見出し画像

売上が伸びた年こそ資金繰りが苦しくなる仕組み

「過去最高の売上だったのに、通帳の残高は去年より減っている」。
この違和感は、あなたの経営が下手だから起きているのではありません。

結論:売上が伸びた年は、構造的にお金が足りなくなります

理由は3つです。

  1. 入金より先に、支払いが増えるから

  2. 税金と社会保険料は「去年の成績」で決まり、1年遅れで届くから

  3. その1年遅れの支払いに、「今年の分の前払い」が重なる年があるから

だから、売上が伸びたペースに合わせて生活費や投資を増やすと、翌年に詰みます。 伸びた年にやるべきことは、使うことではなく、分けて置くことです。

構造1:伸びた分の売上は、しばらく通帳の外にある

売上が伸びると、それを支えるための支払いも増えます。 外注費、仕入、広告費、ツール代。これらは先に出ていきます。

一方で、入金は後です。 月末締め・翌月末払いなら、実際の入金は2か月近く先になります。

つまり、伸びた分の売上は、しばらく「売掛金(まだ回収していない代金)」という形で存在します。 帳簿上の利益は増えているのに、通帳には反映されていません。

この差額を埋めるお金を、運転資金と呼びます。 売上が伸びるほど、必要な運転資金も増えます。

構造2:税金と社会保険料は、1年遅れで届く

ここが最大のポイントです。

個人事業主にかかる主な税金・保険料は、その年の所得をもとに、翌年に納めます。 「稼いだ年」と「払う年」がズレています。

何をいつ払うか(原則)所得税翌年の確定申告期限まで(原則3月15日)消費税(課税事業者の場合)翌年3月31日まで住民税翌年6月から、原則4回に分けて個人事業税翌年8月・11月の年2回国民健康保険料前年所得をもとに、翌年6月頃から

※納期限が土日祝の場合は翌平日にずれます。 ※詳細な期限や要件は年度により変わります。最新の情報は国税庁および各自治体のサイトでご確認ください。

つまり、売上が伸びた年の負担は、その年には来ません。 翌年に、まとめて来ます。

伸びた年の途中は、まだ「去年の低い所得」を基準にした請求しか届きません。 だから、その時点では余裕があるように見えてしまいます。

構造3:「精算」と「前払い」が同じ年に重なる

さらに、前払いの制度があります。

所得税の予定納税

前年分をもとに計算した予定納税基準額が15万円以上になる方は、予定納税の対象になります。 第1期・第2期の2回に分け、それぞれ基準額の3分の1を前払いする仕組みです。 対象者には、税務署から通知が届きます。

※制度の内容・金額・時期は改正される場合があります。 ※出典:国税庁「No.2040 予定納税」
 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/2040.htm

消費税の中間申告

直前の課税期間の消費税の年税額(国税分・地方消費税を含まない)が48万円を超える事業者は、中間申告書の提出が必要になります。 税額の大きさに応じて、回数が年1回・年3回・年11回と変わる仕組みです。

※出典:国税庁「No.6609 中間申告の方法」
 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shohi/6609.htm

この2つが意味することは、こうです。

売上が伸びた年の翌年には、 「去年の分の精算」と「今年の分の前払い」が、同じ12か月の中に入ってきます。

具体例:売上1,000万円→1,600万円になった場合

数字で見てみます。

前提(あくまでモデルケースです)

  • 東京都在住・単身・国民健康保険加入・40歳未満

  • 青色申告(青色申告特別控除65万円を適用)

  • 個人事業税の法定業種に該当(税率5%と仮定)

  • 基礎控除・社会保険料控除などの所得控除を、便宜上まとめて仮定

  • 消費税は、課税事業者かどうか・簡易課税かどうかで大きく変わるため、ここでは含めていません。

2年間の数字

  • X年:売上1,000万円、経費400万円、事業所得(青色控除前)600万円

  • X+1年:売上1,600万円、経費600万円、事業所得(青色控除前)1,000万円

その所得に対して、翌年かかる負担(概算)

  • X年分(X+1年に払う)

    • 所得税・復興特別所得税 約38万円

    • 住民税 約40万円

    • 個人事業税 約16万円

    • 国民健康保険料 約55万円

    • 合計の目安 150万円前後

  • X+1年分(X+2年に払う)

    • 所得税・復興特別所得税 約116万円

    • 住民税 約78万円

    • 個人事業税 約36万円

    • 国民健康保険料 上限に達する可能性

    • 合計の目安 300万円超

※上記はすべて概算です。所得控除の内容、扶養の有無、居住する自治体、業種によって金額は大きく変わります。
※国民健康保険料には自治体ごとに上限(賦課限度額)が設けられています。金額・料率は毎年見直されるため、お住まいの自治体のサイトでご確認ください。
※所得税の速算表は国税庁「No.2260 所得税の税率」
 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/2260.htm
※個人事業税の事業主控除は年間290万円です。
出典:東京都主税局「個人事業税」
https://www.tax.metro.tokyo.lg.jp/kazei/work/kojin_ji

ここからが本題です

売上が1.6倍になったとき、負担は1.6倍では止まりません。 所得税は超過累進課税(所得が増えるほど、増えた部分に高い税率がかかる仕組み)だからです。

上の表では、負担の目安が150万円前後から300万円超へと、およそ2倍になっています。

さらに、X+2年には予定納税も重なります。 X+1年分の精算に加えて、X+2年分の前払いが同じ年に入ってきます。

そしてもし、X+2年の売上が元の1,000万円に戻ったとしたら、
稼ぎは減っているのに、支払いだけが去年の水準で届きます。

これが、「売上が伸びた年こそ苦しい」と言われる正体です。

注意点と例外

減額申請という制度があります

今年の所得が前年より大きく下がる見込みの場合、予定納税の減額申請ができる仕組みがあります。 ただし、期限内の申請と税務署の審査が必要です。申請すれば必ず認められるものではありません。

消費税の中間申告についても、実績にもとづいて計算する方法を選べる場合があります。 適用の可否や有利不利はケースにより異なります。顧問税理士または所轄の税務署にご確認ください。

法人化すれば解決する、とは限りません

「じゃあ法人化すれば」と考える方もいます。
ただし、法人にも法人税等の中間申告があり、社会保険料は毎月の支払いになります。 入金と支払いのズレという構造そのものは、法人でも変わりません。

手元にお金が残らない原因は、税金だけではありません。
社会保険料は、利益が出ていなくても発生します。
手取りを減らす犯人は、税金ではなく社会保険料 でまとめています。

さらに、法人化には資金繰りとは別の固定コストが発生します。
役員報酬にかかる社会保険料、赤字でもかかる法人住民税の均等割、税理士報酬。
これらを含めて計算しないと、判断を誤ります。

法人化の分岐点については、別の記事で詳しく扱っています。

※上記は有料記事です(第2章まで無料で読めます)。

法人化の判断は、資金繰り以外の要素も含めて総合的に決めるものです。
一般に、シミュレーションを行ったうえで判断すべきとされています。


消費税は、さらに別の層です

売上に含まれる消費税は、預かっているお金という性格を持ちます。 手元にあるうちは自分のお金のように見えますが、後で納めるべきものです。

課税事業者かどうかの判定や、納税額の計算方法は複雑です。 この点は別の記事で詳しく扱います。

次にとるべき行動

1. 納税用の口座を、生活口座と物理的に分ける

同じ口座に入れておくと、必ず使ってしまいます。分けるだけで効果があります。

2. 入金があるたびに、決めた割合を納税用口座へ移す

何割にすべきかは、あなたの所得水準・控除・自治体によって変わります。 まずは一度、自分の数字で試算してみてください。

3. 6月〜8月に届く封筒を、その日のうちに開ける

住民税の通知、予定納税の通知、個人事業税の納税通知書。 この時期に届く郵便は、金額の大きいものばかりです。開封を先延ばしにしないでください。

4. 年内に一度、来年の納税額を見積もる

12月に入ってからでは、打てる手が限られます。 できれば10月〜11月のうちに、その年の着地見込みで試算しておくと安心です。 顧問税理士がいる場合は、この時期に相談するのが一般的です。

売上が伸びること自体は、間違いなく良いことです。 苦しくなるのは、伸びたからではなく、伸びた年と支払う年がズレているからです。

構造がわかっていれば、備えることができます。

利益が出ていることと、手元にお金が残ることは別です。
このずれは、法人化したあとにさらに複雑になります。
法人化で手取りが減る場面については、有料記事「法人化したら手取りが減った」(¥980)で解説しています。

※本記事は一般的な情報提供であり、個別の税務相談ではありません。実際の判断は顧問税理士または所轄の税務署にご確認ください。  

参考リンク


いいなと思ったら応援しよう!

ゼニガタ先生🦭 読んでよかったと思っていただけたら、チップで応援いただけると嬉しいです。いただいたチップは、書籍や資料の購入など、記事を書くための調べ物に使わせていただきます。