AIが10秒で1千行の文字を出力できても、定食屋のおばさんの一言には勝てない。#舟を編む
何を書くかよりも、誰が書くのか。
AIが10秒で1千行生み出せるからこそ、「誰が」「どんな思いで」書いたのかを知りたい。
例えば、
いくらデータ的には正解でも、「誰が」書いたのか分からないと、受け取ろうとは思えない。
それよりも、いつも話を聞いてくれる定食屋のおばさん。
「あんたなら大丈夫よ!」というめちゃめちゃな論理でも、ずっと胸に沁みるだろう。
「誰が言うのか」
「どんな想いを込めたのか」
理屈を超えた部分で、人は動く。
言葉は本当に不思議だ。
不器用な奴の一言のありがたさ
そんな言葉の不可思議さを描いた小説を読んだ。
辞書編纂に命を捧げる人間を描く、「舟を編む」
三浦しおんさん著作で、2012年に本屋大賞に輝いた。
映画化、アニメ化、なんと2025年にはradwimpsの野田さん主演でドラマ化まで。
形を変えて愛されるのは、「言葉」という誰もが接する根本がテーマだからだと思う。
辞書編纂チームの主任、辞書作りにおいては天才だけど変人という設定の馬締光矢。それに対し同僚の西岡は、要領は良いが「のめり込めない」ことにコンプレックスを抱いている。
次のシーンが印象に残った。
西岡は馬締のことを、辞書の天才だけど要領が悪く、自分とはまったく通じるところのない変人だと思ってきた。
中略
そんな馬締の言葉だからこそ、西岡は救われる。要領が悪く、嘘もおべっかも言えず、辞書について真面目に考えるしか能のない馬締の言葉だからこそ、信じることができる。
馬締はまっすぐに「あなたがいないと辞書編纂チームはやっていけない」と伝えた。
嘘がつけない馬締の一言だからこそ、心が救われたのだ。
言葉とは「誰が」「どんな思いで」言うのかで決まってしまう。
だからこそnoteを書いていく
改めて、なんでnoteを書くのかを考えた。
「みんな書いてるテーマだし…」
「何もない自分が書いたって…」
「目立つ実績もないし…」
そんな風に考えてしまうことってないでしょうか…?
僕はある。何度も。
だけど、あなたが書くからこそ意味が生まれるのだ。
有名な人が語っても届かない人には届かない。
逆に無名の人が書いた素朴さに心を打たれる人もいる。
文章が上手いとかは関係ない。
ノウハウだけが大事ではない。
等身大で書いたからこそ、届けられる。
自分なんて…と思ってしまう時こそ、
そのままの気持ちを書きたい。
きっと誰か一人には届くはずだから。
舟を編むように、
繊細な言葉で思い出すのが、ひいろさん。
先日メンバーシップを始められました。
ひいろさんのnoteには、言葉でそっと読者に寄り添うという信念と誠実さを感じます。
ぜひnoteを覗いてみてください。
