東洋医学が伝える「肺と心」の深いつながり
皆さん、こんにちは。悠々漢方です。
春霞が空を白く染めるこの季節、ふと「このもやは、花粉だけではないかもしれない」と感じたことはないでしょうか。PM2.5(微小粒子状物質)は、目には見えない小さな粒子ですが、その影響は呼吸器にとどまらず、じつは心臓にまで及んでいることが分かっています。そして今、マスク着用がそのリスクを抑えていたという興味深い研究結果が、世界的に権威ある心臓病の学術誌に報告されました。

マスクが明かした「驚きの心臓への効果」
2026年2月、European Heart Journal誌に興味深い研究が掲載されました。熊本大学病院の石井 正将氏らの研究グループは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックに伴うマスク着用や行動制限が、PM2.5による心筋梗塞リスクにどのような影響を与えたかを調査しました。
研究の対象は2012年から2022年の約10年間、日本循環器学会が認定する施設へ入院した急性心筋梗塞(AMI)患者27万人以上です。パンデミック前後(境界は2020年4月7日の緊急事態宣言発令日)に分けて分析が行われました。
その結果、もっとも注目すべき変化が見られたのは「MINOCA(ミノカ)」と呼ばれるタイプの心筋梗塞でした。MINOCAとは「冠動脈閉塞を伴わない心筋梗塞(Myocardial Infarction with Non-Obstructive Coronary Arteries)」の略で、冠動脈がつまっていないにもかかわらず心筋梗塞を起こすという、原因が複雑な病態です。PM2.5濃度が10μg/m³上昇するごとに、MINOCAによる入院リスクは1.303倍に高まることが分かっています。ところが、パンデミック後の期間ではこのリスクが有意に低下しており(交互作用のp値=0.017)、一方で冠動脈閉塞を伴う通常タイプの心筋梗塞では同様の変化は認められませんでした。
著者らは「マスク着用や行動制限などの公衆衛生上の介入が大気汚染に関連する心血管イベントに影響を及ぼす」と結論づけ、さらに「MINOCAの主な原因とされる冠攣縮(かんれんしゅく)や冠微小循環障害に対し、行動変容が保護的に働いた可能性が強く示唆される」と考察しています。

このコラム記事は医学的な診断・治療を目的としたものではありません。漢方の考え方に基づく一般的な健康情報としてご参照ください。
「肺と心はひとつ」東洋医学が伝える深いつながり
なぜマスクがMINOCAに特有の影響を与えたのか。その謎を解くヒントが、東洋医学の古典にあります。
東洋医学では、肺と心は「宗気(そうき)」と呼ばれるエネルギーを通じて密接につながっていると考えます。宗気は、肺で取り込んだ清気(せいき:空気の精)と、消化によって生まれた水穀(すいこく:食物の精)が合わさってつくられ、心臓の鼓動を支えながら血液を全身に巡らせる原動力となります。PM2.5のような「邪気(じゃき)」が肺に入り込むと、宗気の生成が乱れ、結果として心臓の働きにも影響が出る——これは現代医学が示す「肺から心臓への炎症経路」と見事に重なる考え方です。

またMINOCAの特徴である冠攣縮は、東洋医学の視点では「気滞血瘀(きたいけつお)」——気の流れが滞り、血液の循環が乱れた状態——として理解できます。PM2.5が肺を刺激し、自律神経を介して血管のけいれんを引き起こす。そのプロセスを「大気汚染という邪気が、肺を門戸として気血(きけつ)の流れを乱す」と表現した先人たちの洞察は、現代の研究結果に新たな光を当てています。

さらに、マスク着用という「形からの養生」についても東洋医学は興味深い視点を持っています。七情(しちじょう:喜怒哀楽など七つの感情)の過剰は五臓のバランスを乱し、とりわけ過度な緊張や怒りが心臓に影響すると教えています。パンデミック中の行動変容が外出頻度や人混みへの暴露を減らし、精神的な緊張の種を遠ざけたことも、冠攣縮の抑制に貢献したと考えると、「養生は内外ともに」という東洋医学の教えがここにも生きています。

おすすめの漢方
今回の研究から見えてくるのは、心臓の健康を守るには「血の滞りを防ぐ」「肺をきれいに保つ」「精神的な緊張を和らげる」という三つの視点が大切だということです。それぞれの視点に対応する漢方をご紹介します。

炙甘草湯(しゃかんぞうとう)は、動悸や不整脈が気になる方に古くから用いられてきた漢方です。気血両虚(きけつりょうきょ:エネルギーと血液の両方が不足した状態)に対応し、心臓を内側から潤しながら脈の乱れを整えます。疲れると脈がドキドキしやすい、息切れを感じやすいという方の「心臓の充電ステーション」ともいえる一方です。
桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)は、血の滞りである「瘀血(おけつ)」を改善する代表的な漢方です。血行を促しながら炎症を穏やかに和らげる働きは、冠攣縮の予防という観点からも注目されています。慢性的な冷えのぼせ、肩こり、頭痛、下腹部の張りなどが気になる方に向いています。
柴胡加竜骨牡蛎湯(さいこかりゅうこつぼれいとう)は、精神的な緊張や不安、ストレスによる動悸・不眠などに用いられます。現代社会の「交感神経が常にONのまま」という状態を、しなやかに落ち着かせてくれる「心の伴奏者」です。外出自粛や人間関係のストレスで気持ちが張りつめやすいという方に向いています。
漢方薬は体質によって向き不向きがあります。気になる症状がある方は、ぜひ漢方専門家や医療機関にご相談ください。
編集後記
マスクを「コロナ対策」としてとらえていた私たちが、知らずしらずのうちに心臓も守っていた——この研究結果は、なんとも静かな驚きを与えてくれます。意識していなかった日常の習慣が、体の深いところで積み重なっていた。東洋医学が「形(かたち)が気を整える」と言うように、マスクを手に取るひとつの動作が、見えない内側でひっそりと働いていたのかもしれません。あなたの毎日が、少しでも元気で快適なものになりますように。




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