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舞い踊れ!第五話:中村座 七難隠す 化粧とは

江戸の町を代表する大芝居小屋、中村座。 参蔵屋の大番頭・光五郎は、生真面目な顔つきで木戸の前に立っていた。

(婿探しの鍵を得るためとはいえ、流行りの歌舞伎見物とはな……。しかし、情報収集も立派な商いのうちだ)

どうにかこうにかギリギリで最後の端の席を確保し、満員で熱気ムンムンの小屋の中へと腰を下ろす。 幕が開くのを待っている間、光五郎の耳に、前後の見物客たちのヒソヒソとした熱を帯びた噂話が飛び込んできた。

「いやぁ、今日の中村座は一段と混んでるねぇ!」

「そりゃそうさ! なんたって大看板の中村芝翫の『於染久松色読販(おそめひさまつうきなのよみうり)』だぜ! 今回の芝居はものすごいって、江戸中でもっぱらの噂だからな!」

「だけどよ、あの芝翫って役者……劇を躍らせりゃあ天才だが、私生活はとんでもねえ『バケモノ』だって噂だぜ?」

「ああ、美しい女たちを何人も引き連れてるって話だろ? なんでも、近づく女は端から芝翫の毒牙にかかって食われちまうらしいじゃねえか!」

「おまけに、若い町娘に春画を買いに走らせてるらしいぜ」

「いや、その町娘は幽霊だった、っていう噂を俺は聞いたぞ。幽霊の町娘を使ってまで春画を買い集めるなんて、とんでもねえ好色一代男だ!」

「ひぃっ! 恐ろしいねぇ! その上、その取り巻きの女たちも恐ろしい連中らしくてよ。肝試しで楽屋を覗きに行った奴が、大柄な女に晒(さらし)でぐるぐる巻きに縛り上げられて、急所を力一杯握り潰されたんだとよ!」

「まったく、とんでもねえ役者衆がいたもんだ!」

周囲の客たちは恐ろしい噂話で持ちきりであった。 それを聞いていた生真面目な光五郎は、無意識のうちに奥歯をギリッと噛み締めた。

(……女を食う? 幽霊に春画を買わせる? そのうえ握り潰す大女だと? なんといううらや…じゃなくて不道徳で悍ましい役者だ! 腕は天才だのなんだのと持て囃されているようだが、そのような下劣なバケモノが主役の芝居など、たかが知れている!)

光五郎は深い深いため息をつき、腕を組んで目を閉じた。

(大旦那様といい、江戸の男はどうしてこうも不純なのだ。ああ……あんな与太話に釣られて木戸銭を払ってしまったとは。まったく、見ても意味がないどころか、大事な時間と金を無駄にしてしまったわ……)

激しい後悔の念に駆られ、今すぐ小屋を出てやろうかと腰を浮かせかけた、その時である。

やがて拍子木が打ち鳴らされ、華やかな舞台の幕が開いた。

舞台上では、豪奢な着物をまとった美しい女方(おんながた)が、しなやかな所作で舞い踊っていた。色白の肌に、切れ長の色っぽい目元。どこからどう見ても、息を呑むような絶世の美女である。 さらには、その美女が舞台袖に引っ込んだかと思えば、一瞬にして全く違う姿や着物に変わり、別の人物となって再び現れるという神業のような早替りが次々と繰り広げられた。

「う、うおおおぉぉ……っ!」

つい先ほどまで「金と時間の無駄だ」と後悔していた生真面目な大番頭は、客席の端で肩を震わせて大号泣していた。 懐から手拭いを取り出し、ずずっ、と鼻をかむ。

「イヤー凄かった! なんという見事な舞台だ! 特にあの芸者のべっぴんさんなんて、本当に息を呑むほど見事だった!」

光五郎が興奮冷めやらぬ様子で隣の見物客に話しかけると、その客は可笑しそうに吹き出した。

「旦那、初めてかい? あの舞台で踊ってたべっぴんさん、あれも男だぜ?」

「な、なんだと!? 男!? いやいや、どう見ても女性にしか見えんぞ!」

「だから歌舞伎ってのはすげえのさ。しかも、あの舞台に出てた何人かの役、あれ全部大看板の中村芝翫が一人で『早替り』して演じてる。つまり同一人物なんだぜ!」

「えぇっ!!?」

驚愕して目を見開いた光五郎の脳裏に、凄まじい閃きが走った。

(これだ……! 男の骨格すら完全に隠し切り、別人に化けさせるあの白塗りの術。もし四六時中あの姿でいられるのなら、藤お嬢様のお顔の傷も、完全に隠し続けることができるかもしれない!)

大発見に身を震わせた光五郎は、終演後、すぐさまその「七難隠す化粧」の秘密を教わろうと立ち上がった。

しかし、歌舞伎見物など初めての生真面目な大番頭である。小屋のどこへ行けば役者に会えるのか、見当もつかない。

(いや待て、いきなりお目通りを願うのに、手ぶらというわけにはいかんな。参蔵屋の番頭として、見栄えのする手土産くらいは持っていかねば)

そう思い直した光五郎は、一度小屋を出て買い出しへと向かった。 しかし、あのバケモノのように恐ろしいと噂される役者には何を持っていくべきか。 酒が良いか、それとも上等な菓子折りが良いか、いやあるいは……と、あれやこれやと迷いに迷って江戸の町を歩き回る。

ようやく手土産を見繕って中村座へと戻ってきた頃には、すっかり日が傾きかけていた。 木戸口にいた小屋の者に役者へお目通り願いたいと伝えると、男は申し訳なさそうに頭を掻いた。

「いやあ、旦那。役者衆はもう出番を終えて、皆そろって滞在先の長屋へ戻られちまいましたよ」

「な、なんだと……!」

せっかく手土産まで用意したのにと肩を落としかけた光五郎だったが、すぐさま気を取り直した。

(ならば話は早い。だったら、直接その長屋とやらへ行ってみようではないか!)

光五郎は男に長屋の場所を聞き出すと、手土産をしっかりと抱え直し、勢い込んで役者たちの滞在先へと足を向けた。


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夢都 父の研究サポートのバイト代として「チップは好きに受け取っていい」って言われて、なんとなく引き受けてしまいました。本当に面白かったらで構わないので気が向いたらお願いします。父の研究支援にも回したいと思ってます。