【建物散策】県営笹山団地 廃墟と団地とアーケード商店街
前回の続きです。
散策で遠くに発見した、ただならぬ存在感を放つ団地へ行ってみます。

今回はもったいぶらずにまっすぐGO!
ということで着きました。県営笹山団地です。

まず、近くにかわいいフォントの「明治牛乳」を発見。

そして次に、廃墟を発見。

発見、というか、これは事前にGoogleマップで調べて「あるな」と判断し、見に行きました。前回は偶発的に廃墟を発見しましたが今回はカンニングです。
笹山団地自体は今も多くの住民が暮らしている集合住宅地ですが、明らかにこの一棟だけは廃墟です。どういう事情なんだろうか。

この、出入口を塞ぐべニアを見ると切ない気持ちになってしまう。
もう二度と住民が帰ることはないんだな…と。

蔦の暴力的な生命力には怖さと美しさの両方があって、映画における「どう考えてもグロテスクなんだけど画的に洗練されていて"キレイ"と言わざるを得ないシーン」みたいなものを感じます。

生長の仕方も怖いじゃないですか。
這って絡みついて伸びる。植物にしては異様に動的である。
実際、近くに寄って見るとブツブツした無数の吸盤があったり、大量の虫の脚のような気根があったりして、そういう他人に寄り掛かるための機能を持っていることが怖い。
隣の樹木は自立して空を仰ぎ、芝だって地面からちょっと頭を出しているだけなのに…蔦という植物は何かに寄りかかることで縦横無尽に伸びていくのである…。
この細い茎の集合体はそうして団地の5階の高さまで足を伸ばして、自生している太い幹を持つ樹木が見れないような風景まで見ることができるんだから、やっぱり恐ろしい。

日当たりの問題なのか何なのか、こちらは蔦一つ這っていませんでした。
手すりのサビが時代を感じさせる。

こちらは現役の建物。
けどなかなかの年季を感じますね。

バルコニーにモノがあると途端に生活のにおいが感じられて安心する。
ほんのりとしたクリーム色がかわいいです。

団地のアングルは、真正面から撮るのと、そして斜めから望遠で長手の壁を撮るのが好き。
こうして撮ってみると、団地って機能美というか、きちんと画一的に整列されたメカニックなかっこよさを内包していることがわかるんですよね。
工場の組み立てレーンとかオフィスビルの窓とかと似たものを感じる。
一方で廃な香りも。

建物自体は老朽化しているとはいえ、住んでいる方が結構たくさんいらっしゃるので、団地周辺の道路からはそそくさと退散。
因みに、外国語のラジオが聞こえてきたり、鮮やかな衣装を身に纏った方々を見かける等、なかなか多国籍な感じで、時代を感じました。

そんで令和を感じた矢先にこれ。


笹山アーケード商店街。


何故か動線のど真ん中にある床屋のサインポール。
何故か、と言いたくなるが確かに、この暗闇では店先に置いていてはアーケードの出入口からは気づけないかも。
何故かオーディオコンポが置かれていて、延々流れ続けるBGMと、自分がアスファルトの砂利を踏む音と、自分の呼吸と、遠くで車が通る音だけがこの真っ暗なアーケードに反響して妙に響いて、けどそれ以外の音(というか息遣い、気配というべきか)は何も聞こえないという、
結構本当に異次元に来てしまったのではないかという雰囲気がありました。
非日常とかではなく、知らない映画のワンシーンに入り込んでしまったような、高揚感を置いてけぼりにするほどの孤独感。
全部が閉まっているからではなく、数店舗が今でも営業しているからこそそう感じさせるのでしょう。

意外にも2階があり、そして両脇に階段が配置されている。
廊下から出っ張った部分は何用のスペースなんだろうか…。
1階外構に置かれた雑多な植木が、自然と生えてきたであろう雑草と同化しかかっている。
因みに先ほど「知らない映画のワンシーンに…」ということを書きましたが、実際に映画やドラマのロケ地に使用されたことがあるようです。
できれば今も営業されているらしいお弁当屋さんで何か購入したかったが、訪れた日は閉まっていた。

ツートンカラーのトタン壁に南国風の涼し気な植木。お洒落。
隙間の向こう側にはホースやシンク等が生活感を漂わせています。
もし建物の隙間を覗いたら死んでしまう世界だったら、私は誰よりも真っ先に死ぬ自信があります。
因みに外にもアーケードでない商店街があります。


商店街に落ちていた物。

ふと目を横に見やると…



小さい秋発見。(このとき9月下旬。記事書くのに1カ月くらい経っていたことに今ビビっている。)


いい散策でした。
しかしまだまだ続きます。↓↓
