浮間から、北赤羽の諏訪神社へ
浮間氷川神社から赤羽方面へ
⇧ 4/14に浮間ヶ原桜草圃場を見て、浮間大川神社で桜草の鉢植え販売していたこと、北向き地蔵や庚申塚を巡ったことを書いています。
毎年、浮間ヶ原桜草圃場(ほじょう)の開園時には、境内で桜草の即売と休憩所が設けられます。2月には枝垂れ梅が美しく咲き誇ります。また、浮間周辺は昔、荒川の氾濫に悩まされていたため、社殿は水塚(みづか)とよばれる盛り土の上にあるのも特徴です。
現在の拝殿は平成7年に改築されたもの。旧拝殿は大正9年の建造。水害対策で社殿が数十センチ高く盛土を施した「水塚(みづか)」の上に建っているのが特徴です。


神社を出て左側に、浮間不動尊がありました。
⇧ ご本尊の貴重な映像が載っています。

子育て地蔵尊は今回寄らずに、⑤傘屋庚申堂から線路をくぐって南へ、露天風呂湯のはなを過ぎて観音寺へ

観音寺
観音寺は元和元年(1615年)に創建されたと伝えられています。
昔は浮間の渡し場から左の道を行くと観音寺に出られました。明治43年の大水害では、本堂が床上浸水したため、たるを二つ並べてその上に本尊をおいて一晩中守ったという話が残っています。
また、観音寺には釣り鐘が二つあります。戦時中は武器を作るため、釜や銅像などの金属を供出させられました。
観音寺の鐘も例外ではありませんでした。しかし、幸いにも鐘はつぶされることなく、約40年を経た昭和58年に、浮間に帰ってきたのです。
現在使われている鐘は戦後作られたものです。

鐘楼

本堂
真言宗のお寺です。弘法大師様がおられます。

六地蔵尊

観音堂
観音寺の観音堂は足立板東観音霊場、第23番札所です。『新編武蔵風土記稿』の記述では「観音堂-正観音を安ず、行基の作なり 」。

戻って来た梵鐘

青面金剛庚申塔
この庚申塔は寛政11年(1799年)に作られたもので、彫られているのは青面金剛です。頭上に蛇がとぐろを巻き、髪が左右に分かれているという様式は、浮間地区の庚申塔によく見られます。
以前は近くの郵便局の脇にありましたが、郵便局の改修に伴い一時期は人目に触れにくい場所に移されました。浮間はかつて庚申信仰が盛んだったようで、近くに高齢者福祉施設「浮間さくら荘」が建設されるのをきっかけに、みんなが見ることができる今の場所に移されたのだそうです。

特養あじさい荘
南にある、浮間の渡舟場跡には寄らずに東へ。埼京線の北赤羽駅方面へ。
北区ウォーキングコースガイド A

橋の手前に、北赤羽駅改札がありました。
浮間橋で新河岸川を渡ります。




向こう岸に改札はありません。
諏訪神社をお参りして、北赤羽に戻るよりは赤羽へ進みましょう。
赤羽は、超山岳地帯です。アップダウンが多いです。電動でない自転車・車いす・ベビーカー大変。歩くのもちょっと大変。諏訪神社は山の上です。
諏訪神社



神楽殿

本殿

狛犬様 玉バージョン




1250字です。
赤羽八幡神社は次回に。
ではまた。
※ おまけ 「東京23区凸凹地図」
眼を囲む黒のマーク ビュースポット です。
左の方、諏訪神社。
右の方、八幡神社。
武蔵野台地の中でもひときわ標高が高い所にあるようです。

