一般社団法人BowLの歴史をつまびらくインタビューシリーズ第2章:種蒔期|2015年〜2017年(後編)
本記事は、一般社団法人BowLの歴史を紐解く「つまびらきプロジェクト」を立ち上げられた徳里政亮さん(まっきー)にお声がけいただいてスタートした、BowLの歴史を紐解くインタビューシリーズ第2章の後編です。
前編・中編の記事は以下のリンクをご覧ください。
インタビューシリーズ第2章の後編にあたる今回の記事では、浦添市に続いてオープンさせた首里市事業所を一度クローズし、その後どのように組織基盤を整え、次の一歩に踏み出していったのかについて伺いました。



また、これまでに公開した一連の記事は以下のマガジンにも掲載しています。記事の一覧をご覧いただきたい場合はこちらをチェックいただけると幸いです。
引き算から、BowLの基礎固めへ
BowLのめざす支援とは?
まっきー:
2017年は、BowLはどうしていきたいんだろう?進みたい方向って何だろう?ということを、考えて言葉にしていってる時期だなと思います。
チームメンバー全員で、外部アドバイザーであるみぃちゃん(由佐美加子さん)から継続的にU理論やメンタルモデル、また、NVC(非暴力コミュニケーション)のトレーニングを受けたり、メンバーそれぞれが個別セッションを受ける中で「対話するってこういうことなんだ」って身を持って体験している時期ですね。
U理論(Theory U)とはマサチューセッツ工科大学C・オットー・シャーマー博士(C.Otto Sharmer)によって提唱された経営理論です。
過去のベストプラクティスからではなく、今ここにあるものを観察、内省することで出現する未来から学習し、行動するという一連のプロセスをアルファベットのUの字になぞらえて説明しています。
また、過去のパターンを脱却し、新しい未来を作るために個人の内省を進め、内面の変容を遂げることで、個人が関わる組織、コミュニティ、社会にまで変化を及ぼしうるといいます。
由佐美加子さんは、中土井僚さん(オーセンティックワークス株式会社)と共にオットー・シャーマー博士の書籍を翻訳出版し、国内におけるU理論の普及啓発に尽力された人物です。
会議や議論と違って、対話の場ではジャッジも手放して、お互いにあることを出していいんだよ、まずはチェックインからスタートしてみようと。そういうことが身に沁みていってる時期です。
2016年のカオスから、孵化に向かって準備してる状態。

また、より予防に焦点を当てた事業を展開するために、隣接する領域の学びもスタートしていました。
前野隆司さんの提唱する「幸福学」もその1つです。
ちょうどその頃、沖縄県は幸福度が高い県である、という取り上げ方をされることが増えてきていました。沖縄の平均年収は全国最低で、失業率は全国最悪にもかかわらず、という形で。沖縄だから幸福というわけではないし、支援の現場を見るとうつ病患者は多くいて、大変な状況もありました。
BowLとしては、うつになるかならないか、という次元を超えて「幸福に働く、幸福に生きる」というアプローチはとても興味深くて、2017年3月に慶應大学三田キャンパスで開催された「shiawase2.0 シンポジウム―シアワセな世界を創ろう―」に参加しました。
また、2017年7月には予防医学研究者である石川善樹さんを沖縄に呼んでセミナーを開催してました。
こんなふうに一見、うつに対する支援とは直接関係はないけど、BowLの方向性に必要な視点を学び、視野を広げていった時期ですね。
幸福学やウェルビーイングは現在も働き方、生き方全般で注目されるコンセプトだし、予防医学という考え方はビジネス領域にも応用することができる。
2017年は、ティール組織などにはまだ出会っていないものの、その架け橋になるアイデアに触れ始めたタイミングですね。
社会への発信
まっきー:
もう一つ印象に残っているのが、2017年5月の「O+Connecting Okinawa」(オープラス)というイベントに参加したことです。

JALグループの沖縄現地法人である日本トランスオーシャン航空(JTA)の特別機で宮古島に向かい、沖縄県出身者で、国内や海外で活躍するアーティスト、スポーツ選手、起業家が登壇するプレゼンテーションイベントで、沖縄の価値の発信や人材育成を高めていこう、というイベントでした。
この時はじめて、日本国内で事例の少ない地方のメンタルヘルスの総合支援企業としての株式会社BowLの経営理念・経営指針について、広く社会に発信することができました。
宮古島に向かう機内には抽選で選ばれた50人と招待客50人をはじめ、約150人が搭乗していて、ニカさんは機内プレゼンのトップバッターでした。



この企画に僕は資料作りから関わっていて、竹林に着想を得た「レジリエンス」の大切さや、それらを踏まえたBowLのフィロソフィー、メッセージを伝えることができました。
この時、何か視界がパッと開けたような気がしたんです。
2015年、2016年を振り返ると暗いトンネルの中にいたようだけど、これをきっかけに希望の光が見えた気がしました。
新たな組織の制度設計に挑戦休暇の取得
まっきー:
首里閉鎖を決めてから、そもそもBowLとして大切にしたいことは何だろう?を考え、言語化する過程で、まずは管理してきたことを、一つひとつ手放していこうとなりました。
この頃ニカさんは、元ソニー取締役の天外伺朗さんからも学ぶ機会があり、彼が唱える「考えない、判断しない、行動しない」の実践にチャレンジしていました。
もちろんbowl +をはじめ、ビジネスをどう展開するかも考えていたけど、まずBowLのめざす支援や企業のあり方を反映した制度設計から取り掛かることになりました。
初めは休暇の取得についてです。まずは「時間休の導入」から始まりました。
自治体組織では実装されはじめていた1時間単位の休暇取得制度を、BowLでも導入することを決めました。民間の中小企業ではほとんど事例として見られなかった制度です。
1〜2時間の休暇取得で用事も済ませて仕事にもちゃんと向き合えるようになり、働き方がだいぶ変わったよね、という声が出てきました。
そしてこれに続いて「休暇の申請と承認」についても扱いました。
当時は上長承認が必要で、ニカさんに休暇取得の申請をするプロセスでした。つまりこの管理を手放そうという試みです。
管理を手放すかわりに、休暇取得について、皆と話し合って決めてみよう。話し合いの結果、OKとなったら取得できる。
さらには、「休暇の取得上限を撤廃していいのでは?」という考えも出てきました。
「そんなことが成り立つのか?」
このやり方は社員一人ひとりの相互扶助でないと成り立たないものです。
ニカさんと話し合っている段階でも恐れはありましたが、最終的にはニカさんの「みんなを信じてやってみよう」が決め手となり、「休暇取得の上限撤廃」をはじめました。
実際にこれを実装してみると、確かに全体の休暇取得数は増加しました。だけど蓋を開けてみると、年間取得数が20日を超える取得者はいませんでした。
互いの相互扶助の上に成り立つよう制度設計したことで、誰か特定の人が突出して取得するのではなく、全体が平均的に休めるようになったのです。
管理しないことが自然だし、楽だなと実感できました。このプロセスを通じて、管理を手放し、信頼に基づいた制度作りに近づくことができました。
皆で対話をしながら制度づくりに取り組む素地が出来上がってきたように思います。
賞与と評価に関する試行錯誤
まっきー:
休暇の取得の後は、賞与についても管理、つまり人事評価を手放すことにしました。
創業以来、ニカさんが社員全員と1on1をして人事評価し給与・賞与を決めるという一般的な制度でした。
しかし、それをニカさんから辞めようと言い出したのです。「人が人を正しく評価できるのか?」という自問自答を繰り返した上での結論でした。
そこでまず、人事評価を手放した報酬制度の策定に取り掛かりました。方向性が決まるまでは定期昇給は中断し、月例給は据え置きとすることにし、全メンバーから承認を得ました。
そして、賞与制度を先に変えることになります。人事評価ではなく、メンバー間で互いの仕事ぶりを評価しあい、投票によって決定するプロセスを試してみました。
すると、新卒入社の若い社員が1位に、一方で創業時から支えてくれてたキャリアのある社員が最下位となってしまったのです。
これは、ニカさんという1人のリーダーシップによる評価であれば起こらない出来事でした。
これを受けて、なんとなくの印象だけで投票するのではなく「半年間の自分の実績について対話による振り返りをした上で投票する」という制度に修正を加えました。
すると、半年間の実績について気合いの入ったプレゼンをした人と、そうでない人に二分され、プレゼンに対する熱量の差が歴然と現れました。半年の自分の仕事の実績よりも、プレゼン等で目に見えるアクションの数が多い人が1位になる、という結果になったのです。
経営者視点で組織を俯瞰したとき、目に見えないけれど重要な役割や責任をになっている場合があります。そして、それらは単に業務をこなす以上の価値を生んでいるものでもあるのだけど、社員視点ではそういった目に見えない領域を見て評価して投票する、ということが難しかったのです。
賞与に関しては、本来意図していなかった傷つく人が出てしまう事態になりましたが、この構造を打破するためのアイディアを見い出せずにいました。
結果、相互評価による投票を辞め、賞与は全社員で均等割にするという形で、一旦落ち着かせました。
僕も当時、ニカさんと共にトップダウンを手放そうとしていた時期だったので、「ここは我慢してみよう」となったのを記憶しています。
ニカさん:
当時のメンバーは大変だったよね。
今は、報酬システムは安定していて「売り上げが上がれば給与も賞与も上がるという」シンプルな設計になってる。
あの揺らぎのプロセスがあったから、今があるといえるけど、当時の皆は「なぜニカさんは判断してくれないんだ」と思っていただろうね。
今思うと、相互評価と投票は、不要な効力感と無力感を助長させてしまった。
評価される側は「こんなに頑張ったんです」とそこで張り切ったり、評価されなかった場合「自分は貢献できてないんだ」と落ち込んでしまったり。その結果、傷つく人も出てしまった。
制度設計する側が未熟だとこうなるんだな、申し訳なかったな、と気づけたね。
―ここまで休暇取得や給与、賞与に関する制度づくりについて伺ってきました。また、一度やってみて細かい修正や何度も制度の作り直す様子も伺えました。制度の作り方に関して、特に心がけていた部分はありますか?
ニカさん:
今も共通しているのは、1人の困り感にはじまり、全体に落とし込んでいくこと。
1人の困り感を解消できる新しい制度を作ったら、その当事者が率先して使うでしょう?
そして使えば使うほど不備が見えてくるから、それを受けて細かい修正をかけていく。これの繰り返しですね。つまり、1人の困り感がモデルケースとなって発展していく、このプロセスがとても重要。
―まさにホラクラシーで実践されるような、現場で起こるテンション(違和感)を直ちに組織構造の改善・作り直しに反映していくような迅速なプロセスですね。
ホラクラシー(Holacracy)は、HolacracyOne社のブライアン・ロバートソン氏らによって開発された組織運営法であり、組織のパーパス実現のために日々の仕事上で起こる違和感(テンション)を、即座により良い組織構造や仕事の進捗へと繋げる仕組み・やり方が設計されている。
フレデリック・ラルー「ティール組織」(英治出版)の中でも事例として紹介されており、国内最大規模の事例としてGMOグローバルサイン・HD全体550名超での導入・実践などがある。
ニカさん:
はい。しかし一方で、時間が経ってから不具合がわかってくるものもありますね。事業所を増やしたことによる不具合も、オープンから1年ほど経ってからあらわになったし。
それが顕著だったのは、2017年頃から力を入れはじめた、支援面における専門性を獲得するプロジェクトでした。リワーク分野においてより体系的にスキルアップを図ろうとその道の第一人者である専門家を呼んで、アドバイザーを務めてもらった時期がありました。
直接、専門家より指導を受けることで次第に教科書通りの専門性が身についていくわけですが、同時にBowLらしさが失われてないか?と感じる瞬間も多くなったのです。
先に話したように、BowLには既存の精神保健福祉のやり方を踏襲している部分と、その枠とは異なる独自の実践を行っている部分の両方がありましたが、その独自の部分を否定されたり、知らないうちに教科書的に修正されたりして「あれ、BowLらしさ、なくなってない?」と感じたのです。
それに明確に気づいたのは2年後でした。ホラクラシーの実践を始めてロール体制で仕事をする頃になってようやく顕在化した課題でした。
2015〜2017年のBowLとは?
―ありがとうございます。改めて、お二人にとって2015〜2017年とはどのような時期だったでしょうか?
ニカさん:
この頃は拡大路線に乗り出したけど、その後はあえて一旦縮小して、内部固めに取り組んでいましたね。そして、日々テンション(違和感)を抱えながら、未来へ向かってる時期です。
組織づくり、リワーク、支援のあり方を変えようと意識が向いていて、見据えているのは明確に「予防」となっていた。
まっきー:
僕は、民間企業や官公庁向けの支援も本格化していく時期で、福祉サービスを飛び越えた支援にチャレンジしていた時期だと感じています。そして、BowLが本当にやりたかったことに向かっていた。
それから、病気そのものを見るんじゃなく、症状、状態を見るということも意識し始めています。
健康的な部分ににどう目を向けるか?
その人が持ってる良さにどう目を向けて支援するか?という問いについて皆で対話し、研修生と向き合いながら理解を深めていった、まさに転換点であり、カオスからの基礎固めの時期ですね。
2015〜16年は暗いトンネルにいるような状態で、正直なところ当時のことを一番よく覚えていない時期でしたが、2017年の話をした瞬間、トンネルから抜けるような感覚「光が見えるような感覚」がありました。
ニカさん:
「よく覚えていない」っていうのもわかる気がして、本当に喜怒哀楽含めて色々なことが起こったからじゃない?
まっきー:
家に帰ってもずっと仕事のこと考えてたもんなぁ。
でも、2017年以降はBowLだけじゃなく、僕自身も開けてる。
それ以前はどうすればいいのか?自分は何がしたいのか?についてモヤモヤがあったけど、自分としてこうしたいというものが明確になってきた気がします。
この頃からニカさんと一緒に県外に出張して学ぶ機会も多くなってきて、それ以前までのある種「上司部下のような関係」から「対等に経営について話合う関係」へと変容していく自覚も出てきました。
ニカさん:
電話も相当減ったんじゃない?
まっきー:
確認や承認の電話ですね。今は本当に必要な時にしか電話しなくなりましたね。もちろん、必要な時は時間も場所も選ばずにやるけど。
そう思うと、やっぱり2015〜2016年の辛かった経験もすべて、今に繋がるために必要な時期だったと思います。
芋虫がさなぎになる時、その中で中身は一旦、全部ぐちゃぐちゃになるという話がありますよね。そのさなぎの状態から孵化するための準備……カオスになりながら混ぜまくってるような感じですね。
ニカさん:
2015〜2017年のイメージで言うと、バネがぎゅーっと縮んでる。これを一生懸命やってる感じです。
バネが跳ね上がってポンと上に行くには、この凝縮が大事だから。それは、目の前で起こっていることに対して判断をせず、その場に留まる保留の実践の時期でもあったと思う。
そして、BowLの経営において初めて「引き算」を思い切って実践した。自分が信じる経営哲学にずっとあった「引き算」が、初めて事例としてポンと出て以来、ためらわずにそれをやれるようになった。
思えば「BowLにおいて変化が早い」と皆が言うのは、この引き算を実践するときに出る声かもしれないね。「え?辞めるの?続けないの?」と考えるのも無理ないよね。
ただ、引き算した後にはまた新しいものが出てくるから、やっぱり大切なんだよな。この引き算については、また改めて時間を取って、深掘りしてみたいですね。
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次回、インタビューシリーズ第3章に続きます。
これまでに公開した一連の記事は、以下のマガジンにも掲載しています。記事の一覧をご覧いただきたい場合は以下のリンクをチェックいただけると幸いです。
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