麻布十番駅近く、賢崇寺は門前まで。善福寺へ。
麻布にある実家の菩提寺で法事、
その前に会食、
その前にお参りしようではないか。

近くの大きなお寺、予習して行ってみた。
行く途中、パティオ十番のロータリー

麻布には、オーガニックスーパーマーケット「ピオセブン」がある。

賢崇寺

参道は立派な坂道です。



お檀家様のお墓参り以外の方の立ち入りはご遠慮ください。
と書いてある。
はいれません。

右手にはお堂が。その向こうには


二・二六事件で受難した「二十二士」も葬られている。これには死刑となった19名に、自決した野中四郎・河野寿の2名、相沢事件で死刑となった相沢三郎が含まれている。当初は遺体の引渡しすらままならなかったが、栗原安秀の父勇が自ら当寺に入門し、当時の住職・藤田俊訓と共に墓建立に奔走した。毎年2月26日・7月12日に合同慰霊祭が執り行なわれる。現在の墓碑は、昭和27年(1952年)7月12日第十七回忌法要時に建立された。
ならば、昨年近くを通りながら行けなかった「善福寺」へ行こう。
賢崇寺の参道の坂を下って右へパティオ十番を右へ

案内の石柱で右へ

左右にお寺がある。
正面に「元麻布ヒルズフォレストタワー」

石柱のすぐ横に


左側にあった、浄土真宗のお寺
光善寺




右側にモダンな構え
金蔵寺





善福寺のすぐ手前の右側に、やっぱり浄土真宗のお寺
真福寺


いよいよ
善福寺
麻布山 善福寺
平安時代の天長元年(824年)に弘法大師によって開山されました。鎌倉時代に当寺を親鸞聖人が訪れ、迎えた了海上人は、親鸞の高徳に傾倒し、一山をあげて浄土真宗に改宗しました。
幕末に初代アメリカ公使館となり日米友好の絆を深めた当寺には、近代日本の礎を創った福澤諭吉や益田孝といった多くの偉人たちが足繁く訪れています。

中門



親鸞聖人像







時間切れで、法事の会食へ向かいます。
福沢諭吉之墓にはお参りできませんでした。

東京大空襲で焼き尽くされた地域です。
焼け残ったイチョウがここにもありました。銀杏の水分恐るべし。
麻布十番での食事など、
続きはまた
