境界線は、持つべき?
先日、
数年ぶりにお会いした方との会話の中で、
こんなご質問をいただきました。
「境界線は持つべき?」
とても興味深いご質問だなぁと、
その方のお人柄を感じました。
あくまで私の解釈ですが、
ご質問を受けて感じたことをまとめてみました。
まず、
「べき」という言葉が入った時点で、
答えはノー。
境界線は、
「持つべきもの」ではない。
そして境界線は、
「在るもの」だと感じます。
持つか、持たないか、
あるか、ないか、といった
ものさしで測れるものではなくて、
人と人との間に、
人と出来事との間に、
存在しているものだと思うのです。
私たちの魂は、
本来、目に見えないエネルギーです。
ちょっとイメージしていただきたいのですが、
たとえば、
霊も同じようにエネルギーで魂の塊で、
人と違うのは、
肉体を持っているか、持っていないか、
目には見えるか、見えないか、です。
そして私たちは、
霊を1体と捉え、
「個」があるとイメージします。
この霊と、あの霊。
この人の霊と、あの人の霊。
別々の存在として認識しています。
そこには、
目に見えなくても境界があります。
見えなくても、境界は生まれる
たとえば、
低気圧と高気圧。
低周波と高周波。
赤外線と紫外線。
どれも目には見えない
エネルギー(バイブレーション)です。
けれど、周波数が違えば区別されます。
違いがあれば、
そこに自然と境界が生まれます。
虹も同じです。
目に見えない光がプリズムを通り、
波長の違いが、異なる色として視認されます。
その違いが、境界をつくる。
意識していても、していなくても。
意図していても、していなくても。
バイブレーションが異なるところには、
境界は「存在するもの」であって、
「存在してしまうもの」だとも感じるのです。
境界線は直線ではない
境界線というと、
キレイに引かれた線を
イメージしがちですが、
実際はもっと曖昧で、
アメーバのようかもしれないし、
どのくらいの距離で、
どのくらいの範囲で存在しているのかも、
人それぞれで、
それも個性なのだろうと思います。
近くても大丈夫な人。
ある程度の距離が必要な人。
できるだけ遠くに保ちたい人。
相手によっても変わります。
それは「わがまま」でも「冷たい」でもなく、
ただ、バイブレーションの違い。
周波数の近い人とそうではない人。
波長の合う人、合わない人(馴染む人と言ってもいいかもしれません)。
だから、
無理に持とうとしたり、
取り払おうとしたりしなくていい。
境界線は「持つべきもの」ではありません
境界線は、
人との距離感や、
環境との関係性の中に、
自然と“在る”もの。
もしも今、
息苦しさやモヤモヤを感じているなら、
その境界が、
今のあなたにとってのベストではないのかもしれない。
無理に押し広げられているのかもしれないし、
もしかしたら、
本当は近づきたいのに、
遠ざけすぎているのかもしれません。
境界線は、
自分を守るための武器ではなく、
あなたがあなたらしく過ごすために、
自分と他者を区別し、
心地好い関係性を築くためのあなたの個性です。
頑張って調整しようとするよりも、
心地好い距離感、境界を探ってみてください。
あなたの境界線は、
今、どんな形をしていますか?
境界線の問題は、
“人との距離”だけでなく“自分との距離”にも関係しています。
なぜその人が気になるのか、なぜ感情が動くのか。
その構造を別の角度から見てみると、境界線の意味が少し変わってくるかもしれません。
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