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ロジスティクス|風まかせ文芸部 第66回「線香花火」


iさん主宰の、 #風まかせ文芸部 ・第66回お題企画に参加しています。    
 
お題:"線香花火"がテーマ
ショートショート、小説、詩、エッセイ──ジャンルもスタイルも自由。



──あなたの火花は、まだ弾けていますか?






子供のころ、ふたつの線香花火の、こよりのところを巻きつけて、火薬のところが重なるようにしてみたことがある。

──火の玉が、どれだけ大きくできるか試してみたかったからだ。

火をつけると、ぶら下がる火球はとりわけ大きくなり、そして──すぐ落ちてしまった。
重すぎたのだろう、風に吹かれたわけではなかった。

──もともと、そういうふうにはできていないのだ。


それでも、誰かと一緒に暮らすというのは、そういうことだと思っていた。
1+1は、2にも3にもなると、本気で信じていた。


そうは言っても、同じ高校の男の子との、おままごとのような恋愛では、そんなことを考えたことはなかった。

クリスマスプレゼントにセーターを編んであげるとか、そんなイベントで盛り上がることばかりに夢中で、二人で一緒にいることの本質なんて、二の次だったんじゃないだろうか。

──いまさら、そう思う。

もちろん、あの日のことは覚えている。

すっかり暗くなった公園で、初めてキスをした。

家に帰ってからも、胸のドキドキはなかなか収まらなかった。

大切な瞬間は、たくさんあった。

それなのに、今となっては不思議でしょうがない。

セックスもしていない相手に、どうしてあそこまで執着できたんだろう。

そして、どうして、その子との関係は終わってしまったんだろう。

いつ、どうして別れたのかさえ、もうよく覚えていない。


大学生になってからは、恋愛も、身体も、そこそこ重ねていたと思う。
でも、恋愛というものは、執着以外の何ものでもないはずなのに、始まるときの面倒くささに比べたら、なぜだかいつも、気がつけば終わってしまっていた。
その呆気なさが、自分でも不思議だった。

どちらかの心変わりとか、物理的な距離ができてしまったとか、決定的な理由があるときは、まだわかる。

どうしてなのだろう──いつも気がつけば、引き返せないところまで来てしまっていた。


結婚を意識したのは、年齢的なことを考えたから、というのはあったのだろう。今はそう思う。

結婚して、子供が生まれて──というヴィジョンを考えたとき、30を過ぎてから結婚をするというのは、現実的ではないと思っていたのは事実だ。

そう考えると、就職して、ろくにキャリアも重ねないうちに結婚、出産という選択をしなければいけないのだから、女という人生もなかなかハードモードということなんだろう。

「それでも、子供がいなくてよかったじゃない」

そんなことを、何度も言われた。
私の選べるカードが、離婚しかなくなってからの話だ。

きっと──そういうものなのだろう。

ただ、今の夫と出会ったころ、関係性としての恋愛ではなく、二人で一緒に生活するということを現実として考えた。

──そうしてみたいと思ったのは事実だ。

運命を感じた──なんて安っぽいセリフを言うつもりはない。
でも、このオスの子供を産んでみたいと思ったときの、メスの意思は強い。

私は、頭でも心でもなく、子宮で結婚したようなものだ。

「それでも、子供がいなくてよかったじゃない」

その結果は、こういうことになってしまったけれど。


何があったというわけじゃない。お互い、仕事をそれなりにこなしてきて、そこそこの出世もしてきた。
順調だった──順調過ぎたのかもしれない。

あるとき、二人の間に横たわっているのは、もう虚無でしかないことに気づいた。
それは突然のことだったけれど、私たちにとっては、もう不可逆なことだった。

思えば、恋愛らしいドキドキのようなものは、さほど感じた記憶がない。
安心とか安定というものを選んだということは、こういう地平にたどり着くリスクと背中合わせだったのかもしれない。

──セックスもそうだ。

夫は、私にとって過不足のないセックスをする人だった。そこには、驚きもなかったし、限界もなかった。

そういう相手に、避妊をしないセックスをさせるということが、少なくとも私にとっての結婚だった。
そして私は、一度も妊娠しなかった。

「それでも、子供がいなくてよかったじゃない」

どこで間違ったのだろう──何度考えてもわからない。
何か決定的な事件なんて、ひとつも起こらなかったのだから。

でも、私たちの間の虚無──不吉な塊の膨張を止める方法は、どこにもなかった。
気がつけばもう、部屋中を覆いつくすほどの大きさになっていて、息が詰まった。

リビングにいる夫が、四六時中テレビの電源を入れて、見もしない番組を聞き流しているのが嫌になった。
寝室で、スマホを眺めている時間が増えた。
週末が来るのが嫌になった。

──もう、ダメなんだろうな。

私たちの関係がどれだけ壊れていたのか、そこには物証なんて何もなかった。
ただ、そうした状況証拠が重ねられていっただけだ。


今になって思えば、あれは自傷行為のようなものだったのだろう。
私たちの生活がすっかりダメになってしまってから、ちょっとした気まぐれというか、何かの対照実験というか──夫にキスしてみたことがある。

何か月ぶりだったのだろう。もしかしたら、もっとかもしれない。

リビングのソファに座り、いつものように見ることもないテレビのボリュームを上げ気味にして、夫はスマホに何かテキストを打ち込んでいた。

「ねえ──」

私の唇は、いつかそうしていたときのように夫のこめかみに触れ、頬、そして唇へと移動していった。

──それは失くした 写真にするみたいに

パパが車でよくかけていたCDの歌詞が、突然フラッシュバックしたのを、今もよく覚えている。

唇に触れ、舌でなぞる。
夫の舌が迎えに来たら、私はもっと深く応える。

──唾液の交換がしばらく続く。

夫は突然、私の腕をつかみ、ソファに押したおしてきた。
視界が天井になり、部屋着が雑に上下にずらされる。

そのまま無造作に入ってきた夫を、私の身体はすんなり受け入れた。
これが、身体が馴染むということなんだろう。

そう長くもない時間のあと、夫は、私の名前を呼んで果てた。

その前に名前を呼ばれたのがいつ頃だったのか、私はどうしても思い出せなかった。


──女の兵站は経済とセックス。

そんなことを言っていた人がいる。

今の私は、ひとりで生活することになってもちっとも困らない。

これで、恋愛はともかく、セックスが供給されれば、夫と一緒にいる理由は今度こそなくなるのだろう。

私の頭の中で、線香花火がパチパチと火花を飛ばしている。

──まだ、落ちるわけにはいかない。

子供を産むことを諦めたメスというものは、ある意味無敵だ。

「それでも、子供がいなくてよかったじゃない」

きっと──そういうものなのだろう。(了)



📚 これまで、文芸部の活動に参加した作品をまとめています(マガジン)


📚 もう少し長い物語を読んでみたい方へ──現在連載中の長編三部作です。

私には、「選ばなかった人生」と「なれなかった自分」をめぐる物語があります。


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