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「越境学習者は2度死ぬ」|外で変わった人間が、元の職場で味わう"2回目の死"と、その先にある可能性

こんにちは。德田 行伸と申します。 越境学習をテーマにしたシリーズの第5回です。

前回は、越境とは「ホームを捨てる冒険」ではなく「帰りたい場所が増えていく旅」なのではないか、という話を書きました。 今回は、その旅から帰ってきた後に待っている、あまり語られない「もう一つの試練」について書いてみたいと思います。

越境学習の世界には、こんな言い回しがあるそうです。

越境学習者は2度死ぬ」。

1度目は、アウェイに飛び込んだとき。自分の前提が通用しない世界に放り込まれ、これまでの自分が一度壊れる経験です。これについては第2回の「ザワザワ」の話で触れました。

そして2度目が、ホームに戻ったとき。

外の世界で変容した自分が、変わっていない元の組織に戻ったとき、そこに待っているのは「歓迎」ではなく、しばしば「疎外」なことがあるのです。

この2度目の死は、1度目よりもずっと孤独で、ずっと語られにくい。 今回はこの「帰還者の孤独」について、なぜそれが起きるのか、そしてそれをどう受け止められるのかを考えてみたいと思います。


1. なぜ「話が通じない」と感じてしまうのか

越境から戻ってきた人が最初に感じるのは、多くの場合「温度差」です。

自分が外で経験してきたことの衝撃や興奮を伝えようとしても、元の職場の同僚にはそれがうまく伝わらない。「へぇ、面白い経験をしたんだね」という穏やかな反応が返ってきたとき、言葉にしにくい孤独感を覚える。

もっと厄介なのは、越境者自身が元の職場に対して「古臭い」「なぜこんな非効率なことをまだやっているのか」という苛立ちを感じてしまうケースです。

外の世界で新しい視点を得たからこそ、これまで疑問に思わなかったことが急に気になり始める。それ自体は学習が起きた証拠なのですが、その視点を元の職場にぶつけたとき、「この人、外に出たら急に上から目線になったな」と受け取られてしまうことがある。

越境学習の研究では、この帰還後の違和感は「学習が起きたことの正常なサイン」として位置づけられています。 ホームとアウェイを往還する過程で、価値観や行動様式が変容した学習者が、帰還後にホームに対して違和感を抱くのは、むしろ変容がきちんと起きている証拠なのだ、と。

ただ、「正常なサインだ」と分かったからといって、その孤独感が和らぐわけではないのが難しいところです。


2. 組織の免疫反応が、帰還者を「異物」にする

前回、前々回と「組織の冷却装置」や「場の暗黙のルール」について書いてきましたが、帰還者が直面するのはまさにこの力学です。

社会心理学の知見では、越境によって新しい価値観を持ち帰った人は、ホームに残っていた人たちから「内集団」ではなく「外集団」に近い存在として見なされることがあるとされています。

これはとても示唆的な指摘だと思います。

つまり、越境者は物理的には「帰ってきた仲間」なのに、心理的には「外の価値観を持ち込んできた人」として扱われてしまう可能性がある。 そしてその人の提案や問いかけは、「自分たちのやり方への攻撃」として受け取られやすくなる。

「今までのやり方でうまくいっているのに」 「社風が変わってしまうのではないか」

こうした反応は、研究では「象徴的脅威」、つまり自分たちのアイデンティティや慣れ親しんだ秩序が揺らぐことへの脅威として説明されています。 これは組織の防衛的な免疫反応であり、第1回で書いた「冷却装置」のもう一つの顔です。

ここで大事なのは、この免疫反応は「悪意」から生まれているわけではない、ということです。

ホームに残っていた人たちにも、彼らなりの文脈と合理性があります。越境者がいない間も、日々の業務を回し、組織を維持してきたのは彼らです。 そこに「外から見たら、ここってこうだよね」という視点を突然持ち込まれたら、防衛的になるのは自然な反応だと思います。

問題は、この構造を誰も悪者にせずに、どう乗り越えるかです。


3. 帰還者を「変な人」にしないために

越境学習の実務において、帰還後の孤立を防ぐための議論がいくつかなされています。 その中で、私が特に重要だと感じている視点が二つあります。

一つ目は、帰還者の孤独を「前提」として設計に組み込む、ということです。

越境者が戻ってきたときにアウェイ感を覚えることは、例外ではなく常態である。 であれば、事前に「戻ってきたら一時的に居心地が悪くなるかもしれない」と伝えておくことや、帰還後にピアコミュニティ(同じく越境を経験した仲間同士のつながり)を用意しておくことが有効だとされています。

二つ目は、帰還者個人に変革の責任を背負わせない、ということです。

これは、私自身が組織支援の現場で何度も痛感してきたことでもあります。

越境者が一人で「うちの組織はこう変わるべきだ」と旗を振っても、それは「変な人が変なことを言っている」で終わってしまうリスクが非常に高い。 そうではなく、越境者の学びを、上司や人事、同僚も含めた場で一緒に意味づける「振り返り対話」を設定することで、「一人の異端児の問題」を「組織全体の問い」に引き上げることができる。

越境学習の壁を扱った解説でも、変化を進めるためには越境者だけが変わるのではなく、周囲のメンバーにも「なぜ自分はこの提案に違和感を覚えるのか」「自分の考えの根拠は何か」という内省を促すことが重要だと指摘されています。

つまり、送り出す側も「当事者」として巻き込まれる必要がある。 越境学習は、越境者だけの旅ではなく、組織全体が「自分たちの前提を問い直す」旅の一部なのだ、ということです。


孤独は、対話の種になりうる

帰還者が感じる孤独について、ここまで書いてきました。

最後に一つだけ、希望のようなものを添えたいと思います。

帰還者が「話が通じない」と感じる孤独。ホームに残った人が「あの人は変わってしまった」と感じる戸惑い。 この二つの感情は、どちらも相手への期待の裏返しなのではないか、と私は思うのです。

「分かってほしい」「一緒に考えてほしい」「この場所をもっと良くしたい」。 そういう願いがなければ、孤独も戸惑いも感じないはずです。

だからこそ、帰還者の孤独をそのまま放置するのでも、無理に解消するのでもなく、「なぜ私たちの間にこのギャップが生まれたのか」をともに探る対話の材料にすることができたら、それは組織にとってとても貴重な学習機会になるのではないでしょうか。

越境者が外で得たものと、ホームに残った人たちが守ってきたものの間にある緊張関係。 その緊張を「問題」として処理するのではなく、「対話の種」として育てることができるかどうか

そこにこそ、越境学習が組織にもたらす本当の価値が眠っているように感じています。

次回は、こうした越境のプロセスを、組織としてどう設計し、仕組みとして回していくかについて考えていきます。


参考文献

  • 「越境学習入門」(ラーンフォレスト) https://learn-forest.com/archives/introduction-to-transborder-learning.html

  • 「越境学習が組織革命を起こす」(ボルテックス) https://www.vortex-net.com/v-column/post-5415/

  • 「越境学習の新視点:内集団・外集団の知見から考える」(ビジネスリサーチラボ) https://www.business-research-lab.com/240322/

  • 「越境学習の壁を乗り越える:社会心理学的アプローチ」(ビジネスリサーチラボ) https://www.business-research-lab.com/240423/

  • 「『つむぐ、キャリア』で意識すべき学び——越境学習の視点」(マイナビキャリアリサーチLab) https://career-research.mynavi.jp/column/20240124_68232/

  • 「越境がもたらすのは『学習』ではなく『自己の拡張』である」(日本の人事部) https://jinjibu.jp/article/detl/tieup/3985/

  • 「越境学習をイノベーション創出につなげるために」(経済産業省) https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinzai/shukkokigyo/jireisyu.pdf

  • 「省察(リフレクション)で新たな気づきをもたらす 越境学習の効果とは」(日本糖尿病教育・看護学会学術集会報告, J-STAGE) https://www.jstage.jst.go.jp/article/jaden/26/1/26_73/_pdf

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