ルールが守ってくれなかった日に──境界線を、自分で引く
境界線が、揺れている。
「ルールがあるから大丈夫」──そう信じて声を上げた自分が、いちばん損をした気がした。
ルールは存在していた。
でも、運用するのは人間だった。
上司からの暴言は、公然と行われていた。
周囲の人たちも気づいていた。
通報もされていた。
人事からの返答は、「注意しました」
それだけだった。
しばらくして、その上司は異動になった。
ほっとしたのも束の間、異動先ではまるで何事もなかったように扱われているように見えた。
怒りと、悲しみと、呆れが、同時に押し寄せた。
「コンプライアンスは、建前だったのか」
その言葉が、静かに浮かんだ。
SNSを開くと、似た話がいくつも流れてきた。
「うちも同じだった」
「結局、何も変わらなかった」
個人の出来事だと思っていたものが、もっと大きな構造の中にあるのだと知った。
「お子様だったんだな」と、自分に向かって思った。
言われたことを信じすぎた。
ルールが守ってくれると、どこかで本気で思い込んでいた。
最初は「裏切られた」と感じていた。
でも、時間が経つにつれて、少しずつ見え方が変わってきた。
裏切りではなかったのかもしれない。
盲信だったのだ。
ルールは存在する。
でも運用するのは人間だ。
そこには解釈も、裁量も、保身も入り込む。
「信じるな」という話ではない。
距離感を、引き直すということだった。
実は、もっと前に、身体が教えてくれていたことがある。
うつ病で、休職したことがある。
あのとき、僕は黙っていた。
言いたいことを飲み込んで、空気を読んで、潰れた。
だから、もう知っている。
黙って壊れるくらいなら、言う。
これは正論じゃない。
壊れた身体が教えてくれた、最低限のラインだ。
言えば立場が危うくなるかもしれない。
それもわかっている。
でも、言わずに潰れた結末を、もう一度選ぶ気にはなれなかった。
「言う」か「言わない」か。
どちらが正解かは、わからない。
ただ、それを自分で選ぶということが、大事だったのだと思う。
誰かに決められるのでもなく、空気に流されるのでもなく。
自分で、選ぶ。
社会に合わせた人が情けないわけでもない。
声を上げた人が偉いわけでもない。
正解探しではなく、自分の問題として引き受けて、選ぶ。
それだけのことだった。
怒りは、まだある。
でも、その行き先について、考えるようになった。
「社会が腐っているから、自分も腐るのか」
「社会がどうあろうと、自分は自分として在るのか」
これは、他人を裁く話ではない。
自分がどう在りたいかという、自分だけの問いだ。
僕が守りたいものは、たぶん、二つだけだった。
人を、ちゃんと見ること。
数字や伝聞だけで、わかった気にならないこと。
そして、身口意を揃えること。
思っていることと、言っていることと、やっていることを、なるべく一致させること。
怒りを爆発させるのでもなく、飲み込むのでもなく。
その熱を、自分の信念を保つための燃料にする。
境界線を引き直すというのは、世界を諦めることではないのだと思う。
信じすぎていた線を、自分の手で、もう少し自分寄りに引き直す。
それだけのことだ。
それだけのことに、ずいぶん時間がかかった。
でも、引き直した先には、少しだけ、自分の足で立っている感覚がある。
まだ揺れる日もある。
それでも、誰かのルールだけに寄りかかって立つのは、もうやめた。
自分の境界線は、自分で引く。
その静かな決意が、今のところ、僕の足元を支えている。
この話の少し手前にあることは、こちらにも書きました。
