#613 向き合うものは市場ではない。自分が本当に大切にしたい「関係性」との対峙
木下斉さんの2025年7月の「ジブン株式会社ビジネススクール」での課題について考えます。今月のテーマは「スモールジャイアント戦略」、2限目のお題は「市場よりも関係性と向き合おう」です。
先日書いた1限目の趣旨は、多くの企業が「規模ばかり求めるのは稚拙では?」という課題提起です。マスマーケットに向けて大きさを求めるのは分かりやすい指標ではあるものの、青天井で終わりがないからストレスも大きい。本来、手段でしかないはずの金融資本の拡大のみでは、そのうち意味や意義を見失い、幸福感にも欠けてしまいます。
前回の記事では、「量の成長」ではなく「質の成長」を目指したいということで、自分が一緒に話していて心から共感・共鳴できる仲間を見つけ、その人たちとの取り組みを深化させていきたい、という話をしました。まさに今回のテーマの「関係性と向き合う」ということそのものです。
今日は、この「市場ではなく関係性と向き合う」をテーマに、私が大切にしたい「関係性」と、これまでのライフステージにおける重要視してきたものの変遷を振り返ります。
「関係性」の裁量権
自分で事業をやっている人の最大の贅沢として「顧客を選べる」ということに触れられていましたが、私にとってこれが最も大きな魅力です。
最近、誰もが知っている世界トップの外資系企業で働く友人の会社で「企業で働くことは『金の手錠(Golden handcuffs)』をされているようなもの」という表現がよく使われると言っていました。これは、福利厚生やネームバリュー、安定した給料などのいろんな要素により、なかなか辞めるきっかけがないことを指すようで、これらのベネフィットの代替として、自分では100%選ぶことが出来ない関係性・境遇を受け入れざるを得ない、という話です。
もちろん、「自分では選べない」からこそのベネフィットもあります。
「自分で全てが選べない」会社で仕事をしていると、それまでの自分の人生ではあまり付き合ってこなかったタイプの人と協力して仕事を進めることが求められますし、自分では予想すらしていなかったトラブルに巻き込まれることもあります。
どんなボールが飛んでくるか分からないところに面白みがある。ストライクゾーンに入ってくるボール、すなわち合理的に正しいように見える選択ばかりを選んでいても、自分の人生を変えるきっかけはなく、たまにはボール球を無理やり振りにいこうとするからこそ、規定のレール上にない人生に繋がっていくと考えています。
しかしこれは、会社勤めでなくても同じ話です。結局は、より広い視野で「自分の人生」を主語にした時に、あえてそれまでの関係性だけではない人間関係がある環境の中に飛び込んでみたり、やったことがないけれど、やったら面白い結果になるかもしれないことにチャレンジしていれば、「あえて選ぶ人生の逸脱」は経験できる。
規模を求めていると「あまり共感できないけれど、付き合った方が合理的には良い人」との付き合いを回避することは出来なくなってきますが、やはりそこに本当の幸福感はないと思います。仕事のストレスの大半は人間関係と言われますが、「豊かな人間関係」に勝る幸福度というのはないと考えるからです。
重要視する関係性の変遷
重要視する関係性は、ライフステージによって変わるものです。
私自身、子どもが生まれる前までは、むしろ上述した「自分では選べない関係性」にある環境を楽しんでいました。
仕事を始めてはじめの数年間の日本での仕事では、「こんなに理不尽な人いるの」とか「こんなタイプの人と話したことがない!」という驚きの連続。特に受験などで「高校→大学→部活→ゼミ・・・」とナローイングされた人間関係の中では、どうしても自分と同じような価値観を持つ人がいるサイロ化された環境に陥りがちです。
それが仕事を始めてから、色んな艦隊のプラモデルがデスクの周りにびっしり置かれた人や、「お前はサラリーマン力がなってない!」と立食パーティでビール瓶片手にうろちょろする振る舞いを教えてくれた人。時には面白がり、時には「立食パーティとかめんどくさ・・・」とウンザリしながらも、それまでのサイロ化された人間関係が広がっていくことを楽しめていました。
その後、グローバルでの仕事にどっぷり浸かり、日本人コミュニティでは全く想像できない人がいることを知って面白さはさらに拡大。会社方針としても「マーケット拡大戦略」が「他国展開」という形であったことから、個人としても営業活動などもあり、仕事を通じて色んな世界を見ることが出来ました。
このときは、自分たちの取り組みが国の社会インフラを変えるものと心底信じていたし、自分が関与した仕事も一助となって、国が発展していく姿を見るのが非常に面白かったです。量の拡大と意義の普及が一致していた時期であったと感じています。
その後、コロナ禍となり子どもが生まれ、家族と過ごす時間が長くなったこともあり、大切にしたい価値観の転換点を迎えます。
今は4歳以下3人の子育てもあり物理的に仕事に割ける時間は制限され、「急で悪いが、明日ミャンマーに来て」とお客さんに呼ばれ、緊急出張ができる身でもなくなった。人生の残り時間を少しずつ意識するようになる中で、単純に自分一人の世界と視野の広がりを楽しむだけでなく、より豊かな人間関係の深化と濃度の追求を目指すようになりました。
行動方針
つまりは「社会関係資本」を積み上げよう、という方向性になるわけですが、これは黙っていれば構築できるものではありません。
自ら「知らない世界」に飛び込んでいくところを基本と考えつつ、それだけだと「量」を求めて疲弊するだけになる。だから、異業種交流会に顔を出す気は全くないし、無作為に色んなコミュニティに属するというのも違う気がしてます。
私が関わる「探究学習」の領域においても、講演という形での単発のアドバイスではなく、実プロジェクトの中で一緒に学んでいけるようなプラットフォームを作りたい。まだぼんやりしているので、近々企画書に起こしてみたいと考えています。
「誰を一番大切にしたいか」については、やはり家族ですね。コロナ禍の時に痛感したのは、有事の際には国境のハードルが高くなるし、国内でも県境という見えないハードルが出てきて、コミュニケーションの最小単位が家族に閉じられてしまうことです。
とにかく家族との時間を増やしまくる!というよりも、必要な時にできるだけ近くにいれるような関係性を築きたい。
妻も子供たちも、お互い依存し合う関係ではなく、それぞれがそれぞれのやりたいことを、やりたいタイミングでできるようにする。
そのためには、自身の働き方をできるだけ柔軟にしておく必要があり、単にかけた時間に対する対価で生計を立てるという働き方から脱却していかないとマズいと考えています。
「家族」との関係性をお互いに自律したものにしつつ、いざという時にはまとまれるよう、お互い小まめに会ってコミュニケーション取れるようにしておく。
そのためにも、時間の裁量権が持てる働き方を平時から構築し、いいお客さんや仲間と一緒に学ぶ取り組みを作ってみたいと考えています。
また、企画書ができたら、みなさんにも共有したいと思います!
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