#なりたい自分
いつもお読み頂きありがとうございます。
全力教室 古川でございます。
ゆっくりと過疎化が進み活気を失う美しい龍間へ、子育て世代のご夫婦が喫茶店を営むような、商業施設の誘致が地域復興となる。
その為にnoteを用い反響を取り、大阪府大東市龍間に移転して成功したモデルケースとなる。
これが私の使命だと考えております。
どうか皆さま、一度体験にお越し下さい。
今回はヒューマンホールディングス様からの投稿企画です。
さて、なりたい自分、どうでしょう。
常々考えますのは、出来ない事に挑戦し、出来るまで努力をし続ける自分である、です。
小規模であろうと、私は経営者。
社会生活の中私の領域だけで過ごせば、何も困る事はなく、自身のある物だけで過ごす事が出来ます。
ただ、それでは何ら成長がない。
私が重きを置いている考え方があります。
「一週間あっという間に過ぎたな…」
非常に危ういと考えます。
所説によりますと、人生の新体験は10代までで半分経験出来てしまうとの事。
残りの半分が20代以降から生涯終えるまで。
ほんまかいなと思えてしまいますが、思い返せばちらほらと思い当たります。
小学生の頃、夏休みを長く感じませんでしたか。
私も人並みに宿題はほったらかしにしておりましたので、毎日何かしらで遊んでおりました。
その際常に新しい場所を探し、新しい遊びを考えていたように思い返します。
毎日が何をしても新しい。
新体験だらけにより、時間の流れを長く感じたのです。
20代を迎え、一般的には就職を経験します。
仕事の最初は真新しい事ばかりですが、人は慣れます。
決して成熟していく事が悪い訳ではありませんが、慣れる事により、こなしてしまうのですよね。
特に考えなくても出来てしまう。
こなしの積み重ねが考えず過ごす時間を生んでしまうので、気が付けばあっという間に一週間が終わります。
そして楽しい楽しい休日。
しかし、休日すら何もせず過ごすと、あっという間に終わりますよね。
そして翌週の繰り返し×40年かな。
「あっという間に過ぎたな…」
危機感感じませんか。
また、その場所や人が良くても悪くても、良いところだけを学べると、自身の糧を失わずに済むかも知れません。
子供じみた感情だけで判断してしまうと、世界はあまりにも小さく狭くなってしまいます。
私が立派だなと感じる方は、常に低頭平身であり、目下の者相手でも教えて下さい。と、学ぶ姿勢があります。
私も尊敬する方を習い、教えて頂けるなら、相手が小学生でも先生であると考えます。
私は職業柄先生と呼称され慣れてはおりますが、当たり前だとは思っておりません。
慣れは恐ろしい、大きな災厄を招くと、肌で感じる過敏さが必要です。
また、提供し続けるのみでされる側の立場が分からないと、心遣いが細部まで行き届きません。
なので、自身の今までの実績など何一つ関係のない、その上で自身の事業に繋がるような場を考えます。
私にとって一つは柔術でした。
総合格闘技教室の指導をしておりますから、柔術を習い得た寝技の向上は、指導内容に直結します。
総合格闘技の寝技と道着を着た柔術とは、野球とサッカー程の違いを感じました。
今までのノウハウが全く通用しない。
一本を取られる事など久しく体験しておりませんでしたが、笑ってしまう程に一本を取られる。
全てが新しく、輝いて感じました。
そして、全員が先輩であり、皆さんから全てを学びます。
低頭平身、教えて下さる先生や先輩方に敬意を持ち、教えを学ぶ姿勢を新たに感じ、自身の糧とします。
難しいは面白い。
出来ない事に挑むのです。
何も出来ないから、面白いのです。
簡単に出来る、過去の栄光にすがるような手法を取った時点で終わりだなと考えております。
私は自身の事業が最優先です。
試合に出られる方の、修羅の道は歩みません。
柔術はゆっくりと、ただただ人生を豊かにする場として、細く長く続けたいと考えております。
もう一つ。
ここからが本題です。
なりたい自分を考えたところ、「音楽」
音楽が一年を通して、日常にある人生を望みました。
以前創作大賞応募作品として書きました記事。
私などを玉置さんと比較するのもおこがましい事、重々承知しております。
それでも何でも何が何でも、人様の前で歌いたい!
玉置さんのコンサートを聴き、改めて気持ちが爆発致しました。
玉置さんのアカペラソロ。
「メェロディー…泣ぁかなぁ~いでーーーーー~~~~~!!!………」
玉置さんの口元に会場中の視線が集まります。
余すことなく全員が見ています。
あまりの凄まじさに、全員が総毛立ちました!
魂を震わされた!
私も、世界で一人で良いから、人様の魂を震わせたい。
聴いて良かった、会えて良かったと思って頂きたい。
誰にも頼まれていません。
全て自己満足の独り善がりです。
それでも私が人様の心を震わす事の出来る手法。
音楽しかありません。
若かりし頃、一度は目指した道。
今では目指すものなどありません。
ただ、人に幸せを届けたい。幸せになって欲しい。
幸せを与えれる人間になりたい。
それが、私の考えるなりたい自分です。
その術として、私は音楽を選びました。
今でも毎週ピアノレレッスンは受けております。
ただ、昨年以降発表の場がありませんでしたので、練習内容は停滞しておりました。
先生ごめんなさい。
なので、毎年恒例のリモートライブを近々開催したいと考えております。
過去作品はこちら。
リモートライブの発想も、コロナ禍があったからこそ、考える事の出来た形だと思われます。
衛生環境の心配がない、移動の手間がない、勿論無料。三方良しです。
リモートといえど生放送。
放送が始まると、緊張で指先に痺れが走ります。
心拍数が引き上がり、酸欠により若干の眩暈を覚えます。
本番前は毎度のことです。
毎度ではありますが、それ程に賭けているのです。
リモートライブはセッションパートナーが居りますので、その心強さはあります。
ただ、一発勝負は何ら対面と変わりませんので、その日その時までの生き方が試されると考えております。
比較対象はありませんが、誰よりも練習する。
殺意が沸く程の狂った練習を行う。
何故これ程に苦しい事をと、躁うつ病になる。
それでも泣いても何でも絶対演る。
当日その日命が尽きても良いから、どうか神様後悔のない仕上がりで終わらせて下さいと、懇願する。
ここまで追い込む。
芸術は苦しみから生まれると考えます。
それが私の考える本物であり、人様に幸せを与える事の出来る、最低限の努力です。
才能が無いのだから、死に物狂いで当たり前。
今年のリモートライブのラインナップは、セッションパートナーの力を借り、初めて独唱にも挑戦しようと画策しております。
玉置さんに影響され過ぎですね。
致し方なし、ミーハーなのだもの。
固定の演奏予定は、「真夏のリモートライブ」、「年末のきらきら発表会」の二回です。
後一回ほど市の催しなどに申し込んで、人様の前で歌いたい。
事業に支障がない程度の現実的な回数は、年三回程かなと考えております。
一切の妥協無く、努力を尽くし本番に挑みます。
何時か何処かで聴いて頂ける機会に巡り合うあなた様、絶対に後悔させません。
善い人間になりたいと日々努め、幸せになって欲しいと心を込め、歌い上げます。
心を震わせる為に。
記事のご紹介誠にありがとうございます!
最後までお読み頂きありがとうございました。
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お読み下さり有難う御座います。
億が一にでもサポートいただけましたら、全て龍間開拓費(主に草刈り機に必要な混合燃料費20年分あぁ辛い)に使わせていただきます。