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【問い】お願いは、なぜ「丸投げ」に見えてしまうのか

はじめに

今回は、あるコンテンツの集客について、セクション間で少しずつズレが生まれていたことから気づきがあったので、問いとして残しておきます。

同じ方向を向いているはずなのに、なぜズレるのか

ある魅力的なコンテンツが始まったものの、なかなか集客につながらない時期がありました。

そこで、

「各セクションと連携して、もっと集客につなげていこう」

という方向になりました。

目的だけを見れば、とてもシンプルです。
コンテンツを知ってもらい、興味のあるお客様に案内し、利用してもらう。

そのために、

「こうしてください」
「こうしてもらえると助かります」

と、他のセクションへお願いする。

お願いする側からすれば、必要なことを端的に伝えただけだったのだと思います。

しかし、受け取る側では少し違っていました。

「なぜこちらがやらなければいけないのだろう」
「ほかにもできることがあるのではないか」
「こちらに丸投げされているように感じる」

そんなモヤモヤが生まれていました。

同じ「集客を増やしたい」という方向を向いているはずなのに、なぜこんなズレが生まれるのでしょうか。

「こうしてください」の裏側にあるもの

今回考えてみて、ひとつ気になったのが、

お願いの前にある背景が、相手には見えていなかったこと

でした。

お願いする側には、

・なかなか集客につながらない
・もっとコンテンツを知ってもらいたい
・現場でお客様との接点を増やしたい

といった背景があります。

だからこそ、

「声をかけてほしい」

というお願いにつながっていたのだと思います。

しかし、その過程を知らない側に届くのは、

「声をかけてください」

という最後の部分だけです。
すると、その言葉の空白を相手が自分なりに解釈することになります。

「集客できないから、こっちにやらせたいのかな」
「自分たちは何をするのだろう」
「こちらの負担だけ増えるのではないか」

伝えた言葉は同じでも、その前提が共有されていなければ、まったく違う意味として受け取られることがあるのだと思います。

「お願い」と「相談」は似ているようで違う

ここで少し考えたのが、

「お願いすること」と「相談すること」の違いです。

お願いは、

「これをやってほしい」

と、ある程度こちらで決めたものを相手へ渡す行為です。

一方で相談は、

「こんな課題があるけれど、どう一緒に考えられるだろう」

と、まだ余白が残っています。

もちろん、すべてを相談にする必要はないと思います。
決めてお願いしたほうが早い場面もあります。

ただ、複数のセクションが関係するようなことほど、

「自分たちはここまでやります」
「この部分に課題を感じています」
「こういう理由で、この部分をお願いしたいと思っています」

といった背景があるだけでも、受け取り方は変わるのかもしれません。

話すことと、伝わることは同じなのか

今回の出来事から思い出したのが、エドガー・H・シャインの『問いかける技術』です。

出版社の紹介には、

「人間関係のカギは、『話す』ことより『問いかける』こと」

とあります。

相手に何かを伝えるとき、私たちはつい、

「何を言うか」

を考えます。

でも、コミュニケーションは、自分が言葉を出した時点で終わるわけではありません。

相手がどう受け取ったのか。
どんな疑問を持っているのか。
こちらが見えていない事情はないのか。

それを問いかけるところまで含めて、初めてコミュニケーションになるのかもしれません。

連携とは、仕事を渡すことなのか

今回の場合も、

「もっと声をかけてください」

で終わるのではなく、

「私たちはこういう対策をします」
「オーバーブックしないように、ここはこちらで整えます」
「そのうえで、この部分をお願いできないでしょうか」

というところまで共有できていたら、受け取り方は少し違ったのかもしれません。

これは単に、説明を詳しくすればいいという話でもない気がしています。

大切なのは、

課題を誰のものとして扱っているのか

なのかもしれません。

「こちらの課題だから、そちらにお願いする」

のか。

「みんなに関係する課題だから、お互いのできることを持ち寄る」

のか。

同じお願いでも、この前提によって意味は大きく変わりそうです。

信頼関係は、お願いする瞬間だけではつくれない

もうひとつ感じたのが、普段の関係性です。

各セクションが別々の場所で働いていると、顔を合わせる機会そのものが少なくなります。

すると、コミュニケーションの多くが、

「お願いがあります」
「これをやってください」

という業務連絡だけになりやすい。

でも、

たまに顔を合わせたときに挨拶をする。
少し雑談をする。
相手が普段どんな仕事をしているのかを知る。

そんな小さな関わりがあるだけでも、その後のお願いの受け取り方は変わるのかもしれません。

お願いの言葉だけを見るのではなく、その前にどんな関係が積み重なっていたのか。

そこにも、今回の摩擦を考えるヒントがありそうです。

まとめ|お願いが丸投げに変わる境目はどこにあるのだろう

今回の出来事では、

お願いする側にも、

「集客を増やしたい」

という理由がありました。

受ける側にも、

「なぜ自分たちがやるのか納得したい」
「一方的に負担を増やされたくない」

という理由があります。

どちらかが間違っているというより、その間にあるものが十分に共有されていなかった。

そんな構造だったように感じます。

だとしたら、

お願いが「協力」に見えるときと、「丸投げ」に見えるときの違いは何なのだろう。

「話した」と「伝わった」の間には、何があるのだろう。

連携とは、役割を渡すことなのか。
それとも、一緒に課題を持つことなのか。

あなたの現場ではどうでしょうか。

誰かに何かをお願いするとき、そのお願いの背景まで同じ景色を見られているでしょうか。

▼この問いについて、
構造から整理した記事も書きました


摩擦を、構造に。
問いを、資産に。

Yuta


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