「落水荘」と「軽井沢の山荘」に見る有機的建築の展開

フランク・ロイド・ライトが設計した落水荘は、住宅建築の中でも屈指の傑作とされています。今回は、落水荘とライトの影響を受けた建築家の一人である吉村順三が設計した軽井沢の山荘を比較します。
フランク・ロイド・ライトの建築や基本的な考え方を事前に理解しておきたいという方はこちらの記事を参考にしてください!
有機的建築という思想
ここでは、フランク・ロイド・ライトの有機的建築という思想について整理したいと思います。
1. 有機的建築
ライトは、自然と建築が調和し、一体となるあり方を「有機的建築(Organic Architecture)」と名付け、自らの建築理念の中心に据えました。有機的建築とは、単に自然の中に建物を置くことではなく、敷地の地形や気候、周辺環境、さらには人々の暮らし方までも含めて統合的に捉え、建築と自然が相互に呼応する関係を目指す思想です。そのため、建築は周囲の環境から切り離された存在ではなく、その土地から生まれたかのように自然に溶け込むことが求められます。

2. 作品
ライトの有機的建築の構想には、日本の建築が大きな影響を与えたとされています。ライトは1893年に行われたシカゴ万博で、岡倉天心が主宰した日本館「鳳凰殿」で今まで見たことのない建物を見て衝撃を受けました。その後、帝国ホテルの設計等で日本にも何度か来日しました。
実際、初期のプレーリーハウスにも日本の住宅の影響は見られますが、特に有機的建築が発展したのは、ライトの後期の作品に多く見られます。特に、ユーソニアンハウスなどは、木材などの素材の良さを生かしながら、周囲の大地に根を張るようになじむような建物が多く見られます。

落水荘とは?

基本情報
設計 - フランク・ロイド・ライト
竣工 - 1936年
構造:鉄筋コンクリート造地上3階建地下1階
延床面積 - 652㎡(本館 495㎡(屋内268㎡・テラス227㎡)、来客用宿泊棟157㎡)
落水荘は、ライトが60代の時に設計した建築です。1920年代後半から30年代前半にかけて、私生活の混乱や世界恐慌の影響を受け、ライトは低迷の時期にありました。当時タリアセンにはカウフマンjrがいて、その縁で実業家エドガー・カウフマンの別荘を設計することになりました。施主からは滝を眺める家」というリクエストを受けていましたが、ライトは「滝と共に暮らす家」を構想し、落水荘を設計しました。
落水荘に見られるフランク・ロイド・ライトの特徴
ここでは、落水荘の特徴を紹介します。
1. 水平ラインと垂直ラインの強調
ライトの作品の多くには、水平ラインを強調することで空間に広がりや開放感を与える特徴が見られます。このような手法は、落水荘にも色濃く表れています。特にテラス部分の大胆なカンティレバーは、建物から滝の上へ向かって力強くせり出しており、落水荘を象徴する水平的な造形を形成しています。また、石積みの壁や煙突は垂直方向に強く表現されており、水平に広がるカンティレバーとの鮮やかな対比を生み出しています。この水平と垂直の緊張感によって建築全体に力強い存在感が与えられ独自の印象を放つ建築となっています。

2. 自然の中に溶け込む
ライトの提唱した有機的建築は、建築と周囲の自然を別々の存在として扱うのではなく、両者が一体となった統合的な関係を目指す思想です。その理念は、落水荘において最も象徴的な形で表現されています。ライトはこの住宅を「滝を眺める家」ではなく、「滝と共に住む家」として構想しました。建物を滝の正面に配置するのではなく、その上に直接載せることで、滝は単なる眺望の対象ではなく、住宅を構成する重要な要素となっています。住まい手は常に水の音や気配を感じながら生活し、建築と自然が連続した一つの環境として体験されます。
また、垂直方向を構成する石積みの壁や煙突には、周辺の岩盤を思わせる地元の石材が用いられています。これにより建物はまるで岩場から成長したかのような印象を与え、内部にいても周囲の自然とのつながりを強く感じることができます。

吉村順三と軽井沢の山荘
ここからは、吉村順三の軽井沢の山荘を紹介します。吉村順三は、中学3年生の時に訪れたライトの帝国ホテルを見て建築家を志したと言われます。その後、東京藝術大学の学生だった当時からアントニン・レーモンドの事務所に通い、修行をしました。レーモンドはライトの事務所に勤務し、帝国ホテルの助手として来日した人物で初期の作品にはライトの影響が顕著に見られます。そんなレーモンドの事務所で建築家としての人生を始めた吉村順三の中で有機的建築という思想はどのように展開したのか。今回は彼の代表作である軽井沢の山荘を例に出しながら見ていきましょう。
軽井沢の山荘(吉村山荘)(1962年/長野県軽井沢町)

軽井沢の山荘は、吉村山荘ともいわれています。軽井沢は湿気の多い場所なので、1階が小さなコンクリートの箱、2階が木造とすることで、地表の湿った空気から離しています。メインフロアは、2尺単位のグリッドでできた4間角の正方形プランで、開口部は雨戸・ガラス戸・網戸が全部戸袋にしまうことができるので、室内にいながらも戸外にいるように自然を味わうことができます。
落水荘と軽井沢の山荘の共通点
ここからは落水荘と軽井沢の山荘の共通点を見ていきましょう。
1. 自然を楽しむ別荘(週末住宅)
落水荘も軽井沢の山荘もいずれも別荘(週末住宅)として設計されました。そのため、都会の喧騒から解放された自然の中に身を置き、住む人にやすらぎを与えるような空間づくりがなされています。

2. 縦と横の強調
落水荘と軽井沢の山荘は、その造形にも共通点が見られます。両者ともに各階を積み重ねるように構成しながら、主要な居住空間を周囲へ張り出すことで、建築と風景を積極的に結び付けています。
落水荘では、大胆なカンティレバーによってテラスが滝の上へと大きくせり出しており、住まい手は自然の中へ身を乗り出すような感覚で景観を楽しむことができます。一方、軽井沢の山荘でも、主たる居住空間が斜面や樹木の上へ浮かぶように計画されており、室内やテラスから遠くまで広がる緑の景色を眺めることができます。

有機的建築はどう展開したか
落水荘と軽井沢の山荘。上記のように類似した点も多くありますが、他方で違う点も見られます。
落水荘は、ライトの構想どおり滝や岩盤と一体化するように計画され、周囲の自然と呼応しながらも、力強いカンティレバーや重厚な石積みによってダイナミックな存在感を放っています。建築そのものが自然の一部となりながら、同時に自然の力強さを増幅するような造形となっています。
吉村順三の軽井沢の山荘は、静かな森の風景に寄り添うように佇み、周囲へ過度に主張することのない穏やかな建築となっています。1階をコンクリート造、2階を木造とすることで建物を軽やかに持ち上げ、樹木に囲まれた環境へ自然に溶け込むよう配慮されています。
このような比較からは、ライトの有機的建築の思想が吉村順三にも受け継がれていることがうかがえます。両者とも自然を建築と切り離された背景としてではなく、住まいとともにある存在として捉えています。しかし、ライトが建築と自然の積極的な融合を目指したのに対し、吉村は自然を眺め、感じ、共に暮らすための環境として扱っています。
吉村順三はライトの有機的建築に共鳴しながらも、それをそのまま継承したのではなく、住まい手の視点や日常の暮らしを重視する解釈へと発展させたと考えられます。ライトの有機的建築という思想は、吉村順三の中で確かに根付きながらも、日本の風土や文化、そして暮らしの感覚と結び付くことで新たなかたちへと変容したといえるのではないでしょうか。
落水荘と軽井沢の山荘に関する本の紹介
落水荘と軽井沢の山荘についてもっと知りたいという方のために、本をご紹介します。
👉初心者向け
1. 『小さな森の家: 軽井沢山荘物語』(吉村順三著)
吉村順三が軽井沢の山荘についてどのような考えで設計したかを記している本です。比較的ページ数は少なく簡単に読めるので、興味ある方はぜひ手に取ってみてください。
👉中級者向け
2. 『「落水荘」のすべて』
落水荘について解説した本です。著者はアントニン・レーモンドに師事した人物で、ライトやレーモンドに関する著作が多く書いているので、他の本とも関連づけながら読んでみるのもおすすめです。
👉上級者向け
3. 『自然の家』(フランク・ロイド・ライト著)
フランク・ロイド・ライトが自らの有機的建築という思想について説明した本です。その思想が実際の作品とも関連付けながら、詳細に紹介されています。比較的読みやすい本なので、ライトに興味をもった方は一度読んでみてください。
最後に
フランク・ロイド・ライトは世界を代表する建築家でありながら、日本に影響を受け、そして日本の建築にも影響を与えた人物です。吉村順三は戦後の日本を代表する建築家の一人で簡素で人々が過ごしやすい家づくりを目指した人物でした。その二人の別荘建築を比較しながら見てみることは改めてそれぞれの作品を見つめ直す機会にもなりました。ぜひ皆さんも関連する本を手に取りながらより理解を深めてみてください!
