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越境とは「還元したくなる場所が増える」営みだった

こんにちは。德田 行伸と申します。 越境学習をテーマにしたシリーズの第4回です。

前回は、越境の効果が「個人」ではなく「場」に宿るのではないか、という話を書きました。 今回は、越境という行為そのものの捉え方について、私自身の思い込みが崩れた経験から書いてみたいと思います。

正直に言うと、私はずっと越境を「挑戦の場に飛び込むこと」だと思っていました。

ホームという安全な場所を離れ、見知らぬアウェイに飛び込む。居心地の悪さに耐えながら、新しい視点を獲得する。そして得たものを持ってホームに帰ってくる。 いわば「行って、学んで、帰ってくる」という一方通行の物語です。

ただ、Minervaの参加者たちや、私が関わってきた越境経験者の方々を見ていて、「どうもそういう話ではないぞ」と感じるようになりました。

彼らに起きていたのは、「アウェイだった場所が、いつの間にか自分にとって大切な場所になっている」という変化だったのです。


1. 越境学習における「ホーム」と「アウェイ」

越境学習の研究では、越境を「個人にとってのホームとアウェイの間にある境界を越えること」と定義しています。

ここでのホームとは、慣れ親しんだ場所。暗黙のルールが分かっていて、自分がどう振る舞えばよいか迷わずに済む場です。 一方のアウェイとは、居心地が悪く、自分の前提が通用しない場。第2回で書いた「ザワザワ」が生まれる場所です。

そしてこの研究が指摘する越境学習の本質は、ホームとアウェイを「往還」すること、つまり行ったり来たりを繰り返すことにあるとされています。

振り子のように、行ったり来たりを繰り返す

ここで重要なのは、「往還」という言葉です。 越境は一度きりの冒険ではない。ホームとアウェイの間を何度も行き来するプロセスなのだ、と。

そしてこの往還を繰り返すうちに、ある興味深いことが起きます。 最初は「アウェイ」でしかなかった場所が、少しずつその人にとっての意味を変え始めるのです。


2. アウェイが「帰ってきたい場所」に変わるとき

Minervaの参加者たちの変化を見ていて、印象的だったことがあります。

プログラムの序盤では、フィールドワーク先は完全なアウェイでした。「なぜ自分がここにいるのか分からない」「この場で自分に何ができるのか見当もつかない」という戸惑いのほうに支配されていました。

ただ、フィールドワークを重ね、その土地の人たちと対話を繰り返し、自分なりに小さな貢献を試みていくうちに、参加者たちの言葉が変わっていきました。

「あの場所のあの人たちのことが、気になって仕方がない」 「また行きたい、というか、行かなきゃいけない気がする」

これは単に「慣れた」ということではないと思います。

医療や教育のフィールドでの研究でも、学習者が複数の現場コミュニティを行き来するうちに、最初は怖かった場所が徐々に居場所になっていくプロセスが報告されています。 そしてそのポイントは、「その場での役割や貢献の仕方を自分なりに見いだし、『ここで自分は何者でありたいか』を再定義すること」にあるとされています。

つまり、アウェイがホームに変わるのは、その場所に慣れたときではなく、その場所での自分の在り方を見つけたときなのです。

「ここにいる自分には意味がある」「この場で自分にしかできないことがある」。 そう感じられたとき、アウェイは第2の、あるいは第3のホームになっていく。


3. 「放っておけない」という感情の力

ここで、越境学習の議論ではあまり光が当たらないけれど、私がとても重要だと感じていることについて書かせてください。

それは、「放っておけない」という感情です。

越境先で出会った人や場所に対して、「あの人たちのことが気になる」「あの問題を見てしまった以上、知らなかったことにはできない」という感覚が芽生えること。 この感情は、分析的に整理しようとすると少し掴みどころがないものです。ビジネス的なメリットとは違う、もっと個人的な、執着にも似た感覚

ただ、越境学習の実践事例を丁寧に見ていくと、この「放っておけない」がビジネスへの還元動機として極めて強い駆動力を持っていることが分かります。

経産省の越境学習レポートでも、越境先である地域や団体の課題に個人的な執着を持つようになり、帰任後も自発的に関わり続けるケースや、自社のビジネスを通じてその場を支えたいと考えるようになるケースが多数報告されています。

これは非常に興味深いことだと思うのです。

なぜなら、企業が越境学習を導入する動機は多くの場合、「社員のスキルアップ」や「イノベーション人材の育成」といった、組織側の目的に紐づいています。 ただ、実際に越境者を突き動かしている力は、そうした組織目的よりもむしろ、「出会ってしまった人や場所を放っておけない」という、極めて個人的な感情であることが少なくない。

そしてこの個人的な感情が、結果的に「自社のリソースを使って、あの場所のあの問題に貢献できないか」という問いを生み、それが新しいビジネスの種になっていく。

越境学習の効果を「スキル獲得」で測ろうとすると見えなくなるもの。それは、越境者の中に芽生えた「放っておけなさ」が、ビジネスの意味づけそのものを書き換えていく、という静かだけれど根本的な変化なのかもしれません。


4. ホームが増えると、世界の「当事者領域」が広がる

ここまでの話を少し抽象化してみたいと思います。

越境を通じてアウェイがホームに変わるということは、「自分にとって大切な場所」が増えるということです。 そしてホームが増えるということは、自分が当事者として関わりたいと思える領域が広がるということでもあります。

越境学習とサードプレイス(第3の場所)の関係を論じた研究では、家庭(第1の場)、職場(第2の場)に加えて、NPOや地域コミュニティなどが「第3の場」として機能しうることが示されています。 そしてこの第3の場は、「所属」と「自由」がほどよく両立した場として、個人のアイデンティティや仕事の意味づけに影響を与えると整理されています。

ホームが一つしかない人は、その一つの場所のルールと価値観がすべてになりやすい。 ただ、ホームが二つ、三つと増えていくと、一つのホームの前提を別のホームの視点から相対化できるようになります。

これは第1回で書いた「OSのアップデート」とも通じる話です。 越境によってホームが増えることは、自分のOSを更新し続けるための基盤を手に入れることでもあるのです。

企業の越境学習事例をまとめたレポートでも、越境経験が「仕事の再定義」につながることが強調されています。 これは「新しいスキルを得た」という話ではなく、「自分にとって大切な場所が増えたことで、仕事の意味そのものが変わった」という話なのだと、私は解釈しています。


越境は、帰る場所を失う恐怖ではなく

最後に、一つだけ補足させてください。

越境を「ホームを増やす旅」として捉え直すと、越境に対する心理的なハードルが少し下がるのではないかと思うのです。

越境を「ホームを捨てて旅に出ること」だと考えると、それはとても怖い。自分の居場所を失うかもしれない、という不安が先に立ちます。 ただ、越境とは実は、帰る場所を失うことではなく、帰りたい場所が増えていくことなのだとしたら。

出会ってしまった人がいる。見てしまった景色がある。感じてしまった「放っておけなさ」がある。 その一つひとつが、自分の世界を少しずつ広げ、「ここも自分の場所だ」と思える地点を増やしていく。

その旅の先にあるのは、孤独な挑戦から得られた成長ではなく、むしろ新しい繋がりが与えてくれる豊かな示唆なのではないでしょうか。

次回は、こうした越境のプロセスを組織としてどう設計し、支援していくかについて考えていこうと思います。


参考文献

  • 「経産省も注目の越境学習とは?重要性が高まる背景や最新の動向」(クロスフィールズ note) https://note.crossfields.jp/n/nd18102ccf8b2

  • 「企業による人への投資としての『越境学習』」(SOMPOリスクマネジメント) https://www.sompo-ri.co.jp/2022/06/30/5169/

  • 「越境者を受け入れる側の学習」(J-STAGE) https://www.jstage.jst.go.jp/article/jaas/32/1-2/32_47/_pdf

  • 「越境学習は、今後の次世代リーダー育成に何をもたらすのか」(みずほリサーチ&テクノロジーズ) https://www.mizuho-rt.co.jp/business/consulting/articles/2023-k0003/index.html

  • 「越境学習,NPO,そして,サードプレイス」(日本労働研究雑誌) https://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2021/07/pdf/031-043.pdf

  • 「越境学習をイノベーション創出につなげるために」(経済産業省) https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinzai/shukkokigyo/jireisyu.pdf

  • 「越境研究の現状と展望」(J-STAGE) https://www.jstage.jst.go.jp/article/jaas/32/1-2/32_1/_pdf

  • 「越境者の変容的学習プロセス」(立教大学リポジトリ) https://rikkyo.repo.nii.ac.jp/record/2001305/files/AA11919969_21_01.pdf

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