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「わけがわからない」を早く解消したがる人たちが、実は一番大事なものを捨てている—越境先の"ザワザワ"が教えてくれること

こんにちは。德田 行伸と申します。 越境学習をテーマにしたシリーズの第2回です。

前回は、「なぜ越境が必要か?」という問い自体が、越境しない前提を温存してしまう危うさについて書きました。 今回は、実際に越境した先で何が起きるのか、そしてそこで生まれる感情をどう扱うかによって、学びの質が根本的に変わってしまう、という話をしてみたいと思います。

越境の経験をしている方たちは、皆同じことを口にされます。

「なんとも言えないザワザワがある」
「この違和感や感覚を言語化できない
」「なんだかこれまでの自分の足場がグラつきはじめて不安だ」

Minervaでは、参加者が自分の専門領域や日常業務から離れ、まったく異なるフィールドに身を置くフィールドワークを行います。 「狩猟」「水とケア」「つくる」といった、一見すると自分の仕事と直結しないテーマに向き合うなかで、多くの参加者がこの「ザワザワ」を経験していました。

私自身、組織のコンサルティングに携わるなかで、このザワザワに似た感覚を何度も味わってきました。 そしてこの感覚こそが、越境学習において最も重要な「入口」であり、同時に最もショートカットされやすいものでもある、ということを強く感じています。


1. 「ザワザワ」には学術的な名前がある

実はこの「ザワザワ」、学術的にはかなり研究されている現象です。

変容的学習論を提唱したジャック・メジローは、これを「ディスオリエンティング・ジレンマ(disorienting dilemma)」と呼びました。
日本語に訳すと「方向感覚を失わせるジレンマ」とでもなるでしょうか。これまでの自分の意味の枠組み——つまり「世界はこういうものだ」「自分はこういう人間だ」という前提——ではうまく整理できない出来事に遭遇することを指しています。

メジローの理論では、この方向感覚の喪失こそが、学びの第一歩だとされています。

これは少し不思議な話です。 私たちは普通、「学び」と聞くと、新しい知識を獲得すること、つまり何かが「増える」体験を想像するのではないでしょうか。
ただ、変容的学習が描いているのは、まず自分が持っている枠組みが「揺らぐ」こと。何かを得る前に、自分の足元が崩れるような感覚から始まる学びです。

越境して学習をしている方たちが「気持ち悪い」「わけがわからない」と語っていたのは、まさにこの「ディスオリエンティング・ジレンマ」の渦中にいたからなのだと思います。

普段の仕事では高い専門性を持ち、物事を的確に判断できる人たちが、フィールドワーク先では「何が正しいのか分からない」「自分の判断基準が通用しない」という状態に置かれる。 その居心地の悪さは相当なものだったはずです。


2. なぜ私たちは、ザワザワを急いで消したがるのか

ただですね、私自身この「ザワザワ」をすぐに処理してしまう癖があります。

何か分からないことに出会ったとき、すぐに「これは要するに◯◯ということだ」とラベルを貼ろうとしてしまう。既知の概念に当てはめて、「なるほど、理解した」と早々に着地しようとしてしまう。 コンサルタントという職務・職業病として、物事を素早く構造化し、分かりやすく整理することを求められる場面が多いからかもしれません。

ただ、越境学習の研究は、この「早い理解」の危うさについて繰り返し警鐘を鳴らしています。

越境学習のプロセスでは、ホーム(自分の本拠地)とアウェイ(越境先)を行き来するなかで、二つの異なる価値観の間で揺れ続ける「認知的不協和」が生まれます。 この不協和は心理的に居心地が悪い。だからこそ、多くの人はしんどさから逃れるために、分かりやすい答えで上書きしようとしてしまう。

「結局あの体験は、◯◯ということだったんだな」
「要するに、多様な視点が大事ってことだよね」

こうしたラベル貼りは、不快な揺れを鎮めてくれます。 ただし同時に、学習の駆動力そのものを手放してしまう行為でもあるのです。

組織学習と感情の関係を扱った研究では、学習プロセスの中で生じる不安やフラストレーションが「不都合な知識(uncomfortable knowledge)」として扱われると、組織はそれを回避し、学習を止めてしまうと論じられています。

これは個人のレベルでも同じことが起きている、と私は感じています。 ザワザワという不快な感覚を、論理の力で素早く「解消」してしまうと、その感覚が指し示していたはずの「自分の前提の限界」に触れる機会を、自ら閉じてしまうことになる。

言い換えると、ザワザワを急いで消すことは、せっかく見つけた宝の地図を「読みにくいから」という理由で捨ててしまうようなものなのかもしれません。


3. ザワザワの底に潜る——「内的越境」という営み

では、ザワザワを消さずに、どう扱えばよいのか。

越境学習と心理療法の接点を論じた知見では、興味深い区別がされています。 それは、「外的越境」と「内的越境」の二つです。

外的越境とは、文字通り自分のホームを離れて別のフィールドに出向く行為。Minervaのプログラムでも行っていたフィールドワークはこれにあたります。

一方、内的越境とは、外的な越境体験によって揺さぶられた自分の内面を、逃げずにじっくりと探索する行為です。 「なぜ自分はこの場面で不安を感じたのか」「なぜこの言葉に反発を覚えたのか」「自分が当然だと思っていた前提は、本当に当然なのか」——そういった問いを、自分自身の内側に向けて投げかけていく。

そして特に現代社会では「葛藤の中で踏みとどまること」が難しくなっています。 すぐに行動で解決しようとする。あるいは、感情を爆発させることで発散する。もしくは、論理で素早く整理して片を付ける。 どれも、ザワザワという感覚に「留まる」こととは違う営みです。

私はこの「内的越境」という概念に、とても助けられています。

外に出ることだけが越境ではない。 外で得たザワザワを手がかりに、自分の内面の奥深くに潜っていく。その往復運動の中で、初めて自分の前提が更新される可能性が開かれるのだ、と。

変容的学習論でも、ディスオリエンティング・ジレンマに遭遇した後、「批判的な自己省察」、つまり自分自身の前提を吟味するプロセスが起きて初めて、意味構造の変容につながるとされています。

つまり、ザワザワは「入口」でしかない。 その入口から先に進むためには、ザワザワに留まり、その底に何があるのかを探る時間が必要なのです。


4. ザワザワの先に立ち上がるもの

昨年から、Minervaの参加者の皆さんの姿を見ていて、とても印象的だったことがあります。

それは、フィールドワークの序盤で「わけがわからない」と戸惑っていた人たちが、プログラムの後半になると、自分なりの問いや意志を持ち始めていた、ということです。

最初は「なぜこんなことをやっているのか分からない」という混乱の中にいた人が、やがて「自分は実はこういうことに心を動かされる人間だったのかもしれない」「自分が本当に向き合いたい問いはこれだったのではないか」という形で、自分自身のWill(意志)を掴み始めていく。

この変容は、ザワザワを早い段階で「解消」していたら、おそらく起きなかったものだと思います。

ザワザワに留まり、その居心地の悪さの中で自分の前提を問い直し、少しずつ新しい意味づけを試していく。その過程を経て初めて、「やらされているのではなく、自分がやりたいと思えること」が輪郭を持ち始める。

組織学習の文脈でも、チームがこうした不快な感情を共有し、ともに意味づけし直すことができると、既存の権威構造や前提を問い直す集団的な学習につながる可能性が示されています。

ザワザワは、個人の変容だけでなく、組織の変容の起点にもなりうるのです。


ショートカットしたくなる気持ちと、ともに

ただ、最後に一つだけ。

ここまで「ザワザワを消してはいけない」「留まることが大事だ」と書いてきましたが、ザワザワをショートカットしたくなる気持ち自体は、とても自然なことだと思うのです。

不確実な状態に耐えることは、心理的にコストが高い。早く答えが欲しい。早くすっきりしたい。 その気持ちは、私自身も日々感じているものです。

ただ、もし越境という体験の中で「あ、いまザワザワしているな」と気づく瞬間があったら、それはとても贅沢な瞬間なのかもしれません。 自分の前提の「端っこ」に触れている証拠だからです。

その瞬間を、急いで通り過ぎるか、少しだけ立ち止まるか。 その選択の積み重ねが、越境から得られるものの質を、大きく変えていくのではないでしょうか。

次回は、このザワザワを経た先で、組織という場にどう持ち帰り、どう共有していくのかについて書いていこうと思います。


参考文献

  • Mezirow, J. 「Transformative Learning Theory」に関する解説(GauthMath) https://www.gauthmath.com

  • 「越境学習入門:ホームとアウェイの往還による学び」(Learn Forest) https://learn-forest.com/archives/introduction-to-transborder-learning.html

  • 「越境学習のプロセスと葛藤の役割」(ビジネスリサーチラボ) https://www.business-research-lab.com/220425-2/

  • 「Emotions and Organizational Learning」(CiteSeerX) https://citeseerx.ist.psu.edu

  • 「Emotion and Learning in Organizations」(NTU Repository) https://irep.ntu.ac.uk

  • 「越境と内的越境——心理療法と越境学習の接点」(note: utsuru_s氏) https://note.com/utsuru_s/n/nfb90521adba4

  • 「Transformative Learning: Theory to Practice」(New Prairie Press) https://newprairiepress.org

  • 「Transformative Learning and Disorienting Dilemmas」(ERIC) https://eric.ed.gov

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