天神祭の源流へ④
佐久奈度神社を後にして
鹿跳橋(ししとびばし)を渡り
瀬田川沿いに北上、
琵琶湖を目指します。
鹿跳渓谷のあたりは濁流でしたが
次第に川幅が広くなり
水の流れも穏やかになってきました。
やっぱり佐久奈度神社のあたりが
いちばん流れが激しくなるようです。
石山寺を素通りして(敷地広い!)
瀬田の唐橋(せたのからはし)へと。
Geminiのポル先生が見ておいたほうがよいと教えてくれた場所ですが
下調べがちゃんとできておらず
どこに車を停めたらいいのか。
しばらくそのあたりをぐるぐる。
橋のたもと、何かしらの建物の前に一旦停めて
写真だけぱぱっと撮ってすぐ出発。
看板があったけど読む暇もないので
とりあえず写真だけ撮りました。


瀬田の唐橋
俵藤太秀郷むかで退治
豪傑の誉れ高き秀郷は、誰もが恐れていて近寄りもできなかった瀬田橋に横たわる六十六メートルの大蛇の背をやすやすと踏み越えた。 すると大蛇は爺さんに姿を変えて秀郷の前に現れた。何事かと話を聞けば、三上山に7回り半も巻き付いた大ムカデが夜な夜な琵琶湖の魚を食いつくしてしまい、人々が大変困っているという話。しかしあまりにも凶暴な大ムカデを恐れて誰も退治できずにいる。そこで爺さんは大蛇に姿を変えて勇気のある豪傑を待っていたと言う。秀郷は、こころよく大ムカデ退治を引き受けた。秀郷の射た矢が見事に大ムカデの眉間を射貫き、 大ムカデは消え失せた。この秀郷の武勇をたたえて爺さんが招待したところが瀬田橋の下、竜宮であった。琵琶湖に暮らす人々を守るべく二千年余昔から瀬川橋に住むという。漁民の暮らしや、豊かな実りある近江国をこの竜宮から見守ってきたという。秀郷は一生食べきれないほどの米俵を土産に竜宮を後にした。そこから「俵藤太」の名が付けられたとされている。
日本語がちょっと下手でわからん。笑
本当の姿は大蛇なの?爺さんなの?
それとも竜?
俵…
佐久奈度神社の外の祠にいた白馬の足元にも
俵のようなものがあったよね?
そして、琵琶湖に竜宮あるん!?
湖底遺跡!?
琵琶湖、たしかに湖としては大きすぎるし
謎なんよね。
イチキシマヒメを祀っているところに
弁天池があるじゃないですか。
わたしはあれをずっと怪しいなと思ってたんです。
あの水の下には昔の祭祀場があるんじゃないかなって。
それを隠すために弁天池にしたんじゃないかと…
その構造が琵琶湖にもあるかも知れないってこと?
面白いね。






「急がばまわれ」も瀬田の唐橋から生まれたことばだそうです。
来た道を戻り、最後の目的地
【立木観音】へ。
⑤につづく。
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