ひ弱すぎる文学青年が悪魔と対峙するロシア映画『魔界探偵ゴーゴリ』
ある日突然、 わたしの脳が栄養補給を求めてきた。「最近ロシア語成分が足りてねーぞ」と。そういうわけで、geminiの兄貴に「ロシア映画が見たいんだがおすすめを教えて」と尋ねてみた。
いくつか候補が挙がる中、一番気になったのが『魔界探偵ゴーゴリ』だった。
『魔界探偵ゴーゴリ』(原題:Гоголь)は、 2017年〜2018年にかけて制作された、ダークミステリ・ファンタジー映画である。作家として大成する前の若きニコライ・ゴーゴリが探偵(捜査官)となり、とある村で起きている連続殺人事件の謎を追う──というのが大まかなストーリー。2025年12月現在、Amazon Prime Videoにて配信されている。全3部作。
ロシアが大好き。でも活字は大の苦手。
わたしはかねてよりロシアに興味があり、大学時代は歴史やロシア語を学んでいた。しかしながら、ロシア文学には全く明るくない。
ドストエフスキーの『罪と罰』、『カラマーゾフの兄弟』 が鈍器みたいな分厚さをしているのは知っている。文学少女の同級生が怒ったときによく振り回していたから。でもどんな話なのか、内容は一切知らない。
そもそも活字が苦手で、本が読めないのだ。3行読むだけで眠れるような人間である。国語の授業はいつも副作用のない完璧な睡眠導入剤だった。
なので、ゴーゴリについても「ああ、ニコライ・ゴーゴリ(Николай Гоголь)ね」と、作家であることと名前の綴りまではわかっていても、肝心の彼がいつの時代の人で、どんな作品を書いた人なのかは知らない。
だがそんなことはどうだっていい。
パッケージ写真の、ワンレンボブのいかにも幸薄そうなイケメンお兄さんが多分ゴーゴリさんなのだろう。知らんけど。ビジュアルが好きだからOK(理由は後述)。
今にも貧血でぶっ倒れかねない貧弱男子の彼がロシア語で喋ってくれると思うだけで、見る前から既にもうお腹いっぱいである。
日本語タイトルがどれも長すぎる
『魔界探偵ゴーゴリ』は3作ともすべて日本語吹替版が存在している。なかなかに珍しい後でgeminiに聞いた話、最近は別に珍しくもないとのこと。
主人公ゴーゴリの声優を務めるのは、なんとあの森川智之さんだ。探偵ものの超有名作『シャーロック・ホームズ』ではワトソン役を務めており、その関連で出演が決まったらしい。
それだけ配給会社が気合を入れていた作品ということだ。
ただ、日本語タイトルにも気合が入りすぎてしまっている。
1.『魔界探偵ゴーゴリ: 黒の騎士と生け贄の美女たち』
(原題:Гоголь. Начало)
2.『魔界探偵ゴーゴリⅡ: 魔女の呪いと妖怪ヴィーの召喚』
(原題:Гоголь. Вий)
3.『魔界探偵ゴーゴリⅢ: 蘇りし者たちと最後の戦い』
(原題:Гоголь. Страшная месть)
『ハリー・ポッターと〇〇〇〇』よりゴリゴリに盛られていて、文字数の加減やローマ数字が見えづらくて、ぱっと見どれから観たらいいのかわからなかった。
正解は、原題で『Начало(序章)』となっている1.の『黒の騎士と生贄の美女たち』。ロシア語で書いてくれたらすぐにわかったのになぁ。
また残念なことに、一話完結型である『ハリー・ポッター』とは違って、この『魔界探偵ゴーゴリ』は一連の事件を序・中・結と3作に分割しているため、最後まで続けて見ないと謎は解明されない。めちゃくちゃいいところで切られて「to be continued… 」となるし、2から見始めるとろくなあらすじがないまま「第3章…」と表示される。初見殺しである。
本国ロシアでは、劇場公開終了後にTVドラマシリーズ版として再編されて全6章、8話に分けて放送されたそうだ。日本でもその形式にしたほうが絶対良かったと思う。
なお、タイトルだけ見て「『脳噛ネウロ』みたいな能力バトル推理作品なのかな?」 思っていたら、geminiの兄貴から「『魔人探偵脳噛ネウロ』ですよね?」と訂正されてしまった。
ゴーゴリはネウロのように魔人ではないので、魔界能力で犯人を拷問したりはしない。事件現場で凄惨な予知夢を見ては、その場で昏倒するという「探偵としてはあまりに貧弱すぎる」特殊スキルを持った、ただの小説家希望の一般人男性である。
自信を持って書いたのに全然売れなかった本を、街中の本屋から買い取って自宅の暖炉で燃やす。やけ酒に溺れる。実は自分の本の読者で、内容をベタ褒めしてくれた美人の人妻に一目惚れ。非業の死を遂げて水の精(亡霊)になってしまったヤンデレ美女に惚れられた挙げ句、(彼女は他の人には見えないため)虚空に向かって会話しているように見られてしまう。
「闇の者(Тёмный)」などと呼ばれたりするけど、いたって普通の、ちょっと感性が豊かな20歳そこらの若者──まぁ、傍から見たら不思議ちゃんか、狂人か、厨二病と思われても仕方がないか。でも心優しいし、一生懸命に頑張るものだから、仲間の皆んなから好かれていく。見ている観客(わたし)もそう。
予備知識があればもっともっと楽しい
1本の映画を観るだけでは解決編までたどり着けないという欠点はあるものの、内容はエンタメ映画としては100点満点では????と感じた。
出てくる登場人物が揃いも揃ってみんな癖強キャラ、おそロシア鉄板のネタ「お前らシベリア送りにしてやるからな!」も飛び出す。画面は暗いし、血もいっぱい出る、美女もエロ(?)もあれば、クトゥルフ神話みたいなオカルトも楽しめちゃう。
西欧に負けじと近代化の波に乗る大都会サンクトペテルブルク(でもロシアらしいちょっと陰鬱な雰囲気たっぷり)と、古き慣習に縛られた超ド田舎の村との対比も面白い。出てくるちょっとした小物だったり、ファッションも、当時の雰囲気たっぷりで見ているだけで楽しくなる。
そして、ロシア文化を知っていれば、より一層楽しめる映画だ。
映画の舞台は、1828-1829年ごろのサンクトペテルブルクや、ウクライナのポルタヴァ地方・ディカーニカ村。
作中でも紹介されているが、ゴーゴリの著作『ディカーニカ近郷夜話 (Вечера на хуторе близ Диканьки)』を元にストーリーが作られている。
第二作目のタイトルにある『妖怪ヴィー』も、彼の作品のひとつであり、そもそもはスラヴ神話に出てくる恐ろしい生物のことである。クセ強な登場人物も、ゴーゴリの著作を読んでいれば「あの人かー!」と気付けるようになっている。
ゴーゴリ役のアレクサンドル・ペトロフ(Александр Петров)さんは、監督が彼にウィッグを被せたら「なんかゴーゴリの肖像画に似てね?」ということからキャスティングされたらしい。
というか、アレクサンドル・ペトロフさんは、わたしの大好きなロシア映画『T-34 レジェンド・オブ・ウォー』のイヴシュキン役だった方。そりゃ顔に見覚えあるし、格好いいなぁて思うわけだ。今回のセンチメンタルへっぴり男子とのギャップが激しすぎる。
まぁ、そんなことは全く知らなくても楽しめるつくりになっている点で、この映画は十二分に良作である。
映画の小ネタを探しだすとキリがない。
「実際のゴーゴリの本ではどうだったのかな?」と、あれだけ活字が嫌いだったわたしが本に手を出してもいいかも、と思うくらいには。何本でもこの映画の記事を書きたい。既に一本は書いてますからね。
そして、そもそもの目的だったロシア語のリスニング。
台詞のロシア語はそこまで難しくなかった……と思う。10年以上のブランクはあれど、少しくらいは覚えているものなんだなぁ、と。
おどおどしていた主人公のゴーゴリが周囲に心を開いていくうちに(ロシア語の)台詞回しが少しずつ変わっていったのは、日本語字幕を読むのを忘れるくらい感心した。そう思い込んでいるだけ(聞き間違い)かもしれないけど。
ファンwikiが本当に充実していて、撮影のオフショットなんかも載っているので、映画を見終わった方はぜひこちらも御覧ください。
