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57歳の超大型新人、母

「被りもの、貸してください!」

残業中、突然母からLINEが届いた。
被りもの…?普通の帽子ならあるけれど、母の望む被りものは「ミッキーのカチューシャとか、ミニオンの帽子とか」だそう。一体何に使うのだろう?

とりあえず私は母の望むような被りものを持っていないし、残業はまだまだ終わりそうもない。スマホの画面を閉じて、仕事のTODOリストを開く。

TODOリストは今日のページをはみ出して明日の分にまで侵食している。ワニワニパニックのようにやることをつぶしてもつぶしても、どんどんとやるべきことが出てきて、もう私がパニックになりそうだった。

やりたい仕事についたはずなのに、気づけばやるべきことばかりが私を囲っている。

それもそのはず、子どもが生まれる前の私は、周りから「できる人」と思われたくて、仕事のすべてに100点を求めていた。

一人暮らしの家には帰って寝るだけ、友人からの遊びの誘いもキャンセルし誘われなくなってゆく。

「ワークワークワーク」とにかく毎日がワーク三昧だった。


後日、再び残業中にLINEの通知が鳴った。キーボードを触る手を止めて、スマホの画面を開くと、母から写真が届いていた。

母の職場の人たち、20名弱でハロウィンパーティーをしている姿だった。

30代から60代くらいだと思われる、事務員の人たちが楽しそうに色とりどりの被りものを被って、満面の笑みを浮かべている。(1人だけ、ティラノサウルスの着ぐるみを着ている人がいて、ドアにつっかえてしまい部屋に入れないでいたけれど。)

母も無事に妹から被りものを調達できたらしく、クッキーモンスターのもこもこの帽子を被って、ピースしていた。

なにこれ、めっちゃ楽しそう!!!

「お給料はそんなに良くないけど、職場が楽しいから仕事辞められないわ〜」母はそう言った。


母はバブルの頃社会人になった。たまたま求人誌で開いたページに載っていた超大手の会社にするっと就職し、そのまま社内で父と結婚し、寿退社した。

それから4人の子を出産し「よし働くぞ!」と就活をはじめるも、大きな壁にぶちあたる。

4人の子を抱え、普通免許以外の資格を持っていない母を正社員として雇ってくれる職場は、どこを探しても見つからなかった。

母は仕方がなく、引っ越しや子どもの成長に伴っていくつかパートを転々とした。パート先で正社員にならないかという声がかかることもあったが、いつもうやむやになって話は流れてしまった。

そして、末っ子の手が離れてから契約社員として今の職場に入社した。


その後、私が出産をして育休に入り、実家に里帰りしていたときのこと。

「私、正社員になるかも!」と、帰宅するなり興奮気味に母が言った。このとき、母は57歳。

私は「ええ!?」とたまげて、寝不足でぼんやりとしていた頭が一気に冷めた。

「会社に、新しい風を吹かせてくださいって言われたの!!」

あたらしい、かぜ!?それって新入社員に言う言葉じゃないの!?定年まであと数年しかないのでは…?

「お母さんも、色々会社に提案してるんだよ〜!」何だかちょっと得意げな母。

何を提案しているのか聞いてみたら「みんなでラジオ体操しようって提案して、採用された」そうである。まさか、ラジオ体操で採用がもらえるとは…。一体どんな職場なんだろう!?

そして本人は正社員になっても収入はそんなに変わらないことに少しいちゃもんをつけながらも、自分の役割が評価されたことがとても嬉しそうだった。

何せ33年ぶりの正社員である。社会と、母との間に大きな橋がかかろうとしていた。


それからトントン拍子に話は進み、晴れて57歳の大型新人が爆誕した。

母はエクセルのマクロに悪戦苦闘し(私ではなく私の夫に相談していた。相談する相手を間違えていない…)、インボイス制度に戸惑い、会社の人と喋るために中国語を習いに行き(業務上必要ない、中国人で仲良しの社員さんと雑談したいだけ。)、週末には会社の花壇に花を植えに行った(業務上必要ない、花を育てるのが趣味なのだ)。



そんなある日、私が急に入院することになってしまった。どうしても午前中だけ夫の仕事の都合がつかない日に、実家から2時間かけて母が長女の面倒を見に来てくれた。

母にお礼を伝えると「子育て中の人も休暇が取りやすいように、時間単位の休暇取得ができるように会社に提案したの。だから今日も、数時間の休暇ですんだんだよ〜!」とのこと。


長年「私には何のスキルもないから…」と言っていた母。それを聞いて「やっぱ資格が大切だな!」と資格のいる仕事に就いた私。

正直、中々職に就けない母のことを心のどこかで可哀そうだと思っていた。でも、会社にとって必要な人材は生産性やスキルが高い人だけじゃない。母を見ていてそんな当たり前のことに初めて気付いた。

母はワークの中から好きなこと、楽しめることを見つけたり、自分の経験や好きなことでワークに貢献したり。自分も嬉しくて、誰かも喜んでくれる、そんな「ワークライクバランス」を自然にとっている。


以前の私は誰かの作った評価軸に沿って、常にたくさんのタスクをこなし、生産性を上げることを目標に働いてきた。ライクを犠牲にしてでもとにかくがむしゃらに働いた。

しかし本当の意味での生産性なんて理解していなくて、すべてに完璧を求めるがあまり、すべてが中途半端だった。


私はもうすぐ育休から復帰する。今度はどんな働き方になるのだろう?

きっと朝は戦場のようにバタバタとするのだろうし、子どもはしょっちゅう熱を出して呼び出しの電話がくるのだろう。

でも決めていることがある。今度は、周りから「できる人」と思われようとしないこと。忙しいときほど、深呼吸して自分の心の声に耳を傾けること。



仕事を減らす、増やす、辞める、始める



誰しもライフやライクを大切にするために、決断しなければならない場面がきっと来る。

でも、何歳になったとしても、自分さえ覚悟を決めればチャンスは思いがけないところから転がってくるのかもしれない。


ワークとライクのあいだでゆらゆらと揺れながら日々を進む。私の積み上げたささやかな日常が、いつか丸ごと自分の強みになることを信じて。






#ワークライクバランス

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