琥珀の夏[読書記録]
『琥珀の夏』
辻村美月、文藝春秋(2021)
本当に久しぶりに辻村深月の作品を読んだ。
中学生の頃に出会って、当時出ていた作品はほぼほぼ購入して何度も読み返していた。そんな当時の思い出もあり、青少年向けだと思いながらも、久々に読んでみようかと手に取った本作品。
親と子、カルト、社会、無責任な大人達、
人生と未来...
辻村美月と言えば『冷たい校舎の時は止まる』や大好きな『凍りのくじら』のように、ホラーやSFなどちょっと不思議なストーリーの印象が強かったが、本作はどこまでも現実社会や一人の人間の人生に向き合った、痛烈なメッセージを残すものだった。
あらすじ(ざっくり)
都内で夫婦共にバリバリ働く弁護士の法子は
娘を預ける保育園が見つからず悩む母親でもある。
ある依頼をきっかけに、30年前、小学4年生の頃から6年の夏休みに過ごした「ミライの学校」での夏合宿の日々を思い出す。
幼かった彼女の回想では、そこは豊かな自然の中で、子どもたちの主体性を育てる独自の教育を実践している。
「問答」と呼ばれる対話を大事にする時間があり、
自然の中で共同生活を送る子ども達が学び合う。
地元の小学校であまり馴染めず、友達も少なかったノリコは、学校で人気者だった「ユイちゃん」から誘われ、夏休みを「ミライの学校」で過ごすことになる。そこで、ミカやシゲル、そこで生活を送るいわゆる「現地生」の友人ができる。
新しい体験をし、友達に出会い、学校以外の世界を得たことは、法子にとって宝物となったが、成長するにつれ疎遠となり、思い出すこともなくなっていく。
そんな、幼い頃夏のひと時を過ごした「学び舎」から、白骨遺体が発見されたというニュースが報じられ、薄れていた30年前の記憶が思い起こされることになる。
現代で、<ミライの学校>の社会の評価は、法子の幼い頃の記憶とは乖離がある。
親と子どもを引き離し、崇高な理念を掲げてはいるが、適切に処理をせず健康を害する水を販売し社会問題となったカルト団だ。
発見された白骨遺体が身内のものではないかと案じた依頼人をきっかけに、法子は<ミライの学校>に対峙することになる。
白骨遺体は誰のものなのか、そこで一体何があったのか。当時仲良くなったミカちゃんのものではないのか。
大人は自分で選択することができる。
カルトに入れ込むのも、やっぱり自分の居場所ではなかったと憤るのも、勝手だ。
でも、子どもは違う。
生まれ育った環境で価値観が形成され、
初めて経験するコミュニティや人間関係の中でそれぞれが生きる術を学んでいく。
その過程での経験はかけがえのないものであると同時に、大人になってからも長く縛り付けられる重しのようなものでもある。
誰しもが子どもだったのであり、やがて社会や家庭に責任を持つ大人になっていく。
10代前半で読んだ辻村美月は、大人になるとはどういうことかを教えてくれた。
20代の今、社会のあり様について、責任について見つめ直す示唆を与えてくれた。
純粋に次が気になってしょうがないストーリー展開なので娯楽としても秀逸で、現代人なら誰が読んでもそれぞれの方法で消化できるはずだ。
