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舞い踊れ!第十九話:踊り手は 音なき世界 足を踏む

「では最後に、三郎助さん。あなたのお話を伺いましょうか」



私が優しく声をかけると、耳の聞こえない三郎助さんは、やはりニコニコと人の良さそうな笑みを浮かべているばかりでした。 私は硯(すずり)を引き寄せると、紙に筆で文字をしたためて彼に見せました。先ほど巳之助さんや文次さんに教えた『手真似』や『足拍子』が、それぞれ何を意味しているのかを一つずつ書き記して伝えたのです。

三郎助さんは、私の書いた文字を真剣な顔で追っては、ポンと手を打って「なるほど、そういう意味でしたか!」と声を出して深く頷きました。彼は耳こそ聞こえませんが、ご自身の声は普通に出すことができるのです。 私は続けて筆を走らせました。

『あなたの声は、お二人に届きます。もし巳之助さんの手真似や足拍子の意味が分からなければ、勘違いのまま返事をするのではなく、いろはの表を使ってほしいと巳之助さんに声で伝えなさい』

それを読んだ三郎助さんは、「おう! そうすりゃあ間違いねえな!」と明るく笑いました。 これにて、巳之助さんの足拍子と手真似、文次さんの手真似と声、そして三郎助さんの声といろはの表を介して、お三方の間でほとんどの言葉が正しく交わせるようになったのです。

意思の疎通の算段がついたところで、私は三郎助さんに先ほどの花火の事故について文字で尋ねました。

『あなたも、隅田川の花火の事故で聴力を?』

その文字を見た途端、三郎助さんはふっと目を細め、どこか遠くを見るような懐かしげな表情を浮かべました。

「ええ。……思い返せば、あの事故に遭う前までの俺は、それはもう順風満帆ってもんでさ。若手じゃ一番の『立方(踊り手)』だってもてはやされて、舞台に出て行ってポンと一つ見得を切るだけで、客席から黄色い声援が飛んできたもんです。そりゃあもう、いい気になってた時代でさ」

三郎助さんは、照れくさそうに頭を掻きながら、豪快に笑いました。

「それに俺は、三度の飯より酒が好きでしてね! 舞台で喝采を浴びて、汗をたっぷりかいた後に仲間と呑む酒の美味いこと! 一晩で酒樽を空にしちまう勢いで飲み明かして、翌朝は二日酔いで稽古に出て、また師匠にどやされる。……あの頃のドンチャン騒ぎの笑い声や、三味線や太鼓の賑やかな音色は、今でも俺の頭ん中で楽しげに鳴り響いてやすよ」

彼は、江戸っ子らしい陽気さで、耳が聞こえていた頃の華やかな自慢話と、大好きな酒の思い出を語ってくれました。 しかし――その笑顔の奥に、ふと暗い影が落ちました。

「……でも、そんな賑やかな音も、あの日の花火の爆発と一緒に、ぜんぶ消え失せちまった。文次と一緒に『静』っていう小さな女の子を庇いましてね。俺は音を完全に失っちまったんでさ。女の子を助けたことに後悔はねえですが……やっぱり、あの美味い酒の味も、音がねえとどうにも半分くらいしか楽しめねえもんです」

少しだけ寂しそうに笑うと、三郎助さんもまた、文次さんと同じように顔をしかめました。

「それに、立方としても限界でさ。俺は耳が聞こえねえから、自分が足を踏んで踊っても、その動きが文次の三味線の音と合ってるかどうかわからねえんでさ。文次も俺の動きが見えねえから、互いに合わせようがねえ。今のままじゃあ、どうにもうまくいかねえんでさ」 (やはり……今の持ち場のままでは、彼らは互いに欠落を補いきれないのね) 私はさらに筆を走らせます。

『あなたは、文次さんと一緒に三味線も習っていたそうですね』

「ええ、まあ。立方の修行のついでに習ってたんで、ある程度なら弾けやすよ」 私は文次さんから三味線を借り受け、三郎助さんに手渡して『弾いてみてちょうだい』と促しました。

三郎助さんは三味線を構えると、バチを振り下ろしました。耳が聞こえないはずなのに、彼が奏でたのは、見事なまでに調子の取れた長唄の曲でした。 元踊り手である彼の身体には、曲の「間」と「筋肉の動き」が染み付いているのでしょう。知っている曲であれば、全く問題なく弾けるのです。 さらに彼は、「新しい曲を覚える時でも、他人が弾く指の動きや腕の筋肉の張りを『目』で見れば、見様見真似で弾けやすよ。なにせ、目はしっかり見えますからね!」と、事もなげに笑って見せました。

江戸一の舞台を作るための、最後の歪な歯車。 私はゆっくりと立ち上がり、お三方を見渡しました。

「お三方。これで、あなたたちが言葉を交わすための新しいお作法は整いました。そして、それぞれが今の持ち場のままで抱えている無理も、よく分かりましたわ」

鈴を転がすような私の声に、三人がじっとこちらを見つめます。

「今日はもう遅いですから、ゆっくりお休みになられてください。……明日、あなたたちに新しい『持ち場』をお伝えしますわ」

江戸一難解な「無言の当て物」を創り上げるための、不器用な者たちによる奇跡の繋がり。 長く暗い過去のしがらみを抜け、彼らの真なる力と型破りな企てが爆発する痛快な朝の訪れを、私は扇の陰で心待ちにしておりました。


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夢都 父の研究サポートのバイト代として「チップは好きに受け取っていい」って言われて、なんとなく引き受けてしまいました。本当に面白かったらで構わないので気が向いたらお願いします。父の研究支援にも回したいと思ってます。