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「彼女」の存在

私には娘がいる。
ひとことで表すと彼女は一風変わった娘だ。

樹齢何百年もの大木と話しをしているような、
そんな不思議な娘だ。

彼女は同じ年齢の子たちとは、違う時間を生きているよう。流行りに全く興味がない、TikTokもK -popも全く興味がない。LINEやインスタが誰に既読スルーされようが全く動じない。

人間関係に不安を覚えたり、胸を痛めるような恋に悩むこともない。

どこかに人間の「心」を置いてきて生まれてきたような浮世離れした子だ。

同級生の子からは、年齢不詳とか、大人っぽいとか、落ち着いているとか言われながらも、ちゃんと親友と呼べる友人や大事な仲間もいて、理解者もいる。

毎日自分軸の時間を楽しんでいる。彼女なりに青春を楽しんでいるのだそうだ。

あゆと娘(あゆにとっては姉)は、親友のような関係。
中学生と大学生になってすれ違う時間は増えたけれど、毎日おしゃべりして、ほぼ毎日短い時間でも一緒にゲームをする。

とても賑やかな時間。

彼らはお互いをとても理解し合っている。

あゆが事故に遭った日も、そして今も彼女だけはずっと変わらない揺るぎない意思を持ち続けている。

「あゆは必ず元の姿で戻ってくる」


大人たちは狼狽え、不安と希望を行ったり来たりしていると言うのに。

「彼女」とあゆ、姉弟の仲の良さを知っている人からすれば、「どんなにお姉ちゃんは気落ちしているだろう?」「大丈夫かな?ちゃんと食べているかな?」そんな想像をしてしまうはずだ。

彼女は大学を休んだのは、事故の翌日だけだった。

彼女はそれ以降全ての授業に出席し、アルバイトも全て出勤している。

モリモリ好きな食べ物を食べて、食欲も全く落ちていない 笑

彼女はあゆが事故に遭ってから、自分から一度も涙を流さなかった。


私(ママ)が涙を流すから、いつも馬鹿みたいに元気で前向きで愉快なパパが涙を流すから、

つられて涙が滲んでいるだけだった。

事故以来、私は主治医からこれ以上ないような過酷な状態を常に突きつけられてきた。(もちろんそれは医師としての説明義務を果たしているだけだろうが)


それでも私はあゆの生命を一度も諦めなかったし、「絶対に大丈夫、そんな最悪の事態を想定した状態には絶対にならない!!!」

ずっとそう思っていた。
ずっとそう祈っていた。

ほんの少しよぎる不安に蓋をして。

「彼女」に医師から聞いた現状を伝え、家族としての気持ちを確かめ合う。

「これからあゆがどういう状態で帰ってくるかわからないけれど、
一緒に頑張っていこう。私は自分の全ての人生をかけても、もし今の仕事を辞めなければならなくなっても、あゆの人生を可能な限り輝かせる道をママは必ず探す。」

そういうと彼女は、

「私はあゆが事故に遭った日からも、その前からもずっと変わらない。人生設計という概念が私にはないし、もしそうなったらという未来を見据えて自分の人生を組み立てる気はない。もちろんあゆのいない未来はない」

「あ、これ大事な分岐点だって思った時に自分がいいと思った方を選んでいったらそれが人生になるから、それでいいんじゃない?なんでわからない先のことをあらかじめ決めてその通りに行動しようとするのかわからない。あゆの意識が戻らないとか障害を持って帰ってくるとかなんで考えるのかわからない。」と。

「そうやって今を大事にしながら進んでいたら、前も楽しかったけど、今が一番楽しいをずっと繰り返していけるやん。あゆは普通に帰ってくるよ。」


この言葉は、彼女が私にくれた長い長いLINEの一節(コピペ)だ。一喜一憂する私(ママ)の姿、あゆのこれから、家族のこれからに真剣に向き合っている私(ママ)の覚悟を感じて、私にくれたメッセージ。

起きてもない未来に一喜一憂する必要はない。

「あゆむは必ず元の姿で戻ってくる」

それは私たち家族の変わることのない誓い。
理屈はない。

彼女がいうように
「今を大事にしながら進んでいたら、今が一番楽しいをずっと繰り返していける。」


それは人生の答えのように思う。それこそがあゆが私たち家族に望んでいる姿だろう。

私たち家族は「彼女」という大木に支えられているようだ。

ハッピーな私たち家族の日常が、あゆの帰還を現実にする。

この事故が起きる前から、私は娘のことを「最長老様(ナメック星のw)」と呼んでいた。

今日も魂何周目の人生だかわからない最長老様はアルバイトに勤しんでいる。

あゆは毎日目を瞑っている。私はそんなあゆにずっと話しかけたり、歌を歌う。

あゆは全く動かない。

でも毎日表情が違う。少し難しい顔をしている時もあれば、優しい楽しそうな顔をしている時もある。大人っぽい表情の日もある。

12年間のあゆとの暮らしの中で、こんなにもまじまじとあゆの顔を見つめていた時間はあっただろうか。

2025年は、プールに行ったり、旅行に行ったり、夏祭りには行くことはないけれど、

永遠に忘れることがない特別な夏。

奇跡はきっとすぐそこにある。我が家の最長老様のお言葉に従って、今日も楽しい選択肢を選び続ける。その先にはきっと見たこともない素敵なプレゼントが待っている。

✨🌈ゆむ🌈✨

2025年初夏、最愛の息子が交通事故に遭いました。彼と私たち家族の魂の日々の記録です。ぜひ読んでください↓↓↓


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