8月の読書予定と7月の反省会議
さあ、8月ですね。
8月の読書予定と7月の反省を。
7月の目標は以下を読むことでした。
クルティウス『読書日記』
カルヴィーノ『なぜ古典を読むのか』
『今昔物語集』
岡本かの子
まあ、いつも通りに予定は殆ど無視されて、
バルガス=リョサ『緑の家』
ウラジミール・ナボコフ『ニコライ・ゴーゴリ』
嵐山光三郎『文人暴食』
多田智満子『魂の形について』
などを読んでいました。
ああそうだ、スマホに入っている pdf で、渡辺一夫や小林秀雄も少し。
読んだと言っても読了という形にはならなくて、これらのものから連想を広げたような時間でした。
またなんだかどうにも力が出ないようで、ゲームをかなりやりました。
Dying Light というゾンビが出てくるもの。パルクールで街中を駆け抜けて、対抗ウィルス剤やその設計図や機密文書を探すようなもの。
よくあるハリウッド脚本で書かれたようなもので、公的機関のエージェントがゾンビウィルスに汚染された街に潜入して、その組織に嫌気がさして、街側の人たちのために働くようなものですね。
ありがち過ぎて、むしろ体に馴染むというか、まったく考えなくていいことが心地よいようなものです。
ハリウッド脚本の凄いところは面白さや示唆に富むということではなく、それが市場を席巻してしまったことです。ああいう脚本があまりに普通で、あの型で納得することですね。サッカーや野球がなぜあんなにも認知されているのか、それはあれらの市場が作られているからですね。
とにかく、時間をやり過ごさなければ、胸のざわざわが取れない感じ。それをゲームで先送りにしている感じ。
そういう感覚で7月の読書と、ゲームのシナリオ読みは終わりました。
8月はどうしようか。
8月も半ばなどになると、夏へ向かって読むというよりも、秋を招き入れるように読みたいような。
夏は長ければ一か月半も続くでしょうか、夏というよりも暑さですかね。
なんだか真正面から夏と付き合って読書はできない。私の心理はそういう感じですから、さらっとしたものをかき氷やそうめんのように読みたい。
エッセイでも読もうかな。
今、横にあるのは、
吉行淳之介
金子光晴
開高健
長田弘
吉田篤弘
ああ、そうだ。
むしろ、チャールズ・ラムあたりから読もうかな。
前時代的な空気の中に浸ってもいい。
外国のコラムやエッセイを読むのもいいかな。
エッセイではないですけれど、ラムの近くに、オクタビオ・パスやル・クレジオなんかもある。読まなければと思ってはいる。しかしまあ、この三者を私はたぶん読みたくて読むのではなく、読んだということで一応、顔向けが出来る、という誰へ向けてのものかわからない感覚で、読むべきだと思っているらしいです。
吉行淳之介も一回読まないとなぁ、と思っている。
有名なものをいくつか読んで、繊細さはあるのだけれど、書き方が新聞記者や雑誌の頭、腕の動きが混じっている気もして、私はあまり奨めない。
というのは、自分のダラしなさを繊細に書いて、それを記者の手で整理しているという感じ。それをちゃんと売り物にしている感じ。それで生き通したのは憎めないけど気味は悪いという感じ。
こんなことを言うと、自分にも刺さりますけどね。
村上春樹なんかが確か好きな作家として挙げているはず。
私は村上春樹をあまり良いと思っていないけれど、意外に村上の話を知っていて、世間に広まるとはこういうことかと思ったりします。
エッセイ集は家にかなりあるから、少しずつ読まないと。
買うだけ買って全く読んでいないという。
光文社古典新訳文庫なんかも読んでみようかな。
「現代に生きている言葉を」
でしたっけ?
そういう意図で訳して、実際には訳文が軽くなっていることが多いですけれど、夏にはいいのかもしれない。
目につくところに、
モラヴィア『同調者』
レールモントフ『現代の英雄』
ヴォルテール『哲学書簡』
がある。
イタリアのものというのは、正直に言うと、『神曲』、ボッカッチオ、ヴィーコ、クローチェ、エーコ、アガンベンくらいで殆ど読まない。
読むとすれば、イタリア旅行記を読むようなもの。だからこの機会にモラヴィアはいいかもしれない。
そうか、ヴィーコやクローチェを忘れていた。クローチェは特に結構持っていたはず。もっと読まないとなぁ。
今、顔を横向けて、窓の外を見やると、その途中に、『メルロ=ポンティ・コレクション』が素知らぬ顔で紅茶を飲むような佇まいで居ます。
声を掛けて欲しそうにして澄ましているから、なんだかかまってあげたいような気持になります。
ポンティがそうだとは言わないけれど、現象学的に頭を働かせたとき、またはそういう学派的なものではなくても、分類的に考えたりしたとき、私は何か不全をより強く感じる。
不可知の領域の余白を消したり整理したりしていく運動で、頭の中でそれらに納得がいっても、むしろその余白がより大きく意識されてくるようで、本当に照らしているものは不全感になるようなところへ投げ出される。
自分で人質にとって、その自分とネゴシエートを始め、交渉の進展が納得や成果になっていく工程は、ゲームのタスクと変わらない。
ポンティは夏の中では先送りですかね。
あとやっぱり今月も『今昔物語』かな。
芥川が創作の源泉にして、
「僕は今昔物語を広げるたびに当時の人々の鳴き声や笑い声の立ち昇るのを感じた。のみならず彼らの軽蔑や憎悪、例えば武士に対する公卿の軽蔑、それらの声の中に交っているのを感じた」
みたいなことを書いていた記憶。
芥川の文章で長いものは書けない。書けたときにはバランスを崩すか、酷く込み入っていることで長くなる。進展するものではない。
その源泉を感じながら、夏の中でさらっと読みたいですかね。
ということで8月の目標は、
エッセイ集 ラム、吉行とか
モラヴィア『同調者』
『今昔物語』
ということにしました。分量はないですけど、暑さをやり過ごす感じでいきたいと思います。
皆さんも体に気を付けて、この夏を乗り切りましょう。
ほどほどに。
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