インタビュー|「保育士だから大丈夫」その自信が崩れた夜から、シッターという道へ
「保育士だからどうにかなる、そう思って迎えた我が子の誕生。けれど実際の子育ては、知識だけではどうにもならないことの連続でした」
眠れない夜や、余裕をなくしてしまう自分に戸惑った日々。それでも、母の一言に救われた経験が、やがて「誰かの力になりたい」という思いへとつながっていきます。
今は沖縄本島の中部地区を中心に、ベビーシッターとして活動する仲本詩織さん。その歩みと、子育てへの思いを伺いました。
■プロフィール
ベビーシッターton☆ton 仲本詩織(なかもとしおり)さん
2022年7月に開業したフリーランスベビーシッター。親子イベントの企画や、沖縄のわらべうたの音階やリズムを取り入れた「うちなーベビマ」の講師としても活動している。
子どものことは分かっているはず、でした
沖縄キリスト教短期大学保育科を卒業後、公立保育所で2年間勤務した詩織さん。子どもと関わることが好きで選んだ仕事でしたが、「若いうちにいろいろ経験してみたい」という気持ちもあり、その後はカフェへ転職。人気のカフェだったため忙しい毎日を過ごす中、1人目のお子さんを妊娠しました。
1歳を過ぎて保育園に入園すると、小規模保育園でパートとして働き始めます。その後、年子で2人目と3人目を出産。約3年間は自宅で子育てをしていました。
「保育士だから子どものことは分かっているし、子育てはなんとかなるから大丈夫って思っていました」
専門的に学び、現場で働いてきた経験がある。だから子どもを産んでも大丈夫。そう思っていたといいます。しかし実際の子育ては、知識だけではどうにもならない現実の連続でした。
1人目の出産後しばらくは実家で暮らしていました。抱っこから降ろすと泣く子だったため、ほとんど抱っこで過ごしていたそうです。夜は3時間おきにミルクをあげるものだと考えていましたが、実際は1時間おきに泣いて起きました。
「ミルクをあげ、おむつを替えれば眠るはずだと思っていた考えは、まったく違うんだなって。本当に寝てくれなくて…。睡眠不足が続き、自分が何を食べているのかも分からないような毎日で、私の体重が気づけば8キロも落ちていました」
実家にいるからこそ、夜泣きで家族を起こしてはいけない。泣いている赤ちゃんを抱きながら焦りが強くなりました。赤ちゃんは泣くものだと分かっていても、気持ちは追いつきません。かわいいはずの我が子を胸に抱きながら、余裕がなくなっていく自分がいたといいます。

心が折れそうだった夜、母からの一言
「ある日の夜中、『もう無理だ…』と寝ない我が子を抱いて途方に暮れている私に気づいた母が『あんたは頑張っているよ』と背中をさすってくれました。その時に堪えていた涙がポロポロ溢れたのを覚えています。
自分のことを見てくれている人がいる安心と、張り詰めていた糸がパチンと切れたような感覚。我慢しなくていいんだ…って」
保育士として働いていたころ、虐待や育児放棄のニュースを見るたびに「こんなことをする親なんてありえない」と感じていました。
けれど、自分が極限まで追い詰められたとき、その考えは揺らぎます。
「誰でもその状況になり得るのかもしれない。もし自分がそうなってしまったら…」不安と恐怖が胸をよぎったといいます。
わが子はかわいい。愛情もある。それでも、ずっと泣き続ける日々が積み重なり、悩みは深まっていきました。ゆっくりトイレに行くこともできない。夫は帰りが遅く赤ちゃんと2人きりの時間が長く、大人と会話がしたかった。
ごはんはちゃんと作らなきゃいけない…
母親なんだから…
そんな思い込みが、自分を追い詰めていきました。できない日は自分を責めてしまう。
「保育士だから大丈夫でしょ」
自分でも大丈夫だと思っていたのに、現実は違った。うまくできない自分を受け入れられず、さらに落ち込む。その繰り返しでした。
子どもが好きな自分と、余裕を失っている自分。その感情の揺れが、何よりつらかったといいます。
1人目を出産した当時は、今のように産後ケアや一時預かり保育が充実していませんでした。抱っこの仕方や育児方法について学べる講座も、身近にはありません。分からないことだらけのまま、必死に毎日を乗り越えていました。
「『大変なのは今だけだよ』この言葉を言われるたび苦痛で。その今がつらいのに、その今が長いのにって…」

幸い、近くに両親がいたため子どもを預けられ、つらいと話すと友人が遊びに来てくれる日もありました。周囲に助けられるたびに、ある思いが頭から離れなかったといいます。
「周りに頼れる人がいないママたちは、どうしているんだろう」
その疑問は、やがて詩織さんの仕事へとつながっていきます。
育児に寄り添うフリーランスシッターという選択
3人目のお子さんを保育園に預けるタイミングで、パートで働ける保育園を探し始めます。しかし、その時期はコロナ禍。保育士の友人から「保育中はずっとマスクをつけなければいけないし、子どもたちや保護者、保育者同士のコミュニケーションも難しくなった」と聞き、自分の考えとは少し違うと感じたそうです。
そんなとき、保育科の先輩がベビーシッターとして活動していることを知ります。保育園勤務とは異なる、フリーランスシッターという新しい働き方があることを知りました。
「自分の子どもが熱を出したら仕事はどうするのか。そもそも依頼は来るのだろうか。新しいことへの挑戦に、不安がなかったわけではありません。夫に相談すると、『やりたかったらやってみたら。俺も協力するし』と言ってくれたんですよ。その言葉に背中を押され、すぐに案を練り、開業届を提出しました」
2022年に開業届を出した頃は、沖縄でベビーシッターとして申請している人は約15人だったそうです。ほとんど前例がないなかでのスタートでした。
「私も手探りだったんですが、ありがたいことに先輩に相談にのってもらえる環境がありました。競合は少ないけどニーズはある、そう思っていましたが最初の5か月はほとんど仕事が入りませんでした。周知活動に力を入れたり、助産院で産後ケアを利用している母親の代わりに子どもを預かったり、今自分にできることを少しずつ積み重ねていきました」
初めは月に2~3件だった依頼も徐々に増え、さらに助産院での託児・イベント託児・親子講座なども加わり、活動の幅が広がっていきました。

「沖縄本島の中部地区を中心に活動していますが、少し離れている八重瀬町に住んでいる方からも定期的に依頼がはいります。私に依頼したいと言ってくださるので嬉しいですね」
利用目的は、親のリフレッシュが多いそうです。最近は、産休中に講座や勉強をするママからの依頼も。隣の部屋で講座を受けている間の見守りや、児童デイケア利用後に外で数時間遊ぶサポートなど、内容はさまざまです。
「子どものペースに合わせることを一番意識しています。急に距離を縮めることはしません。子どもが興味を持ってくれてから声をかけますね。子どもによって性格はまったく違うからこそ、よく観察することを大切にしています。
子どもの年齢によって、気に入りそうなおもちゃを持っていきます。初めて預かるお子さんでも、ずっと泣いている子はいままでいないかな。最初はもちろん泣くんだけど、子どもって小さくても意外と気持ちの切り替えが上手なんです」

活動を始めてから、改めて育児について学び直しているといいます。抱っこ紐の使い方や離乳食についてなどを学び、さらに「うちなーベビマ」の講師資格も取得。

ふれあいあそびと足形アート体験会は、親子が思い出を作り、大人同士がゆんたく(沖縄の方言で「おしゃべり」)を楽しみ、子育ての相談ができる時間と場所を提供したいという思いで始めたといいます。

「新卒で保育園で働いているときは、まだ子どもを産んでないし、ママたちに子どもの様子を話していても伝わっているのか不安だったんですよ。出産後はパートで働いていたけど『パートの私ではなく担任の先生がママと話しするし…』と複雑な気持ちがあって、もどかしかった。
今はシッターになって、直接ママたちと深く話ができるから、そこが一番嬉しいですね。悩みに寄り添えている、助けになっているって実感できます」
ママにメッセージ
「1人で頑張ろうとしないでほしい」
それが、詩織さんの伝えたいことです。
「月に数時間でもいい。誰かと一緒に子育てをしてほしい。心がぽきっと折れてしまう前に、頼ってほしい」
かつて、頑張らなきゃと自分を追い込んでいた日々があったからこそ、今は寄り添う側に立っています。
「何もかも完璧にしようと頑張りすぎない。頼れる人にはもちろん頼るし惣菜と外食にも頼る。怒ったり泣いたり笑ったり日々ドタバタしながらも子どもたちとの今を大切に想えるようになりました」
今は、幸せな毎日だと詩織さんはいいます。その穏やかな言葉の奥には、涙をこらえた夜と「頑張っているよ」と言ってくれた声が、今も確かに息づいています。

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