよ、わりとみんな、ほら、ちゃんとしてるから。それか、逆に会いたい人がいたらあたしが繋いであげるよ」

 その「ちゃんと」の意味について議論することも出来るし、ぼくがもう少し酔っていたらあるいは食って掛からぬでもないのだけれど、美しい王女に危害を加えんとする出っ歯ドラゴンを打ち倒すべく剣を抜く騎士の英雄的な活躍を幻視するほどには酒も回っておらず、何より、そんなことで蜜柑さんは喜んだりはしないだろうという確信もあった。

 とはいえ、あともうほんの少しでも余計に飲んでいたら、ぼくはその酔いに任せてリエの尻をぶっ叩いていたかもしれない。傘で。昔みたいに。

***

 結局しこたま飲んだけれど。

 駅までの道すがら、ぼくらは肩を組んでもつれるように歩いた。

 笑いながら。

 昔の友人というのはどこか少しだけ居心地が良くて、少しだけ居心地が悪い。

 相手がたまたまリエだったから、そんなふうに思うのだろうか。駅で別れてひとりになった途端、晴れ晴れした気持ちと、普段あまり感じたことのない疲労感がどっと押し寄せて来た。

***

 電車が最寄駅に着くと雨が降っていた。

 なのに、傘をどこかに置き忘れて来たみたいだ。せっかくわざわざ持ってきたのに。仕方ない、濡れて帰ろう。酔い覚ましだ。

 久しぶりに浴びるほど飲んだから。

 それに──

 明日になればまた蜜柑堂の日々が始まる。

第十三話に続く)


*見出し画像は@羽さんの作品です。
*関連エピソード:第一話


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