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無言勢について、改めて書いておきたい|VRChatで声を使わないプレイスタイルのこと

はじめに

人との関わり方を考える程、人から遠ざかってしまう。

VRChatのボイスチャットに、壁を感じたことはありますか。

皆が楽しそうに話しているのに、自分だけ孤立してしまっているような疎外感を覚える。
パブリックで初めて話した時はなんでか上手く話せていたのに、フレンドらしいフレンドが見つからないまま今もパブリックを彷徨っている。
話したいとは思っているのに、通話のボタンを押して、「こんにちは、何を話しているんですか」が言えないままログアウトした日がある。

そういう経験が、あるでしょうか。

この記事は、VRChatにおける無言勢という選択肢と、声を使わずに人と関わる方法を書いています。

2023年の春、筆者は「無言勢始めてみませんか」という記事からVRChatに関わる記事を書き始めました。根底にある無言勢への気持ちは、今でも変わらず、様々な無言勢の方はもちろん、ボイスチャットの方とも関わってきました。

中には居場所を見つけられず、孤立しているように見える方もいます。ただ、温かく迎えてくれる人たちも確かにいます。

この世界との関わり方を諦めてしまう前に、少しだけ違った角度で向かい合ってみてほしいと思っています。

では、本筋に入っていきましょう。



1章.無言勢とは何か、そしてどうやってつながるか

無言勢のよくある筆談コミュニケーション風景

声がなくても、始められる

VRChatはマイクもVRヘッドセットも持っていなくても、PCさえあれば始められます。なんなら最近ではスマホだけでも出来るようになっています。
すでにVRChatにいる方の中にも、最初はVR機器を持っておらずPC単体から入った方は少なくないはずです。

最初からマイクを使わなければいけないわけでも、話せなければ参加できない場所ばかりでもありませんので、テキストで挨拶して、うなずいて、時々エモートを返す。
そこから始めても、ちゃんと人と関われる場所がVRChatにはあります。

マイクを持っていないことは、スタートラインに立てない理由にはならないのです。

無言勢とは何か

VRChatには、ボイスチャット(音声通話)を使わずに活動するプレイスタイルがあります。これを無言勢と呼びます。
コミュニケーション手段としてテキストボックス、ペン、ジェスチャーを中心とした意思疎通をします。
声の代わりに別の何かを使う、というより、声ではない別のチャンネルを選んでいる、という感覚の方が近いです。

ただ、残念なことに無言勢という言葉は、かなり広い意味合いです。
テキストでも、ペンでも、身振り手振りでも何も返さない、いわゆる地蔵のような無反応な方もひとまとめにカテゴライズしてしまいます。

例えば、地蔵のように無反応であることはパブリックワールドの隅で観察するプレイや、ライブ会場の客席としての参加であれば、そういう距離感も選択のひとつでしょう。

ですが、フレンドインスタンスやイベントに来てもなお何も返さないのであれば、それは別の話です。
交流することが求められている場では意思疎通を行ってほしい、というのがほとんどの人の考えでしょう。
こういった振る舞いもすべて無言勢というカテゴリに含まれてしまいます。

そのため、本来はちゃんとコミュニケーションをしているはずの無言勢もまとめて「無言勢は嫌いだ」と言われてしまうこともあります。

また、本来はこのカテゴリに含めてほしくないと願っている、手話をメインのコミュニケーションとしている先天・後天的に難聴の方も含まれます。
とはいえ、無言勢としてのやり取りと手話でのやり取りの親和性が高いのは事実です。

そうした様々な属性が存在しているため、誤解を受けがちなのが無言勢という人たちなのです。

VRChatで使う、4つの意思疎通手段

VRChatでの声を使わない意思疎通手段は主に4つあります。

テキストボックス(キーボード入力)

最も一般的な手段で、デスクトップ無言勢の方は大半がこちらを使います。VR機器になると途端に使用率が下がるのは、日本語テキストの入力環境を整えるのにギミック対応する必要があるからです。

注意点として、「……」と入力中の状態がずっと続いてしまうと、他の人は下手に会話を流せなくなりストレスの原因になります。
短文を重ねるようにして会話することを意識しましょう。
また、テキストボックスをオフにしているユーザーもいます。
そういった相手にはテキストが届かない場合があるので、覚えておきましょう。

キーボードのYキーでテキストチャットは即座に表示できるので、そういったショートカットを覚えることが地味な時短につながります。

デスクトップの友人は基本的にテキストチャットでのやり取りをしていますが、タイピング速度も申し分なく、通常会話でそこまで気になったことはないです。
まして、デスクトップなのに表情変更まで使いこなし、色々な顔を見せてくれることまであります。
動きの制約があったとしても、表情豊かな愛嬌あるコミュニケーションを行う人はいます。

ペン(3D空間に文字を書く)

リアルでは黒板やホワイトボードのような固定された面に書くところを、VRではQVペンというギミックで空中に書くことができます。
VR機器の方はこのスタイルを選ぶことが多く、低身長のアバターが丸文字のような可愛らしい文字を書いていてほっこりすることがあるのではないでしょうか。

また、VRのように空中に文字を書く環境ならではの技術として、向かいにいる相手から正しく読める向きで書く鏡文字という技術があります。
練習がモノを言う技術ではありますが、向き不向きがあるため、習得しないといけない技術というわけではありません。
ただ、鏡文字を練習しておくと使える場面が増えます。
最初から綺麗に書ける人はほぼいないので、焦る必要はありません。

相手がそのまま読めるように書くというのは、相手のために特殊な技術を習得するホスピタリティから来るもので、単に文字が書けること以上に素晴らしい技術ではあります。

筆者は基本的に鏡文字での交流を図っていますが、面白いことにこの技術をあまり見たことのない初心者の方は、筆者が反対に書いていると認識できず、後から「なんで普通に読めるのだろう?」と考えてからこの技術に驚くことがしばしばあります。
こうした交流から良感情を抱いてくださる方もまた、多くあります。

ジェスチャー・エモート

短いリアクションに強いです。
相手の話にうなずき、来た人に手を振る、面白い話には拍手。
テキストが追いつかない場面では、ジェスチャーがちゃんといることの証明になります。

デスクトップだとなかなか難しいですが、Shift+F1〜F8などでハンドジェスチャーに備わっている表情が変えられること、頷く、首を横に振るなどの簡単な意思表示はそれでできることを覚えて交流しましょう。
また、メニューにエモートジェスチャーや顔文字もあるため、もう少し奥行きのある感情を出したい場合はそういったものを使うのも一つの選択肢です。

先ほどのテキストボックスでも記載しましたが、表情変更を使いこなすことがノンバーバルコミュニケーションの一助になりますので、是非ボイスチャットだとしても意識するようにしたいものです。

VRChat内の手話コミュニティについて

無言勢のコミュニケーションというわけではありませんが、VRChat内の構成要素として切ってはいけないものが、手話です。
VRChat内でも手話での交流を図るコミュニティが存在しており、手話イベントや手話を学ぶ集会も存在しています。
筆者もリアルではなかなか手話というものを見かける機会はありませんが、VRChat内では身近に存在しています。
日本語話者であれば書き文字やテキストで伝わるのですが、手話は双方が理解している必要があります。
第二言語のようなもので、習得にはそれなりの時間がかかります。
それでも、そういった方が参加できる土壌があることが大事だと考えます。
声以外の会話を行う人たちと、声ではない言葉を選んだ人たちが、それぞれの方法でここに一緒に共存している。
筆者はそのことを、少し誇らしく思っています。

声がないから、見えてくるもの

声がないことの不便さと並走するように、気づいていったことがあります。

無言勢をしていると、視線の使い方が変わります。
声を出す必要がないぶん、目で見ることに集中できます。
誰が何に笑っているか。
誰がすこし疲れているか。
話している人が、言葉とは別の何かを伝えようとしているか。

また、筆記やテキストチャットで言葉を交わすことが多くなるため、一方的に話しすぎることもなくなります。

声を使う会話では、「次に何を言うか」を考えながら相手の話を聞いてしまうことがあります。
相手が3割くらい話している最中に返答を頭の中で組み立てながら聞くので、実際は相手の言葉の半分くらいしか受け取れていない、という状態が起きやすいのではないでしょうか。

筆者は無言勢として声を出す場面が減ったことで、相手の言葉をそのまま受け取る時間が増えた気がしています。返す言葉を用意しない状態で、ただ受け取るという時間です。

「ユルシュルさんと一緒にいると、なんか話しやすい」
そう言ってくれたボイスチャットの方が何人かいました。
声を出さないことが、相手にとって聞いてくれているという話しやすさにつながるとは最初思っていませんでした。
でも今は、たしかにつながっているのだと思います。

ただ、声を出さないだけで自動的に聴き上手になれるわけではありません。意識して相手を見続ける、という選択を続けることで少しずつ身についていくものです。
無言勢として過ごした時間は、そのための練習になりました。

この感覚はリアルに持ち帰っても消えません。
相手の話を聞いて、一拍置いてから返答する。
こうしたコミュニケーションを身につけた結果、リアルでもそういった相談事をいただくケースは増えました。
狙ったわけでもなく、副次的な効果ではありますが、結果的にプラスになることもあります。


2章.無言勢として生きること

人の輪から少しズレて生きている気がする、気のせいだけどね。

無言勢の不便さは、たしかにあります

筆者としても無言勢は不便だと感じます。
テンポについていけない問題は、どう頑張っても残ります。
声なら「あー」「うんうん」と相槌が打てますが、テキストで同じことをやると話題が3つ先に進んでいます。

最初に参加したイベントで、話を広げようとペンで書いている間に話題が次の話題に流れていました。
その時は書くのをやめて、うなずくジェスチャーをループしました。
会話の主導権を任せ、聞き役になってしまうことはどうしてもあります。

心理的な負担もあります。
声で返せない自分を申し訳なく感じることが、何度もありました。
何も言わないまま隣に立っているのは迷惑ではないか。
相手が退屈していたらフォローできない。

筆者は無言勢というプレイスタイルが最も自分らしくあれると感じ、Discordなどの外部ツールでもテキスト主体でのやり取りをしています。
こういった細かいところでも、負担を押し付けてしまっているという良心の呵責があります。

じゃあ声出せよと言われても、それはアイデンティティの一部です。
自分を否定される感覚があるため、なかなか難しいのです。

続いた理由と、その先にあるもの

筆者が無言のまま続いているのは、意志が強かったからではありません。

ひとつは、無言勢のキャストという役割がたまたまできたことです。
その経験からバー形式のイベントを立ち上げ、無言勢キャストが接客をする場をつくりました。
中にはボイスチャットを主としているが、そのイベントだけ無言勢になる方もいました。
役割が先にあると、在り方があとからついてくることがあります。

また、不便さを埋める出会いが作れることがこのイベントを続けている理由でもあります。
「静かで落ち着く。こんなイベントがVRChatにもあるんですね」と言われました。

たった、それだけの言葉です。

ですが、その言葉は無言勢としての居場所を作れている、という自負に何よりつながります。
無言勢がデメリットにならず、特定の空気感を作るための仕掛けになっているのです。

確かに、無言勢でいることでの心理的な負担は、理屈や先ほどのエピソードだけで解消されるものではありません。
誰かとの具体的なやりとりの中で、少しずつ薄れていくものです。

そういう出会いが早い段階であるかどうかが、続けられるかどうかに関係してくると思っています。

筆者にとっては、その出会いがありましたが、全員にあるとは言えません。
ただ、そういう出会いが起きやすい場所を選ぶことはできます。

以前と比べれば、今はそういう環境がずっとありふれています。

VC移行は失敗ではない…ハズ?

無言勢として始めた人が、全員そのまま無言勢でいるわけではありません。1年も経たずにマイクを買う人がいます。

不便さが積み重なって移行する人もいれば、特定の誰かとの関係が深まって「この人とは声で話したい」と思う瞬間が引き金になる人もいます。
その時にボイスチャットが快適だということもあれば、余計な一言を言ってしまって無言勢に戻りたいという方もいます。
使い方はそれぞれの方法にあります。

そうした人たちを筆者は否定的に見たことがありません。
ボイスチャットに移ることは、決して失敗ではありません。
無言でいる間に培ったものは、ボイスチャットを使い始めても消えません。相手の話を聴く習慣、言葉を選ぶ癖、リアクションを意図的に返すこと。
それらは声があってもなくても使えるものです。

ただ、一つだけ言っておきます。

無言では限界があるという理由で移行した場合、その限界が本当に無言勢であることによるものかどうか、少し立ち止まって考えてみてほしいです。
コミュニケーションがうまくいかないことを、スタイルのせいにしてしまうと、ボイスチャットに移っても同じことが起きます。

音声は手段であって、関係性をつくるのは別の何かです。


3章.この世界に向けられる言葉と、それでも諦めない理由

いつだって良い事ばかりではないし、理不尽なこともたくさんあるよ。

「声がないと人柄がわからない」という言葉について

「声がないと人柄がわからない」という言葉を、筆者は何度か聞いてきましたが、正直なところ、逆だと思っています。

声や口調の印象に引きずられない分、その人の動き方や言葉の選び方、気遣い方が直接目に入ってきます。
誰かが困っているとき一番先に動く人なのか。
自分の話が終わったら相手の反応を待てる人か。
声がない分だけ、そういう相手を気遣うホスピタリティを持っていることが鮮明になる感覚が筆者にはあります。
むしろ人柄や趣味嗜好というものは誰かと対面で接してその違いから浮き出るものなので、プレイスタイル一つで受け取り方は変わります。

露悪的な振る舞いをするプレイヤーは、本当に無言勢だけなのでしょうか?違いますよね。

実際に付き合ってみると、無言勢という中にはボイスチャットでコミュニケーションする人たちとなんら変わらないくらい色んな考えの人がいます。
良いも悪いも含めて、ただVRChatの中で、私たちは生きているのです。

「無言勢に人権がない」という言葉について

「無言勢に人権がない」という言葉を、筆者は何度か耳にしてきました。

冗談として言っている方もいます。
自分のプレイスタイルを軽く卑下することで、場の空気を和らげようとしているのかもしれません。
でも、筆者はその言葉が少し気になります。

この言葉が「外から向けられている」のと、「自分自身に向けている」のとでは、話が変わってくるのではないでしょうか。

人権の有無が声で決まるとは、筆者は思いません。
ただ、この言葉がどこに向けられているかによって、その人の動き方が少しずつ変わってくる気がしています。

それについては、この章の後半で改めて書きます。

無言勢というキャラクター化

無言勢に向けられる言葉に、「可愛い」があります。

小人アバターを使うユーザーが多く、ちょこちょこと動く仕草が愛らしく見える。
そこから、一種のマスコットキャラクターとしての地位を確立している部分があります。
声がないことで返しができない分、より「守られる対象」として見られやすいのかもしれません。

ただ、それを望んでいる方なら問題ありません。

問題は、望んでいない人にも同じラベルが貼られることです。
ただ静かに過ごしたい方も、単純にそのアバターが好みで使っている方も、「可愛い無言勢」というカテゴリに入れられてしまう。
「そんなんじゃないのに…」という感覚が、積み重なることがあります。

そのラベルがもう少し暴力的な形をとる場合もあります。
単純接触が苦手な方がいるのに無遠慮に撫でる行為、あるいは対人コミュニケーションが不得手な相手からのセクハラ。
声で断れない分、そういった行為が続きやすい状況があります。そのため、意図的に険のあるアバターを選ぶ方もいます。

自分を守るための、声なき選択です。

根底にあるのは、無言勢をNPCとして扱う感覚ではないかと思っています。
反応が少ない、声がない、だから「キャラクター」として関わっていい。

でも、画面の先には人がいます。
無言勢もまた、この場所に存在している一人の人間です。

筆者のポジション

筆者は、無言勢というプレイスタイルが好きです。
ずっと、そうです。

不便なのは知っています。
言われることも知っています。
それでも、声を出さないまま人と関わることを選び続けています。
その気持ちは今も変わっていません。

だからこそ、気になっていることがあります。

無言勢としてプレイしている人が、SNS上で「無言勢って人権ないね」と呟く場面を1週間に1度は目にします。
何かそう思う場面があり、心無い人から嫌な言葉を受けたのでしょう。
でも、その言葉を繰り返すうちに、何かが少しずつすり減っていくのではないかと思っています。

無言勢は決して、自分だけのプレイスタイルではありません。
好きなアバターを揶揄されて感情的になるように、好きなプレイスタイルを自分が出来ないからと軽んじる言葉を使うようなことを言う人を、どうして感情的な物事で見られないでいられるでしょうか。

たしかに不便さはあります。
ですが、遅筆だと思うなら筆記の練習をする、キーボードならタイピング、面白い話題が提供できないなら本を読んだり知識を増やす。
やれることは、あります。
それをやらないまま「人権がない」という言葉にしてしまうのは、改善できる余地があるところに蓋をしているようなものではないでしょうか。
自分の出来ないことをプレイスタイル全体の限界に変えてしまうその言葉は、自分だけでなく、それを目にした別の誰かまで傷つける言葉がはたして必要だったでしょうか。

「声が出せないから仕方ない」
「無言勢だから限界がある」
「こんな自分が場にいてもいいのか」
そういう言葉が頭の中にある時、実際に何が起きるでしょうか。

新しい出会いやイベントに行く勇気がなくなります。
少し仲良くなった人へのフレンド申請を送るのをためらいます。
イベントに来ても隅に立ったまま、声をかけるタイミングを見逃し続けます。

でもその結果は、本当に無言勢だからでしょうか。

「動けないのは、本当に声がないからですか」
この問いを、そういった言葉を使う人たちには持ち帰ってほしいのです。

声がなくても皆に愛される活動をしている人がいます。
声があっても、自分は何者でもないとプライベートに引きこもっていずれログインしなくなる人もいます。
プレイスタイルと、コミュニケーションへの踏み出し方は、別のところで動いているものだと筆者は思っています。
自分を卑下することで生まれる「まあ仕方ない」という感覚が、本当はいちばん動けなくしているのかもしれません。

無言勢であることがデメリットにならず、特定の空気感を作るための仕掛けになっている。
居場所を作れている無言勢がいます。

声がなくても、私たちはちゃんと、ここにいます。


4章.始めてみるあなたへ

それでも、人との関わりをやめたくは、ないんだ。

無言勢が最初に行く場所

そのうえで、実際の話をします。

イベントから始めることをすすめます。

無言OK無言歓迎と明示しているイベントが定期的に開催されています。VRCイベントカレンダーで検索すると一覧で確認できます。
最初は自分の興味がある分野のイベントを探してみてください。
テーマに興味があると、何も話せなくても「この場にいる理由」があります。

一つ注意しておきます。
無言OKの表記があっても、当日の雰囲気や参加者によって居心地は変わります。
合わないイベントに当たることもあります。
それは無言勢のせいではなく、単純に合わなかっただけです。
3つ回って1つ居心地がよければ十分だと思います。

無言勢のイベントに興味があるのであれば、別記事で無言勢イベントを紹介していますので、ぜひ参考にしてみてください。

無言勢としてのフレンドの作り方

数回同じイベントで顔を合わせた方に、まず申請を出してみるといいと思います。声で距離を縮める手段が使えない分、同じ場に繰り返し現れることで存在を覚えてもらう方法があります。

申請を断られることもあります。
理由は大抵こちらの声の有無ではなく、タイミングや相手の状況、プレイスタイルの違いによる問題が多いです。
フレンド申請を名刺代わりに使う方もいれば、本当に友達になれる人だけを選別する人もいます。
そういった人かどうかは、プロフィールにどんなことが書かれているかを確認して、その人に合った言い方でフレンド申請をするのが良いのではないでしょうか。

その他のかかわり方としてXやDiscordには無言勢コミュニティやイベントのグループも存在します。
ログインしていない時間にも繋がりを維持できるルートを持っておくと、VRChat内の関係が続きやすくなります。

この場所を、諦めなくていい。

無言勢でいることで受ける言葉がある。
孤立しているように感じる夜がある。
テキストを打っている間に話題が流れて、うなずくだけになる時間がある。

それでも筆者は、無言勢であることを選び続けています。

なぜ続けているのか、と問われると正直なところ、きれいに答えられません。

「居場所が作れているから」
そう言えばそれらしく聞こえます。

「このプレイスタイルが好きだから」
これも間違いではありません。

でも、それだけかというと、自信がない。
「だからこそ続けている」という芯の通った理由を、筆者はまだうまく言葉にできていないのです。

ただ、無言勢キャストとして関わった人達の声ではないコミュニケーションの温かさは勿論あるのです。
無言勢の集まりというのは声がないからこそ、相手の言葉が見える位置にいなければいけません。
つまり正面を向き合って対面でお話しする、相手との対等性があります。
また人が増えてくると段々とその対面が三角形、四角形と段々と辺の数が多くなり、丸型のコミュニケーションになっていくのです。
ボイスチャットだとこうはなりません。

相手のためを思う意識が全員にあるわけではないでしょうが、そういった人との繋がりを作るために必要な土壌を作るのに最適なのかもしれません。

そんな不便さを知ったうえで、それでもここにいる理由がある。
その理由を、言葉にできる人でいてほしいと思います。

「なんで無言勢でいるの?」と聞かれた時に、
「声が出せないから仕方なく」ではなく、
自分の言葉で答えられる人でいてほしい。
その答えは、人それぞれでいい。

でも、それは決して「まあ仕方なく」ではないはずです。


おわりに

3年経っても、ちゃんと、ここにそのままの自分でいるよ。

筆者は今も無言勢として、イベントのカウンターに立っています。

声を出さないまま、この場所にいます。
関わった人がいます。
フレンドになった人がいます。
イベントを一緒に作った人がいます。
ありがとうを伝えられた出会いもあれば、気づいたら繋がりが途切れていた別れもあります。

「声が出せない自分がVRChatにいていいのか」という問いを、時々受け取ります。

「いていい」かどうかは、他人が決めることではありません。

ただ、筆者がひとつ思っていることがあります。

声がないことを理由に動けないでいる時間は、動いてみて気まずかった時間より、たいてい長いです。

不安がなくなるまで待っていると、不安は消えません。不安を抱えたまま一歩踏み出すのが、実はいちばん早い道です。

あなたにとって、声がないことはどういう意味を持っていますか。


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