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短編小説|【No.0】ファントム

「今日、うち来るか?」と聞くと、坂本は少し戸惑った顔をした。

「いやでも、奥さんと子どもがいるだろ」
「平気だよ。連絡しとくから」

間髪を容れず香にメッセージを送る。正直、俺が坂本に来て欲しかった。

坂本は数少ない「サウザンドオブクリーチャーズ」仲間だ。

カードゲーム「サウザンドオブクリーチャーズ」は、マンガやアニメにまで展開し、世界中に数多くのファンが存在する。しかし、熱中するのは小中学生の男子ばかりで、大人になると大抵その熱は冷めていく。

俺はサウクリオタクの中でもフィギュアコレクター。なかなか理解してくれる同士は現れなかった。それが社会人になってから、まさか同期にサウクリ好き、しかも同じフィギュアコレクターに出会えるとは、思ってもみなかった。

先日、フリマサイトで超激レアなクリーチャーを手に入れた。 

【No.0】ファントムは、開発者が一番初めに作ったクリーチャーで、カードゲームやマンガ、アニメには一切出てこない。その姿も憶測でしか語られておらず、実際に見たものはほとんどいないという。

その幻のフィギュアが手に入ったのだ。この良さをわかってくれる奴は坂本くらい。それで半ば強引に自宅に招いたというわけだ。

新橋から三十分。JRのA駅が自宅の最寄り駅だ。北口から出てまっすぐ十分ほど歩くと現れるファミリー向けマンションは、築年数は割といっているが最近改修工事がされて見た目は綺麗だし、中はほとんど新築といっても差し支えなかった。

「やっぱり迷惑なんじゃないか?」
「ここまで来といてなに言ってんだよ」

坂本の手には人数分のケーキが入ったビニール袋が握られている。気遣いはいらないと言ったのに、手土産がないからせめてコンビニでデザートを買いたいと言って聞かなかったのだ。

「ただいまー」
「すみません、お邪魔します」

挨拶もそこそこに、早速俺は坂本を自室へ招いた。

「うーわ! まじかよ!」

ファーストリアクション、百点。思わず笑みが漏れる。

俺の部屋は、壁一面にクリーチャーがNo.1からNo.1000まで綺麗に並べられている。サウクリファンには堪らないはずだ。

坂本はひとしきり眺めた後、「それで、No.0は……?」と、すけべ心丸出しに言う。

「わかってるよ」

俺は満を持して押し入れからクリアケースを取り出した。

「これが噂のファントムだ」

坂本は口をぽかんと開けて固まった。

「なにも、入ってないけど?」
「見えないのか?」
「逆におまえにはどう見えてるんだ?」
「どうって、人型のようでもあるし、ドラゴンのようでもあるし、見たときによって違うんだ。それがファントムなんだよ」

坂本は目を瞬かせ、しばらく黙っていたかと思ったら、急に腰を上げた。

「もう遅いし、そろそろ帰るわ」
「せっかく来たんだから、一杯くらい飲んでけよ」

俺は帰ろうとする坂本をリビングに誘う。

「おい春馬、おもちゃが出しっぱなしじゃないか。悪いな坂本、散らかってて」

冷蔵庫からビールを二つ取り出し、テーブルに置く。

「妻の卵焼きがめっちゃうまくてさ、おい香。ちょっと作ってくれよ」

坂本はさっきからそわそわと視線を左右に漂わせている。

「どうした?」
「奥さんと子どもは、いまどこに?」
「は? 妻の香はキッチンでつまみを作ってるし、春馬はずっとそこでパズルをやってるじゃないか」

俺は後ろを振り返る。

「最近、百ピースのやつができるようになったんだよな?」

坂本の方に向き直ると、彼は表情を失っていた。

「おまえ、本気で言ってるのか?」
「なにが」
「この部屋には俺とおまえ以外、誰もいねーよ」

その瞬間、硫酸をかけられたみたいに脳が泡立つのを感じた。そして、さっきまでキッチンにいた香が消えた。振り返ると、春馬の姿もない。

「盗ったな?」
「え?」
「おまえが俺の妻と息子を奪ったんだ」

キッチンへ行き、包丁を手にする。

「おい、馬鹿なことはよせ」

坂本は懇願するような目を向けるが、躊躇いはなかった。俺は知っていたから。こうするしか他に手はないことを。

「【No.444】リバイバルファラオ。能力:生贄を1体捧げることで死者をすべて復活させる」

包丁が体内へと沈み込んでいく感触は、どこか懐かしい感じがした。

「坂本さん、どうしたんすかね」

自販機で飲み物を選んでいると、三つ後輩の梶ヶ谷が声をかけてきた。

「なにが?」
「知らないんすか? 坂本さん、もう一週間も無断欠勤らしいすよ。電話も繋がらないし。なんかあったんじゃないですかね」
「坂本ならあそこにいるだろ」

俺はカフェスペースの一角を指差す。

「あの赤いソファのところ。観葉植物の隣」

会話をしているにしては明らかに不自然な間があった後、梶ヶ谷がか細い声で言う。

「誰もいないすけ……」
「おいおい、坂本は唯一趣味が合う大事な同期なんだ。勝手に殺さないでくれよ」

俺は笑いながらポケットに入っているカッターに手をかけた。

(文字数1,999文字)


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