越境しないことで逆に、自分たちは何を失い続けているのか?
こんにちは。德田 行伸と申します。
先日、本田技研工業さんの探究創造プログラム「Minerva」の最終発表イベント『と、と、と展』にて、「組織の停滞を突破するために、なぜ今『越境』が必要なのか?」というテーマのトークセッションに登壇させていただきました。
グロービス経営大学院の松井孝憲さん、越境についてのプロフェッショナルであるローンディールの大川陽介さん、そしてMIMIGURIの押田一平さんとともに、越境という行為が組織にとって何をもたらしうるのか、というテーマについて語り合った時間でした。
ただ、このセッションに登壇する以前から、私は一つ引っかかっていることがあったのです。
それは、「なぜ越境が必要なのか?」という問いそのものが持っている、ある種の危うさについてです。
この問いを立てている時点で、私たちはすでに「越境しなくてもいい」という前提を温存しているのではないか。「やる理由が十分に見つかったらやる」という構えでいるとき、おそらく永遠にその理由は「十分」にはならないのではないか、と。
今回から始まるこのシリーズでは、トークセッションの内容を起点に、「越境」という行為の意味と可能性について、7回にわたって考えていこうと思います。
その1回目として、まず「越境しないこと」のリスクから話を始めてみたいと思います。
1. 組織に備わる「高性能な冷却装置」
セッションの中で、ローンディールの大川さんがとても印象的なことを話されていました。 それは、過去に大きな成功を収めた組織ほど、その成功体験に基づいた「免疫反応」が強くなる、という話です。
これは私自身、様々な組織を支援してきた中で幾度も体感してきたことでした。
組織は成長の過程で、KPI、稟議プロセス、リスク管理の仕組みなど、あらゆるルールを整備していきます。これらは本来、組織を守り、効率を高めるための仕組みです。 ただ、効率化を突き詰めていくと、ある時点から「未知のもの」「想定外のこと」を自動的に排除する装置として機能し始めてしまうのです。

組織学習の研究者であるクリス・アージリスは、これを「組織的防衛ルーティン」と呼びました。恥や脅威を避けるために、問題の核心から目をそらしたり、本音を言わないように人と組織を導く仕組みのことです。
興味深いのは、この防衛ルーティンが「人が運び、組織がホストになるウイルス」のようなものだと表現されている点です。一度その仕組みが根付くと、組織自体が防衛ルーティンを増殖させるキャリアになっていく、と。
セッションで大川さんがおっしゃっていたことを私なりに解釈すると、こういうことだと思うのです。
最初は環境に適応するための合理的なルールとして生まれた仕組みが、やがて変化の兆しそのものを「異物」として排除するようになる。 まるで、部屋を快適に保つために導入したエアコンが、いつの間にか部屋に入ってくるすべての新鮮な空気まで冷やしてしまうように。
つまり組織は、成長すればするほど「高性能な冷却装置」を手に入れてしまう。 その冷却装置は、未知の熱、つまり外部から持ち込まれる異質な知見やアイデアの熱を、組織に届く前に奪ってしまうのです。
そしてこの装置が厄介なのは、それが「よかれと思って導入した仕組み」であるがゆえに、冷却されていること自体に気づきにくいことです。 誰かが新しいアイデアを持ち込んでも、それが既存のKPIの評価軸に合わなければ「それは今の優先順位ではない」と処理される。変なアイデアを吸収する余白が、仕組みによって構造的になくなっている。
この現象の恐ろしさは、組織の中にいる人たちが「うちの組織は変化に対応できている」と信じているまさにそのとき、もっとも強く働いている可能性がある、ということです。
2. 「やり方を変える」だけでは解けない問題
では、なぜこの冷却装置を外すことがこれほどまでに難しいのか。 ここで、私がセッションの中で触れた「適応課題」という概念について書いてみたいと思います。
ハーバード大学のロナルド・ヘイファッツは、組織が直面する課題を「技術的課題」と「適応課題」に分けて考えることを提唱しました。

「技術的課題」とは、解決方法がすでに知られている問題のことです。 専門家の知識を適用すれば解ける。マニュアルがある。前例がある。こういった課題に対しては、正しい方法を知っている人を連れてきて、その方法を実行すればよい。
一方、「適応課題」は、そもそも問題の定義自体が曖昧で、関わる人々の価値観や関係性、役割そのものの変容を伴わなければ解けない問題です。 「誰かが答えをくれる」タイプの問題ではなく、当事者自身が変わらなければ前に進めない。
ヘイファッツは、「リーダーシップにおける最大の失敗は、適応課題を技術的課題として扱い、技術的な解決策を当てはめようとすることだ」と警告しています。
この指摘は、私にとって非常に実感が強いものでした。
なぜなら、組織のコンサルティングに携わっていると、まさにこの「適応課題を技術的課題として扱おうとする力学」に何度も出会うからです。
「新しい研修プログラムを導入すれば、社員の意識が変わるはずだ」「評価制度を変えれば、行動が変わるはずだ」。 もちろんそれらの施策に意味がないわけではありません。ただ、本当に組織が向き合うべき問題が適応課題であった場合、やり方を変えるだけではどうにもならない。自分たち自身のものの見方や前提、「こうあるべきだ」と思い込んでいる枠組みそのものを問い直す必要がある。
気候変動、デジタル化、働き方の根本的な変容。いま私たちの社会に溢れている課題の多くは、この適応課題に該当するものばかりです。既存のマニュアルやベストプラクティスだけでは足りず、システム思考や実験的な試行、そして異質な人との協働が不可欠になってきている。
そしてここが肝心なのですが、適応課題と向き合うには、組織の境界を越え、異なる視点を持つ人たちとの対話が避けられないのです。 なぜなら、自分たちの前提を問い直すためには、その前提の「外側」に触れる経験がどうしても必要だからです。
3. 越境は「贅沢」ではなく「生存戦略」
ここまで書いてきて、ある比喩が頭に浮かびました。 越境をしない組織は、「OSがアップデートされないPC」に似ている、ということです。
組織学習の世界では、組織は「ルール・物語・前提」という暗黙の前提体系、いわばOSを持っており、それが日々の行動を規定しているとされています。
OSがアップデートされないPCは、新しいアプリケーションに対応できなくなります。新規事業や新しい技術への適応が難しくなる。そしてセキュリティホールが放置されたまま、外部環境の変化という脅威に対して脆弱になっていきます。
越境学習の研究では、異なる組織やコミュニティに出入りする人が「知識の仲介者(ナレッジブローカー)」として新しい知を自組織に持ち込むことで、組織学習が促進されることが示されています。越境者は、いわば「OSのアップデート・パッチ」を外から持ち帰る存在なのです。
ただ、ここに一つ重要な論点があります。
それは、越境者が外の世界で得た学びを持ち帰ったとき、元の組織がそれを受け入れられるかどうか、という問題です。 越境学習の研究でも、せっかく外で得た新しい実践や価値観が、元の組織で「浮いた存在」として扱われたり、時間の経過とともに風化してしまうケースが報告されています。
つまり、越境する個人の学びだけでなく、越境者を受け入れる側の組織の学習が同時に起きなければ、越境の効果は十分に発揮されないのです。

越境者が持ち帰った「パッチ」を、組織がインストールできるかどうか。 それは、先ほど述べた「冷却装置」が、その異質な熱をどう扱うかにかかっています。
越境しないリスクを自覚したとき、対話が始まる
冒頭で、「なぜ越境が必要か?」という問いの危うさについて触れました。
組織の防衛ルーティンの研究では、問題が自分たちのあり方に深く関わるものであるほど、組織はその問題設定自体を避ける傾向があるとされています。
もしかすると、「なぜ越境が必要か?」という問いは、「越境しなくてもいい」という前提を守るための問いになってしまっているのかもしれません。
むしろ問うべきは、「越境しないことで、自分たちは何を失い続けているのか?」ということではないでしょうか。
OSが古くなっていることに気づかないまま、新しいアプリケーションに対応できなくなり、セキュリティホールから脅威が侵入してくる。そのリスクは、目に見える形では表れにくいからこそ、自覚することが困難です。
ただ、「越境しないリスク」を一度でも本気で自覚したとき、初めてそこから本当の対話が始まるのだと思います。
それは「越境すべきかどうか」という議論ではなく、「自分たちのOSのどこが古くなっているのか」「どんなアップデートが必要なのか」を、組織の内外の人たちとともに探っていく対話です。
次回以降の記事では、この越境という行為が具体的にどのようなプロセスで人や組織を変容させていくのかについて、トークセッションでの議論をさらに深掘りしながら書いていこうと思います。
参考文献
Argyris, C. 「Organizational Defensive Routines」(Model I and Model II: Chris Argyris) https://ozpk.tripod.com/000000ModelIandII
Heifetz, R. 「Technical Challenges vs Adaptive Challenges」(InteGrACT Consulting) https://www.integract.com/blog/2019/10/28/technical-challenges-vs-adaptive-challenges
「Technical Problems and Adaptive Challenges」(Evander Strategy) https://www.evanderstrategy.com/resources/technical-problems-and-adaptive-challenges
「Recognizing Technical Problems vs. Adaptive Challenges」(Holly Zink) https://hollyzink.com/2025/02/28/recognizing-technical-problems-vs-adaptive-challenges-heifetz-linsky/
「Defensive routines as barriers to learning in organizations」(Bournemouth University) https://eprints.bournemouth.ac.uk/30162/3/Defensive%20routines%20final%20copy%20published.pdf
「Why Organizations Resist Their Own Evolution」(Adolfo Carreño) https://adolfocarreno.com/2025/10/20/why-organizations-resist-their-own-evolution/
「越境的学習のメカニズム」(Organizational learning through boundary crossing) https://www.jstage.jst.go.jp/article/jaas/32/1-2/32_47/_pdf/-char/ja
「Organizational Learning and Knowledge Management」(Sage Journals) https://journals.sagepub.com/doi/10.1177/03063070211038922
