見出し画像

そのオレンジは、ブラッド|風まかせ文芸部 第65回「炭酸」


iさん主宰の、風まかせ文芸部・第65回お題企画に参加しています。  

お題:"炭酸"がテーマ

ショートショート、小説、詩、エッセイ──ジャンルもスタイルも自由。  


──気がつけば、三度目の参加です。






「そういえばさあ、昔シェフとつきあってたことあるんじゃなかったっけ?」

「なんで? っていうかシェフじゃないし」

「じゃあ何?」

「スーシェフ」

「それなんだっけ?」

「二番手」

「すごいじゃん」

「どうでもいいし」

「フレンチ?」

「イタリアン、ってほんとにどうでもいいよ」

「やっぱり、なにか料理とか教わった?」

「じゃあジュンはさあ、バレリーナとつきあってたからって、なんか踊れるようになったわけ?」

「まさか。料理とは別だろ」

「おんなじだよ」

「えー、でもミートソースの隠し味とかさ、そんなの教えてくれそうじゃん」

「ないねー」

「つまんないなあ」

「んー、一個だけある」

「なになに? 作ってつくって!」

「……」

「ダメ?」

「じゃあ、ちょっと川崎まで行くよ」

「──なんで?」

「買い物」

「近所でいいじゃん」

「でも、コストコしか知らないから。材料売ってるとこ」

二人を乗せた車は、首都高を降り、渋滞気味の産業道路に入った。
コストコは、消防署の隣の巨大な建物だ。

「っていうか、駐車場入るだけであんなに並ぶんだ」

「全然短かったよ、平日だし」

「なんか、心折れちゃった感じ」

「このあと力仕事あるんだから、折れてる暇なんてないって。ほら、カート押して」

「力仕事?」

車輪がギシギシ回るハズレのカートを押すジュンを置き去りにして、ミツコは人混みを縫うように歩いて行く。

最初に手に取ったのは──ウオッカ。

「え……料理じゃないの?」

「文句言わない。ほら、次は男の仕事だからね」

「え……これ何本入ってるの?」

「わかんない。30本とかもっとじゃないの?」

「ただの水が、こんなにいるって?」

「違うよ、炭酸水」

「いやいやいや、ウォッカと炭酸水なんて、近所のコンビニで買えるじゃん」

「あのね、目的はこの次なの」

「……っていうか、オレンジジュース?」

「違うよ。ブラッドオレンジジュース」

「何が違うの?」

「あのさあ、作れって言ったのジュンでしょ?」

「そうだけどさ、いやいやここまできても全然近所のコンビニでよかったと思うんですけどー」

「あのね、全然わかってないからそれ。ほら、会計急ぐよ!」

「なんで?」

「溶けちゃうから」

「え、これ冷凍なの?」

「だからドライアイスもらうよ! 100円玉持ってる?」

二人を乗せたクルマは、帰り道を急いだ。
コストコのドライアイスは、ワンコインで大量に出てくる。
それでも、保冷バッグ無しでは心もとない。
しかし、バスタオルで包んだだけの冷凍ジュースを溶かしたくない理由が、ミツコにはあるようだ。

「ほんとはさ、もう一度しっかり凍らせたいんだけど」

「なんで? っていうか、スクリュードライバーのソーダ割りじゃないの?」

「わかってないなあ。それでいいなら溶かして飲めば?」

「いやいやいや、川崎まで行ったんだしさあ」

「じゃあ、黙って部屋でも片づけててよ」

ミツコは、表面に汗をかいているブラッドオレンジジュースのパックを、まな板の上にのせた。
切れ味の悪い包丁を慎重に使い、カステラを切るように分厚く切っていく。

なんというか、まあ、輪切りだ。

残した方の断面にラップをして、冷凍庫にしまう。
切り分けた方をパックから外し、短冊状に切っていく。

ジュンの家には大ぶりの気の利いたグラスがなかった。
ミツコは、ケンタッキーのノベルティの大きなマグカップを取り出した。

黒いほどに真っ赤な、冷たい塊を、無造作にカップに入れていく。

「ジュン、これ開けて」

「え、なんで?」

「女の子はね、非力なの」

ミツコはウオッカの瓶のキャップをジュンに開けさせると、凍ったブラッドオレンジジュースの上から注いだ。

「ねえ、これも」

「ペットボトルも?」

「コストコのは硬いのよ、ってアイリスオーヤマなんだけどさ」

「……で、これ何?」

「名前なんてないけどさ、これがこのジュースの一番美味しい飲み方だ、って。
あー、このままじゃなくて、凍ってるジュースを崩しながら飲むんだよ。
マドラー……なんてあるわけないか。お箸でいいよね?」

凍ったままのブラッドオレンジジュースに、適量のウオッカを注ぎ、グラスを炭酸水で満たす──真っ赤に泡だつカクテルの出来上がりだ。


「うわ、なんか色々濃いけど、美味いじゃんこれ」

「わかった? コストコまで行った理由」

「わかったわかった。でも、炭酸35本も必要だった?」

「それはね、あなたが四六時中飲んでるビールを、炭酸水に変えたら? って話」

「味のしないガス飲んでもなあ……これは美味いけど」

「でしょ?」

「で、これを元カレのシェフから教わったんだ?」

「元カレ元カレってうるさいなあ。こんなの、言われるまで忘れてたよ」

「そういうもの?」

「そういうものじゃないの? じゃあジュンはバレリーナのこと四六時中思い出してるわけ?」

「そんなわけないじゃん」

「あー、でもさ、『キョウコ』がバレリーナなんでしょ?」

「……え、なんで?」

「それはね、あなたがたまに寝言で口に出すことがあるからよ」

「マジ?」

「知らない」

──甘いブラッドオレンジジュースのせいか、合わせた唇がなんだか、ベタつく。(了)



📚 これまで、文芸部の活動に参加した作品をまとめています(マガジン)


📚 もう少し長い物語を読んでみたい方へ──現在連載中の長編三部作です。

私には、「選ばなかった人生」と「なれなかった自分」をめぐる物語があります。


🗒️ 匿名で届けたいご感想などがありましたら、質問箱からお気軽にお寄せください。

いいなと思ったら応援しよう!

ヤマダハヅキ もし作品がお気に召しましたら、一杯のお茶をご馳走していただけるようなお気持ちで、応援いただけたらうれしいです。 そのお心遣いが、次の一作になります。