#617 「やり抜く」ときと「サボる」とき
最近、とても忙しいです。
先週、仕事でとあるトラブルが発生し、その対処のためにタクシー帰りや朝まで仕事、この3連休もずっと仕事をしています。
日中はほとんど仕事のことが頭から離れず、職場と家の往復の電車の中で、少し頭を別の筋肉に使いたくて文章を書いている感じです(と言っても、今日の記事ではその仕事について書いているという笑)。
先日もこの「忙しさ」をテーマにした記事を書きました。
決して「おれは忙しい!(ドヤ!)」という忙しいアピールをしたいわけではありません。何なら、私は3人の子どもがいることもあり、どうやって手を抜けるか?いかに早く帰るか?を常に考えている人間です。
私にとって、仕事の他にも大切なことはたくさんあります。
家族と過ごす時間、特に子育ては大変だけどやはり面白い。
4歳の長男は、ちょっと前まで「エレベーター」のことを「エベレータ」と言っていたのに、いつの間にか「エレベーター」と言えるようになった。
「マスク」のことも「マクス」ではなく「マスク」と言えるように。
今週末に2歳になる長女は、「コーンフレーク」のことを「コンクレーフ」と言っていますが、気付いたときには「コーンフレーク」と言えるようになるのだろう。「おくすり」を「おすくり」と言っているのも可愛いです。
(「ちーちゃん、おすくり!」といつまで言ってくれるのか・・)
生後4ヶ月を迎えた次女も、最近寝返りができるようになり、ベビーベッドの中で朝起きたら180度回転していて、夜に寝たときとは頭の向きが逆転していることも。こういう想定できないいい間違えや変化を見ているのが楽しいので、起きている時間=仕事の時間100%!というわけにはいきません。
畑には、まだ大きな大根が10本以上あるのに、最近忙しすぎて行けていないのも気になってます。
米国大学院での教育学の勉強も、次回タームの授業を履修したいところですが、このままだと今回の登録は見送らざるを得ないかも・・・
起業した会社でも色々とやりたいことがあるのですが、直近あまり手が付けられていない状況です。
だから、普段はできるだけ「サボる」ことを心がけています。時間や予定に余白があっても、無理にそれを埋めようとせず、何なら余白として予定を「ブロック」してしまう。
会社員なので、どうしても「やった感」出すための仕事に付き合わざるを得ないこともありますが、最小の労力しかかけません。
基本は「サボる」ことを心がけている私ですが、今のトラブル対応は、自分的には「やり切る」べき対応と判断して取り組んでいます。
今日は、「サボる」か「やり抜く」かの緩急を付けることが大切という話をします。
「やり抜く」ことが必要な場面はある
私は平時は「いかにしてサボるか」ということを考えていますが、トラブル対応時などは別です。
日常の生活でも仕事においても「勝負どころ」みたいなのはやはりあって、「ここだけは落としてはいけない」みたいなときには、使わない可能性がある資料も一応PCの中に入れておいたりして、かなり入念に準備をします。あつ程度流れができて、他の人でも対応できる状態になるまでは、結構力を入れてやるようにしています。
個人として受ける仕事も同様で、「ここはしっかり決めないといけない」という場面では採算度外視で準備をします。
残業代が出るとか出ないとか、何らかの対価があるとかないとかではなく、「ここは重要だから落としてはいけない」みたいな局面。皆さんの周りにもないでしょうか。
私は、頭の回転が遅い人間です。
職場で仕事をしていても、周囲の人の話に付いていけないこともあり、自分で紙に書いたりしないと理解できないこともしばしば。だからその分を事前準備でカバーするような生き方をしてきました。
地頭で「質」が出せないから「量」で勝負するしかないのです。でも、「ここぞ!」という場面では致命的な失敗をせずにここまで生きて来れたのは、「量」の戦略が通用したことの証左です。
また、トラブル時って「人間の本質」が分かって面白いとも思います。
普段は色々文句言っていても、なんだかんだ解決まで気になって付き合ってくれる人や、色々とプレッシャーを感じながらも、トラブルシューティングを楽しんでいるようにさえ見える心の寛大な人が分かります。
一方で「今あなたはそうやって言ったよね?言ってること変えてるよね?」などと、トラブル時にはどうでもよい「言った・言わない話」で詰めてくる「つまらない人の本性」が出てきたりもします。
いざという時に頼りになる人とならない人。平時にはベールで隠れていて分かりにくい本性が、一気に表に出てきます。人間観察の機会には、もってこいのタイミングです。トラブル時こそ寛大な心で、全体感をもって話すことができる人は、平時に戻っても信頼できます。
「いざというとき」に動けるためにサボる
私はここ数日間、平時よりもグッと集中力を上げて、自分でもガリガリ資料を作ったり、プロジェクトメンバーに仕事をお願いしながら対応を進めているのですが、正直この集中モードで対応できるのもあと数日くらいだと思います。
平時である程度余白を作っていないと、高い集中力が求められるタイミングがいきなり来ても、応対できません。また、「30分後までにこの資料作って」みたいなオーダーが来ることもしばしばありますが、普段からある程度自分で手を動かしていないと、当然ながら緊急時に自分で対応できることはありません。
「やった感」出すための仕事を極力避けて、空けた時間で文章を書いたり、気持ちに余白を作っているからこそ、いざというときに気持ちがいっぱいいっぱいになって潰れたりしません。
「サボる」ことに罪悪感を抱いてしまう人も少なくないようですが、私はむしろ「緊急時のためのチャージ期間」だと考えているので、むしろ必要なことだと考えています。
いずれにせよ「やるときはやる、やらないときはやらない」で、自分で「サボりモード」か「やり抜きモード」かを意識的に選択することが大切。
「何でも一生懸命やります!!」は、時間と体力がある20代の頃はよくやっていましたが、責任範囲が増えて物理的にやれないことも増え、時間も体力も無尽蔵でない30代に入ってからは、自分自身で取り組み方に緩急を付けるのが鍵です。
平時のときには、「サボり8割・やり抜き2割」くらいでちょうどよいのではないでしょうか。少なくとも私はこの感じで、なんとかここまで生きてこれている実績があります。笑
この記事のトップ画像にしたのは、5月に家族で言った沖縄旅行での一コマ。
あれからまだ2ヶ月も経っていませんが、沖縄にいたときは2ヶ月後の自分がたった数日であれ、今みたいな感じになっているとは想像もしていませんでした。笑
たった数ヶ月後の未来でさえも全くどうなるか分からない日々ですね。やはり平時に行きたいところに行って、やりたいことをやるに尽きます。
あともう一踏ん張り、頑張ってみます。
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