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走って書いて、概念作って、自己満足【7月のまとめ】

自分の人生で2026年7月は色々とした。なんか色々した。凄いした。
「年を取ると1年が短く感じるのは、新しく感じることが無くなるからなのよ〜」
と聞いたが、7月は新しいことをしたけど早かった。結局早かった。7月は体感で10日しかなかった。

そんな体感10日間にどんな新しいことを始めたのか、そして気がついたことなど振り返りまして!
そしてこれも新たな1日の1ページに加えることにより、1年の厚みを増やしてまいりましょう〜。レッツゴー。


1.note毎日更新

とりあえずnoteを始めて、そして毎日更新してみた。
理由としては、最近語彙力以前に言葉を思い出す力さえも低下してしまった!と思うフシが多くなったことが要因だ。
最近、とあるイベントでサービス精神旺盛な店主に出会い、そのことを本人に伝えたかった時に「うわぁ凄い・・・。ああ、わああ・・・うわわあ・・・」って言ってしまったときに途方もない絶望感に見舞われた。”サービス精神”という言葉が出てこなかった。”な、なんかカタカナから始まる言葉で形容できるよな・・・”と文字の方から探りに行くも、全く思い出せず撃沈した。
元々文章を書くのが好きだったことから、noteは私の趣味嗜好と課題に相互的にマッチした代物だった。

また、最近はめまぐるしい情報のなかで、ただ流されている笹船のように、ただ居たら毎日が終わっていく、みたいな感じが嫌だなと思っていた。自分の感情をしっかり捉えることが無くなって、なんとなーく過ごしている感じ。
だからわざわざ書くという事を課して、自分の中で情報をとどめたり考えたり楽しんだり学んだり、いろんなことを思い返すようにした。

1ヶ月間書いてみた結果。おもったより頭でっかち人間になっていることに驚いた。
自分勝手に書いてやるぞ!と思いながら、どう綺麗収められるか、人に好かれるように書けるかということを頭の片隅に置いている自分がいて、嫌だった。

すらすら書けると思った日記ですらうまくかけないことも悲しかった。

また、例えば何か食べたときに”他の人はどんなふうに表していたっけ?”みたいなことがスッ、と出てこなくて、文章に触れることが好きだと思っていたのに意外にもしっかり文を読んだり考えたりしていないことも突きつけられた。文字を読んでいるんじゃなくて、文字の個体としてなんとなく形を掴んでいただけなんだな〜。

更にnoteを書いていて、自分の都合のつけ方も気持ちが悪かった。
・最後の最後に突然思い返していいことを言ってみたり
・村上春樹みたいな口調でそれっぽいことを言ってみたり
・いきなり文学的になってみたり
・いいことがあると、すぐに小躍りしちゃったり
・急転直下でいきなり〆に入ったり
なんかこれって”好きな漫画のキャラにあこがれ、現実世界で真似している”中二病感があって、気持ち悪い。
好きな作家に憧れて、自分の世界でいきなり「エターナルブリザード」を放ってしまっている感がある。痛い。

自分の中にあるグレーな部分を簡易的に“良しとされている文字や考えにあてはめて”綺麗な化粧を施した文章は読んでいても本当に本当に面白くない。

確かに世間的にはこの締め方が綺麗だしまとまってるし良いんだと思うんだけど、それを私がやることの意味とは?!?!
誰だかわからないネットの海のプランクトンの私がなぜせっせと“一般的にいい”とされている文章にしなきゃいけないんだ。

ということで、最近は自分の中でまとまらないことはまとめないで文章として出す練習をしている。
あと自分の文章のノリ?をどうしようかなと悩んでいる。
敬語にしたくはないけど、堅苦しくしたくもないので、うまく崩したいのだけれど…本当に難しい!

2.平日ランニング


むかついたので、ランニングを始めた。

ずっと運動大嫌いっ子でやらせてもらってた私からすると目ん玉飛び出るくらいに強烈な出来事だ。
いや、今までも運動を何度かしたことはある。筋トレとかストレッチとか、ジムも契約したこともある。でもどれもこれも「つっまんね~~~!!!!」と思ってやっていた。だってほんと苦しいのにつらくてそれでいて効果はすぐに出ないって何様のつもりだよ運動って思いませんか??

しかし現在のランニングは「体が軽く感じるあの走りをくれよ」と体の欲求に従って走っちゃっている。続きそうな予感だ。今月も走っているし。

夜走り始めたよなんて中学の時の自分に言ったら、運動が好きだなんてキラキラ女子じゃんなんて思うだろうな・・・。
しかし薄々気が付き始めたが、運動をやっててもキラキラはしない。運動は運動、それ以下でもそれ以上でもない。勉強になった。

3.推しの概念の作成


久々に二次元にハマった。日本三國だ。阿佐馬芳経にドはまりしてしまった。
私は絵が下手だし、二次元の創作小説作成にもあまり興味はない。しかもこの世にはプロですか?と思うぐらい二次創作がうまい人がいて、しかも沢山いるので、私が作る理由などそれこそなく。公式の漫画の更新と二次創作をしてくれる方の供給で、脳のハイジャックは満足だった。

しかし、何かしら私も日本三國に関わる何かをしてみたいという気持ちにはなった。

SNSを漁る。そして推しを概念化するという文化を見つけた。
推しを概念化・・・つまり、推しっぽい何かを別物体で作っちゃおう!という何とも人間らしい営み。

概念化だったら、自己満足で自分を満たせるし、オタクじゃない人にも気が付かれず阿佐馬芳経を持ち運べるものも作り出せるかもしれない。

そして第一回目として、イヤリングを作成した。
家紋の花(多分、梅の花)を軸に紫色のビーズを先端につけた3cm弱の揺れるイヤリング。
平ヤコット、丸ヤコット、ペンチといった工具もこのときに買い揃えた。
買い揃えたからには今後も概念を作り続けて、耳も首も指も手首も推しキャラに包まれているという自我を持ったまま一般人に紛れ込むための歩を進めるという事が可能となってしまった。

これだから人間ってやめられね〜!!
まあ辞めたくてもやめられないけどーー!!


4.まとめ


3つも新しいことしていたら、細胞も少しは昔の自分とは違う要素が出来てきたんじゃ?6月の私とは一味違うぜってか…。

だけど、新しいことを初めてもなんら私を取り巻く現状が変わったり、周りの目が変わったり、裕福になったり、逆に周りの人が不幸になったり、社会から蔑まれたりすることはない。

ただ、私がちょっと嬉しく楽しいのでまだまだ何かしていきたい。

さぁ8月は何しようかな~(といいつつもう半分が過ぎる)

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