舞台 草創記 「金鶏 一番花」 観劇レビュー 2025/09/21


公演タイトル:草創記「金鶏 一番花」
劇場:東京芸術劇場 シアターイースト
劇団・企画:あやめ十八番
脚本・演出:堀越涼
出演:金子侑加、中野亜美、藤原祐規、宮原奨伍、今村美歩、小口ふみか、桂憲一、北沢洋、小林大介、佐藤弘樹、高村颯志、千綿勇平、中込佐知子、藤尾勘太郎、藤吉久美子、八代進一、谷戸亮太、家入健都、土屋杏文、松井愛民、森本遼
期間:9/20〜9/28(東京)
上演時間:約2時間45分(途中休憩10分を含む)
作品キーワード:生演奏、太平洋戦争、テレビ、歌舞伎、泣ける
個人満足度:★★★★★☆☆☆☆☆
昨年(2024年)には『六英花 朽葉』でCoRich舞台芸術アワード!1位を受賞したり、Bunkamuraシアターコクーンが主催するコクーンアクターズスタジオの講師を務めるなど、多方面で活躍されている堀越涼さんが主宰する演劇ユニット「あやめ十八番」の新作公演を観劇。
今作である草創記『金鶏 一番花』は、今年(2025年)7月に上演された音楽劇『金鶏 二番花』と姉妹作品となっており、共に日本のテレビジョンの黎明期を描いた演劇作品となっている。
私自身、「あやめ十八番」の公演は音楽劇『金鶏 二番花』、『六英花 朽葉』と観劇しており、今回で3度目の観劇となる。
また、今作の出演者は【彗星】チームと【満月】チームに分かれており、私は【満月】チームを観劇した。
物語は、日本のテレビジョン開発の第一人者である金原賢三(少年期:今村美歩、青年期:藤原祐規、老年期:桂憲一)を中心に、日本のテレビジョンの黎明期と歌舞伎、そして太平洋戦争を描く。
年老いた賢三は、遊び相手の少女(中野亜美)に自分がかつてテレビジョンを開発して日本で初めてテレビ放送が開始された軌跡について語り始める。
賢三が少年だった頃、ハレー彗星が地球に接近して人類は滅亡してしまうのではないかと本気で恐れられていた。
賢三も当時そのように考えていた一人で、浜松で母親の金原マツ(藤吉久美子)と共に暮らしていた。
ある日、マツは本当は歌舞伎を観たいのだが育児で忙しくて東京になかなか行くことが出来ず観に行けないということを賢三に告げる。
賢三は、近づきつつあるハレー彗星を目撃しながら、母親が浜松にいても歌舞伎を観ることが出来るように、工学者になってテレビジョン開発に尽力することを決意するが...という話である。
明治・大正・昭和時代に実在した日本のテレビジョン開発の父である高柳健次郎をモデルにした金原賢三の人生と、太平洋戦争を経て歌舞伎が初めて日本でテレビ放送される物語を描いており、途中休憩10分間を含んでの2時間45分ということもあって要素が盛り沢山に思えた。
シーンによっては、どうしてこの描写を入れたのだろうと疑問に思う箇所もあったが、登場人物が多数いるにも関わらず、観客が初見でも混乱しないように上手くまとめ上げていたと思う。
第一幕は、主に金原賢三がテレビジョン開発に没頭して成果を上げつつも、日本が太平洋戦争に突入していってしまうまでを描き、第二幕は歌舞伎役者でありスマトラへ従軍した坂東天鼓(宮原奨伍)を中心に、戦争の悲惨さとその中で歌舞伎をはじめとする芸術がいかに人々の心を支えるのか、そして終戦して歌舞伎がテレビ放送されるまでを描いていて、様々な場面で人々の苦悩と葛藤が描かれ心動かされた。
話の流れとしてはイメージしていた通りなのだが、その過程で描かれる人々の人間描写に心を打たれるものが多かった。
戦争という逆境がある中でも、決して諦めまいと必死でテレビジョンの研究を続けてきた賢三の熱意、そして歌舞伎をテレビ放送しようにも映像では歌舞伎の良さは伝わらないと反対される逆境など、色々共感できる困難と葛藤を描いていて、令和を生きる私たちにも通じるものがあるからこそ見入ってしまうのだなと思った。
今はテレビからネットの時代に移行しつつあるけれど、そんなテレビが日の目を浴びるようになる時代には、こんな努力と葛藤があったのだぞと令和の観客に訴えかけてくる感じが伝わってきて良かった。
音楽劇『金鶏 二番花』と比較して、生演奏はあるものの音楽劇的な歌要素はそこまで多くなく、どちらかというと芝居を観ている感覚が強かった。
そして、材木のようなものが無造作に組み合わせられた舞台装置が見応え抜群で、至る所に置かれていたブラウン管テレビも印象的だった。
出演者も皆演技が素晴らしく、金原賢三の少年期を演じた今村美歩さんと、少女役の中野亜美さんの健気で元気で明るい演技に色々希望を見出せる感じがして元気をもらった。
また、スマトラで歌舞伎を上演してみようと奮闘する坂東天鼓役を演じた宮原奨伍さんを初め、佐藤弘樹さん、小林大介さん、谷戸亮太さん、藤尾勘太郎さん、高村颯志さんの戦時中の男同士仲良くやっていくシーンがとても観ていて心温まった。
描いている要素が多くて情報量が多いが故に、もっとシンプルに芝居を観たいと思う節もあったが、生演奏や趣向の凝らされた舞台セット、長い日本の歴史の一部を壮大に描いた力作として、それだけでも満足度は高いと思う。
配信もあるとのことで多くの人に見て欲しい。
【鑑賞動機】
音楽劇『金鶏 二番花』を観劇して、この作品の姉妹作品と聞いて気になったので観劇することにした。また、一時閉館中であった東京芸術劇場が再開して久しぶりに観劇出来るというのも楽しみの一つだった。
【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)
ストーリーに関しては、私が観劇で得た記憶なので、抜けや間違い等沢山あると思うがご容赦頂きたい。
鶏の鳴き声が聞こえる。少女(中野亜美)が部屋に入ってくる。そこには、老年期の金原賢三(桂憲一)がいる。賢三は、自分が少年期(今村美歩)だった頃、家で鶏小屋から卵を取ってくる係であったことを回想する。
老年期の賢三は、今日も家で卵を割ってみると、そこには黄身が2つ入っていて、これはラッキーだと喜ぶ。
老年期の賢三と少女とで墓参りに行く。賢三の母である金原マツ(藤吉久美子)はすでに亡くなってしまっており、墓参りする。まるでマツが生きているかのように賢三の前に現れ、技術研究所での仕事のことについて聞かれるが、賢三はすでに退職していると言う。
そのまま、賢三は今度は佐渡玄太(藤尾勘太郎)の墓参りに行く。佐渡もまるで生きているかのように現れて、一生懸命テレビジョンの研究をしてくれるが、もう今はカラーテレビの時代だと賢三は言う。
そこへ、佐渡の妻である佐渡文香(土屋杏文)が墓参りへやってくる。賢三は佐渡の妻よりも先に佐渡墓参りに来てしまったことを謝ると、文香は気にする様子はなくカラーテレビの話をする。きっと主人が生きていたら非常に喜んだであろうと。文香は亡くなった夫の佐渡に、東京の技術研究所について行ってくれれば良かったと後悔していた。申し訳ないことをしたと。
賢三と少女は東海道新幹線に乗る。少女は窓際で指を人にして遊んでいた。東海道新幹線では鉄道唱歌が流れる。賢三は、この歌は自分が生まれる頃出来た曲だと喜んだ。
賢三は少年期を回想する。子供たちが機関車を見て喜んでいる。汽車のシルエットがステージの三箇所くらいに移動して投影される。それを少年たちが大興奮して追いかけている。
回想から戻り、老年期の賢三と少女は、坂東天五郎(北沢洋)という駿河屋・清水家の歌舞伎役者の墓地までやってくる。そして賢三は少女に話す。今から話すのは、テレビジョンが開発されるまでの歴史と歌舞伎の話だと。
賢三の少年期の1910年、その頃新聞にはハレー彗星が地球に最も近づくことで騒ぎになっていた。新聞を読むと、ハレー彗星が地球に近づくと窒素まみれになって人類が滅亡されると恐れられていた。少年たちはその新聞を読んで震える。およそ5分間は息が出来なくなるくらいの窒素の量になるけど生きていられるのかと。自分たちは水中で5分間もいられやしないではないかと。少年たちは、それぞれゴムチューブを買うなどしてハレー彗星の最接近に備えた。
賢三少年も家に帰ると、母の金原マツにハレー彗星が最接近するのに、家は準備しなくて良いの?と聞く。マツは、ハレー彗星の最接近がデマだとは思ってはいなかったが、特に何かを急いで準備する気分ではなさそうだった。
いよいよハレー彗星が最接近する日、賢三少年は母・マツに死ぬ前にしたいことを尋ねる。するとマツは歌舞伎を観たいと言う。歌舞伎なら東京に行って観に行けば良いのにと言うと、マツは育児で忙しくて東京に行って歌舞伎を観に行く暇がないのだと言う。賢三少年は、浜松でも歌舞伎が観られたら良いのにと母親のマツと二人で話している。
賢三少年は夜に外へ出かけると、空にはハレー彗星が見えていた。賢三少年の横には少女がいて、一緒に「おーい!」とハレー彗星に向かって叫んだ。
賢三少年は母・マツの元へ戻ってくると、マツが浜松にいても歌舞伎が観られるように技術を開発できる人間になることを決意する。それが、テレビジョンつまり「無線遠視法」につながったのである。
一方、駿河屋には坂東天五郎(北沢洋)とその弟子の坂東文七(小林大介)は二人とも歌舞伎役者であり、新聞の劇評に駿河屋は全くの不出来と酷評され憤っていた。そしてハレー彗星が最接近して人類が滅亡するかもしれないという新聞の記事にも呆れていた。
駿河屋の歌舞伎役者の二人は、栄国稲荷にお参りへ行く。駿河屋の発展を祈って。そこへ狐(金子侑加)が現れてろくでなしと祟る。
場所は浜松に戻る。賢三少年をぜひ高等科へ進学させたいと校長先生が母・マツに言い、賢三は高等科へ進学することになる。賢三少年は、母・マツにテレビで歌舞伎を見せられるように工学者として頑張ると言って、浜松の実家を後にする。
青年期の賢三(藤原祐規)の高等科への入校式、先生は金鶏の話をする。
回想で、少年期の賢三が実家で父が卵を生まない鶏を殺処分しようとしているのを見て、鶏を殺さないでと必死に訴えている。父は、卵を生まない鶏は飼っていてもしょうがないのだから処分するのだ、そこを退けと強い口調で言う。
賢三青年は、「無線遠視法」の研究をさせてほしいと懇願し、浜松の大学で研究をさせてもらえることになる。
賢三青年の元には複数人の助手が集まった。その中に佐渡玄太がいた。最初は少女にちんちくりんだと言われていて、その上に失礼な奴だと言っていたが、その後賢三には気に入ってもらえてテレビジョンの研究をすることになった。
賢三青年は、最初にテレビジョンで映し出す文字は何が良いか話し合って、イロハの「イ」が良いのではないかとなった。
しかし、テレビジョンの研究は難航し、真空管が20円もするなんて予算が足りないなど大騒ぎとなった。少女には、なんでお金の話をもっとしなかったのかなどと聞かれた。
大正15年のクリスマス、その日もいつもと同じように賢三青年はテレビジョンの研究に励んでいた。しかし、その日はいつもよりも過去のことを思い出していた。そしてようやく、「イ」の文字を投影することに成功し、大喜びする。
丁度同じタイミングで、天皇崩御の報が入り、元号は大正から昭和へと変わる。
一方、筑波屋という歌舞伎役者の伊勢家には、伊勢友之助(千綿勇平)という息子がいた。そして仲の良い友人として同じく歌舞伎役者で駿河屋の坂東天鼓(宮原奨伍)がいた。友之介はキネマの役者として早くも活動をしていたが、歌舞伎役者としてはまだ一人前だと父の伊勢勘十郎(八代進一)からは認められておらず、歌舞伎の舞台には出させてもらえず父に反発していた。
友之助の姉の尾長さなえ(小口ふみか)がやってくる。全然歌舞伎の稽古に励まない友之助に対して、父がカンカンに怒っていると。これでは、60歳を過ぎても立派な歌舞伎役者にはなれないと。友之助は、そんな歌舞伎の稽古にうんざりだった。
さらに、伊勢勘十郎の妻に仕えている久連子益次郎(金子侑加)が友之助の元へやってきて、父が呼んでいると言う。友之助は父の元に行く。
一方で、伊勢勘十郎の妻の尾長光子(中込佐知子)はキネマの脚本家として活躍しており、夫の勘十郎と対立していた。そんな光子の元へ久連子は仕えていて、いつかキネマの脚本家になることを目指していた。
場所は浜松に戻る。浜松の大学で青年の賢三は、昭和15年に東京オリンピックが開催されることが決まって、そこでテレビ放送を開始したいのだと言う。そのため、砧の放送技術研究所に賢三が所長として赴任することが決まったのである。
賢三についてくるかと佐渡に声をかけるが、佐渡は妻の文香が妊娠したので浜松に残ると言う。賢三は驚く。結局、賢三が砧の放送技術研究所に移動するとき、20名ほどの技術者助手がついてきたが、そこに佐渡の名前はなかった。
一方、筑波屋では伊勢勘十郎と尾長光子が夫婦喧嘩をしていた。光子は、勘十郎が友之助に対して厳しいからキネマの方に行ってしまったのではないかと言う。このまま厳しいままだと、どんどん友之助は歌舞伎から遠ざかりキネマの方に流れると言う。
しかし勘十郎は、歌舞伎というのはキネマの役者と二足の草鞋を履いて出来るものではないと、そんなにすぐに舞台に友之助を立たせてしまえるほど歌舞伎界は甘いものではないと言う。
砧の放送研究所にて、賢三青年と徳地達平(谷戸亮太)が出会う。徳地達平は日本放送機構のプロデューサーだった。
しかし、日本情勢は盧溝橋事件をきっかけに日中戦争に突入したことで、昭和15年の東京オリンピックは開催中止となり日本で初となるテレビ放送も中止となった。
そして昭和16年12月8日、真珠湾を日本軍が攻撃したことによって太平洋戦争が始まった。日本は戦時中へと向かっていった。
駿河屋と筑波屋からは、伊勢友之助と坂東天鼓が戦争へ行くことになった。今後の歌舞伎界を背負う若者を戦争へ向かわせてしまったら...と周囲の人々は嘆いていたが、伊勢勘十郎は逆に友之助を戦争へ行って帰ってくることによって、キネマ役者から歌舞伎役者に転身させたいと言っていた。
ここで幕間に入る。
楽隊たちが登場し、トランペット、ピアノ、アコーディオン、ユーフォニアム、ヴァイオリンが生演奏を披露する。
坂東天鼓はスマトラへ日本軍として従軍していた。天鼓は戦地では清水邦正という本名を名乗っていた。清水は運転している。そこに徳地達平、佐渡玄太も日本軍として一緒にいた。
車の中で、三人は会話を交わす。天鼓は歌舞伎役者をやっていたこと、徳地は日本放送機構にいたことを語る。そして佐渡はテレビジョンの研究の助手をしていたことを言う。三人は戦地に着く。
そこでは、雁部保(高村颯志)という兵隊が指を無くしてしまっていた。無くしてしまった指はまた生えてくるかと軍医の対馬勝明(佐藤弘樹)に尋ねるが、生えてくることはないと言われる。雁部は、自分はラッパ吹きだったが、これではもうラッパを吹くことができないと嘆く。すると対馬は、まだ若いのだから違う仕事を見つければ良いと言う。
対馬は歌舞伎役者だったのはお前かと天鼓に話しかけてくる。そうだと答えると自分に歌舞伎を教えてくれと言う。スマトラの慰安会で歌舞伎を披露したいからと。演目は『白波五人男』をやりたいので、他に歌舞伎をやってくれる仲間を集めないとだと言う。天鼓は対馬の依頼を引き受けて、歌舞伎をスマトラでやってくれる仲間を探す。
佐渡、徳地、そして上官の大蔵大和(小林大介)は快く歌舞伎をやってくれることを引き受けてくれた。あともう一人歌舞伎役者が必要である。雁部に依頼したところ引き受けてくれた、これで『白波五人男』を上演できる。
インドネシアの傘を持ってきてくれた。これを使ってスマトラ歌舞伎をやろうと。戦争に一輪の花が大事であるように、歌舞伎はこういう時こそ人の心に咲くことが大事なのだと皆口々に言う。
しかし、そんな矢先にスマトラにいる兵隊たちに日本の現状が伝えられる。アメリカ軍のB29によって東京や福岡、そして浜松などに空襲があったとのことだった。そして、坂東天五郎は殉難したと。
天鼓と徳地は、歌舞伎を披露した慰安会の後に共に満月を眺める。
しかし、その後スマトラでも防空壕に弾丸が撃ち込まれ、天鼓と徳地は無事だったが、対馬、大蔵、雁部、佐渡はみんな死んでしまった。
その後昭和20年8月に、広島と長崎で箒星が落ち、終戦することになった。
天鼓は日本に帰ってくる。文七や伊勢勘十郎、尾長光子、尾長さなえは温かく迎え入れてくれるも、友之助も戦死したことが伝えられた。勘十郎も光子も悲しんでいた。友之助は、日本の若者の平均寿命を少し上回っていた。
砧の放送技術研究所に天鼓は呼ばれる。そこでテレビジョンの研究をしていた金原賢三と会う。天鼓は賢三に挨拶をする、丁度最近伊勢勘十郎の養子になったばかりなのだと。仲介人に徳地がいた。
賢三は、歌舞伎を日本で初めてのテレビ放送として放送したいと天鼓に打診する。そのまま、勘十郎と交渉することになるが、勘十郎は歌舞伎のテレビ放送を酷く反対する。キャメラに芝居の良さは伝わらないと。
しかし天鼓は、スマトラには歌舞伎を観たことがない人が沢山いて、テレビ放送することで多くの人に歌舞伎を届けることが出来ると説得する。勘十郎は渋々承知する。
狐が踊っている。そこに久連子が現れる。狐は祟ろうとしていたので消えろと言う。
日本で最初のテレビ放送として歌舞伎が放送される。そこでは、スマトラで上演した歌舞伎の演目『白波五人男』が繰り広げられる。
その光景を、年老いた賢三の母であるマツがブラウン管テレビ越しに観て大喜びしている。賢三は、40年越しに母の夢を叶えることが出来て本当に良かったと言う。
時間が戻る。年老いた賢三と少女の駿河屋の歌舞伎役者の墓参りの場面に戻ってくる。
そこへ、久連子がやってくる。そして賢三を見つけて挨拶する。テレビジョンを開発された方ですねと。久連子は自分はキネマの脚本家なのだと言い、将来的にはテレビ作品の脚本家を目指しているのだと言う。私たちのために道を作ってくださりありがとうございますと賢三に声をかけ、歌舞伎の若者の話を書きたいと言う。そして行ってしまう。ここで上演は終了する。
音楽劇『金鶏 二番花』でも少し登場するが、金原賢三のエピソードは印象に残っていたので、そこをここまでクローズアップしてドラマにしてくれて非常に見応えのある脚本になっていたと感じた。
高柳健次郎という日本のテレビジョン開発の父の実話を、ここまで忠実にドラマとして再現していて、非常に良かった。10歳の時に志した母に歌舞伎を見せたいという夢を、様々な困難を乗り越えながら最終的には40年の歳月をかけて叶えたというストーリーが感動的だし、テレビを最初に開発した人の汗と苦労が滲み出てくるようなのが伝わって、そういうヒューマンドラマはいつの時代においても人の心を動かすものだなと思った。
そして、そこに日中戦争、太平洋戦争という時代背景も絡んできて、そこで色々な困難もあって、そういう逆境も踏まえてドラマとしての面白さが増していたと思った。
筑波屋の勘十郎たちによって繰り広げられる、歌舞伎は二足の草鞋を履いて出来ることでないとか、キャメラで良さは伝わらないとか、そういうお堅い感じの歌舞伎と、新たなジャンルとして確立しつつあるキネマとの対比も素晴らしく、こういう対立は今のテレビとネットなどとも通じるものがあって共感するよなとも思うし、『六英花 朽葉』でも「あやめ十八番」として描いていたので、堀越さんがこういうテーマが好きなのだろうなとも思った。
第一幕が賢三がテレビジョンの開発に成功する話、第二幕が戦時中でのスマトラでの歌舞伎上演ということで、一本の芝居として描くには情報量が多いなとは感じたが、その中では非常に観客に台本なし、パンフレットなしでも当日パンフレットの記載のみで伝えられるようにまとめたのは凄いなと思った。この人誰だろう?という疑問箇所はあったが、話が混乱することはなかったので理解は出来たし、そういう意味での脚本力も優れていたと思う。
音楽劇『金鶏 二番花』でも金原賢三、徳地達平は登場し、同じ役者が演じているので、姉妹作品を観ている私にとってはより今作への没入感が増して、深くこの時代のテレビジョンの変遷を知ることができて良かった。音楽劇『金鶏 二番花』を観ていない人が、今作を観劇してどう感じたのかは気になるところである。
【世界観・演出】(※ネタバレあり)
音楽劇『金鶏 二番花』とは姉妹作品であるにも関わらず、ここまで舞台セットは大きく違うのかというくらい驚かされたのと、全ての音楽、効果音を生音でやってのける「あやめ十八番」の凄さにやられる舞台美術だった。
舞台装置、映像、舞台照明、舞台音響、その他演出の順番で見ていく。
まずは舞台装置から。こんなに様々なシーンがあるにも関わらず舞台上に仕込まれているのは抽象的なセットのみで、具象的なものは一切なかった。だからこそ、多くのシーンを描くことに成功しているのかもしれない。
ステージ上には、材木のような長い木の棒を至る所に無造作に組み合わせた舞台セットになっていて、2段舞台にもなっているし極めて複雑な装置になっていた。ステージ下手側奥側は高くなっていて、そこに楽隊たちが生演奏するスペースが確保されていた。また、下手側手前側は低くなった窪んだエリアがあり、ちょうど人間の頭部が客席から見えるくらいの深さがあった。そこで賢三少年が子供の時に鶏の卵を取る係をやっていた頃のシーンが上演されていた。
ステージ中央には、賢三が少女に昔のテレビジョンの開発の話などを聞かせるための机と椅子が置かれたスペースがあった。基本的に多くのシーンはこの、ステージ中央のエリアで披露されていた記憶である。
ステージ上手側は、背の低い小さい机と椅子が隅に置かれており、マツが最後に歌舞伎をテレビで観るシーンなどで使われた。
あとは、ステージ奥側は2段舞台になっていて、そこに登って賢三少年と少女がハレー彗星に向かって「おーい」と叫んだり、天皇が崩御して大正から昭和へ元号が変わるシーンで新聞が撒き散らされたりで使われた。
また、ステージの至る所にブラウン管テレビがセットされており、そのブラウン管テレビが重要なシーンで砂嵐の画面になる演出があって格好良かった。
また、ステージ下手側奥の上部には満月がくっきりと映るような演出が施されていて綺麗だった。今作では彗星と満月が重要なモチーフになっているようだが、彗星はよく分かったが満月はよくわからなかった。
また、舞台セットではないが様々なものを小道具を使って演出するのが上手いなと感じた。たとえば、老年期の賢三と少女が東海道新幹線に乗るシーンでは、車窓を木造で出来た枠で表現して、あたかも新幹線に乗っているような光景にした演出の工夫が良かった。同様に、第二幕のスマトラの戦地に自動車で向かうシーンでは、ハシゴのような木の棒を横にして車の車窓にしていて面白い表現だった。
また、小道具としてはスマトラで歌舞伎をやる際の、インドネシアの傘がカラフルで素敵なデザインだった。オレンジ色でたしかに東南アジアっぽさがあった。
次に映像について。
映像というか影絵のようなものに近いのだが、蒸気機関車を映し出したり、イロハの「イ」を映し出していた。どちらも音楽劇『金鶏 二番花』でも登場した記憶である。
あのレトロで昔ながらのシルエットの投影って良いなとつくづく思う。
次に舞台照明について。
舞台照明は比較的暗めで、役者が演技をする場所しか照明が強く当たっていないので、全体的にステージは暗く感じた印象である。
あとは狐のシーンで、赤くステージが染まるような舞台照明があった記憶だった。狐の存在が個人的にはよく分からなかったのでなんとなく怖かった。
坂東天五郎の元へ墓参りに来るシーンがあるが、まるで銅像のように固まったように役者を見せる照明が良かった。光加減とか最高だった。
次に舞台音響について。
スピーカーをおそらく一切使わず、すべての音を生音で表現して2時間45分を上演し切っているのが、さすが吉田能さんだと思うし素晴らしいなと思う。「あやめ十八番」でないと出来ないよなと思う。
トランペット、ピアノ、アコーディオン、ユーフォニアム、ヴァイオリンといった楽器の各演奏も素晴らしかったし、足音だったりを生音で小豆を鳴らしたりするような感じで音を流しているのが凄かった。
そしてラジオから流れる音もまた良かった。あの少しノイズが混じっている感じがまた雰囲気を出しているよなと思った。
最後にその他の演出について。
墓参りのシーンで、亡くなった人が実際に役として現れて賢三に話しかけてくるのが良いなと思った。これは演劇だからこそできる表現だなと思う。
中野亜美さんが演じる少女の役の立ち位置が面白いなと思った。老年期の賢三の昔話の聞き役なのだが、過去のエピソードに登場して賢三と一緒にいつもいるのが興味深かった。これはどういう建て付けの演出なのだろうか。基本的には回想に出てくる賢三は少女に話しかけることはないので、あくまで少女が賢三の昔話の世界に入り込んで、自分もその時代にいた人間のように振る舞うことで聞き入っているということを表現したかったのだろうか。
第一幕は基本的には賢三自身のことについてなので、賢三が少女に自分のことを話して聞かせているという構造だと思うが、途中から天鼓がメインの話になっていく。今作の構成的には賢三が天鼓のことについて聞いたことを少女に伝えているという構造になると思うが、ここには少女は一切登場しなかった。この辺りにちょっと構成的な無理が生じているように思った。なんなら天鼓も賢三と一緒に1965年の時間軸で登場して自分のことについて会話するという方がしっくり来た気がする。
栄国稲荷の狐の存在がよく分からなかった。きっと坂東・駿河屋を祟る狐なのだと思うが、どうして祟られているのか、どうして狐の描写が必要だったのかよく分からなかった。その必然性をもっと描いてほしかった。
ハレー彗星の出現によって、賢三がテレビジョンを開発して母に歌舞伎を見せたいと夢を抱いたということ、そして坂東家はハレー彗星の日に栄国稲荷にお願いをしたことが最終的には結びついて、テレビジョンでの歌舞伎の放送に繋がったと描きたかったのだろうか、つまりハレー彗星の出現という奇跡が、テレビジョンの歌舞伎放送という奇跡を後に実現させたという構成なのだろうか、そこももっとはっきり描いて欲しかった。
ラストの久連子益次郎とは一体誰だったのだろうか、観劇中は橋田壽賀子さんではないかと過った。このあとテレビ脚本家として活躍する人で、歌舞伎とゆかりのある人となるとそうかなと。
【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)
「あやめ十八番」でお馴染みの役者さんから、他団体の演劇作品でよく観る役者さんまで大勢いて、主要なキャストを除いてそれぞれの役者さんの登場時間はどこまで長くないのかもしれないが、それぞれの役者さんに印象に残るシーンがあって観劇できて良かった。
特に印象に残った役者さんについて見ていく。
まずは、少年期の金原賢三役を演じた今村美歩さん。今村さんの演技は、悪童会議『見よ、飛行機の高く飛べるを』(2025年5月)、CCCreation『白蟻』(2024年6月)で、改名する前の広川碧という名前の時に、キ上の空論『PINKの川でぬるい息』(2021年2月)、『学芸会レーベル/アセリ教室』(2020年2月)で演技を拝見したことがある。
同じ大正時代の日本を描いている悪童会議『見よ、飛行機の高く飛べるを』とも通じるものがあって、その時は内向的な女性を演じていたが、今作ではわんぱくな少年を演じていて、個人的には元気いっぱいの今村さんの演技が観られる方が好きだった。
中野亜美さんが演じる少女と共に、ハレー彗星に向かって「おーい」と叫ぶシーンは、とても明るい未来を感じさせてくれるシーンだよなと思う。あの時、金原少年はどんな思いでハレー彗星に向かって叫んでいたのかなど想像した。母に歌舞伎を見せたいという夢を抱いた瞬間で、これから夢に向かってまさに駆け上がっていこうとする勢いと若さを感じられる瞬間で好きだった。
青年期の金原賢三役を演じた藤原祐規さん。藤原さんの演技は、あやめ十八番『六英花 朽葉』(2023年8月)、キ上の空論『幾度の群青に溺れ』(2023年7月)、good morning N°5『ただやるだけ』(2021年12月)、キ上の空論『脳ミソぐちゃぐちゃの、あわわわーで、褐色の汁が垂れる。』(2020年9月)、悪い芝居『ミー・アット・ザ・ズー』(2019年12月)で演技を拝見したことがある。
今回の藤原さんの演技は、若きテレビジョン開発に没頭する研究員ということで、メガネをかけて研究に励む姿が印象的だった。どうしても、少年期と老年期の賢三のシーンが多いイメージだったので、出番としては少なめに感じてもっと出演して欲しかったなと感じた。
藤原さんが演じる青年金原賢三は、どこかストイックさを感じさせる顔つきでもあるなと思った。【彗星】チームの宮原さんが演じていたらまた違った印象を持ったのだろうなと思った。
そして老年期の金原賢三役を演じた桂憲一さん。桂さんの演技は、姉妹作品でもある音楽劇『金鶏 二番花』(2025年7月)で演技を拝見している。
音楽劇『金鶏 二番花』でも感じたが、桂さん演じる金原賢三の、あの落ち着いた感じがあって且つ実力を残してきたんだなと感じさせる威厳さがあって、且つ優しそうに感じられる姿がとても良かった。金原賢三という男性は、今村さんが少年期をやるくらいなので、どちらかというと男らしさという感じではなく優しい少年という印象なのだと思う。母親に歌舞伎を見せたいという夢を40年間抱いで成就させる人なので、優しい男性であり且つ夢に向かって熱中する努力家でもあるのだと思う。
そういう人柄を感じさせる演技がとてもハマっていた。そして、桂さん演じる老年期の賢三のモノローグが非常に落ち着きあって聞き取りやすく、すんなりと内容が入ってくるのも魅力の一つで良かった。
賢三ともう一人の主人公とも呼べる坂東天鼓役を演じた宮原奨伍さん。宮原さんの演技は初めて拝見する。
宮原さんは男らしくて爽やかな青年というイメージなので、二枚目な歌舞伎役者という感じがあって良かった。スマトラで兵隊たちに声をかけて歌舞伎をみんなでやろうと奮起するのも良かった。そして戦地で活躍する感じも似合っていた。
千綿勇平さん演じる伊勢友之助とのコンビも良かった。お互い歌舞伎役者を目指す若者同士で、色々赤裸々に悩みを打ち明けながら会話をするシーンなんかも良かった。
伊勢勘十郎役を演じた「花組芝居」所属の八代進一さん。八代さんの演技は初めて拝見する。
今作の歌舞伎という既存の文化とキネマという新しい文化の対立の一番の象徴を八代さんは演じていたと思う。非常に厳格な雰囲気と歌舞伎という伝統文化でずっとやってきたという自負とプライドのようなものがずっしりと感じられる演技で良かった。キャメラに芝居の良さは伝わらないみたいな台詞があって、非常に印象に残るし、そういう対立は今の時代にもあるよなとしみじみと胸に沁みるものがあって説得力があった。
少女役を演じていた「あやめ十八番」所属の中野亜美さんも今回も精一杯演じている若さ溢れる演技が印象的だったし、狐・久連子益次郎役を演じた「あやめ十八番」の金子侑加さんは今作では非常に重要な役を演じられていて存在感があった。
また、スマトラ戦地での兵隊を演じた佐藤弘樹さん、小林大介さん、谷戸亮太さん、藤尾勘太郎さん、高村颯志さんたち兵隊の仲の良い感じの演技も良かった。
【舞台の考察】(※ネタバレあり)
2ヶ月ほど前に音楽劇『金鶏 二番花』を上演したばかりであるというのに、ここまでの姉妹作品を短期間でやってのけてしまう「あやめ十八番」という演劇ユニットは凄いなとつくづく感心してしまう。また、堀越涼さんは「あやめ十八番」の仕事だけでなく、CCCreationや他団体の演出なども手掛けていらっしゃって、本当にタフな劇作家だなとつくづく思う。
そして、音楽劇『金鶏 二番花』に出演されていた団員の内田靖子さんが、今作では制作に回っていたりして、内田さんは役者さんとして才能ある方なのに団体のために活動もされていて凄いなとも感じた。
ここでは、金原賢三のモデルになっている高柳健次郎と、坂東天鼓のモデルになっている中村雀右衛門を中心に物語を考察していこうと思う。
まず、これは音楽劇『金鶏 二番花』の観劇レビューでも記載したが、金原賢三は日本のテレビジョン開発の父である高柳健次郎がモデルになっていて、ストーリーに登場する大方の出来事が高柳健次郎の実話である。
たとえば、高柳が10歳の時に歌舞伎が見たいと言った母のために「無線遠視法」を構想してテレビジョン開発を目指したこと、そして浜松の大学でテレビジョン開発に勤しみ、大正から昭和に元号が切り替わる直前のクリスマスに、イロハの「イ」の送受像に成功したこと、そこから砧にあったNHKの放送技術研究所の所長として赴任したことである。
また、1953年2月1日の初めてのテレビ放送が開始されたが、その時に放送されたのが菊五郎劇団の『道行初音旅』で歌舞伎であったことも史実である。これによって、高柳健次郎の少年期の夢を叶えている。
さらに、谷戸亮太さんが演じていた徳地達平も実在のモデルがおり、三枝嘉雄というNHKのテレビプロデューサーでNHKのど自慢の考案者となる(こちらは音楽劇『金鶏 二番花』を参照)。
そして、坂東天鼓は実在した歌舞伎役者の中村雀右衛門をモデルにしていると思われる。中村雀右衛門は、六代目大谷友右衛門の次男として生まれている。つまり、坂東天五郎のモデルが六代目大谷友右衛門ということになる。坂東天五郎が戦時中に殉難しているが、六代目大谷友右衛門も戦時中に鳥取大地震に遭って亡くなっている。
中村雀右衛門が戦時中に徴兵されて南方の地で6年間も転戦したことも事実である。流石にスマトラで歌舞伎を上演したという記録は見つけられなかったが。
そして、中村雀右衛門は仲の良かった歌舞伎役者に中村景章という人物がいた。中村景章は三代目中村雀右衛門の長男であり、戦時中に徴兵されて南方の地で戦死している。もちろんこの歌舞伎役者が伊勢友之助のモデルであろう。中村雀右衛門が生まれは大谷であり中村に養子に入って四代目中村雀右衛門を名乗っている点も史実と今作で共通している。
この三代目中村雀右衛門というのが、今作でいう伊勢勘十郎のモデルであろう。
なお、三代目中村雀右衛門の妻がキネマ脚本家であるという事実は突き止められなかった。
今作では度々狐が登場する。これは、坂東天五郎がなかなか歌舞伎の評判を勝ち得なくて栄国稲荷に祈願しに行ったところからである。この時、坂東天五郎は『義経千本桜』で狐忠信を演じていたということもあると思うが、歌舞伎稲荷神社というのも実在するので、お稲荷さんは歌舞伎役者の興行祈願の神様として信仰されていたのもあるからだろうと後で調べて思った。
今作では狐は、人間を化かす怖い存在として描かれている。今まで歌舞伎役者を守ってきた神様だったが、そのような存在として描いているのは、もしかしたら歌舞伎という旧来の文化からテレビという新しい文化の移り変わりを示唆するからそのようなメタファーを拵えているのかなとも思った。
戦後に男を装ってテレビ脚本家を目指した女性テレビドラマ脚本家は、調べてみたところ存在しなかったが、やはり橋田壽賀子さんが松竹の社員にもなっているし、男女の恋愛ものに近い作品を描いているので、久連子益次郎のモデルとしては一番近いのかなと思った。
橋田壽賀子さんと言ったら、1970年代以降に『おしん』や『渡る世間は鬼ばかり』など多くのテレビドラマヒット作品を生み出した方である。高柳健次郎がいなかったら、橋田さんだって活躍できなかった訳だし、ラストの言葉が身に染みてくるなと思う。
改めて私たちの歴史は、偉大な先人たちの努力の上に成り立っているのだなと感じさせられたし、そういう発見が出来たので今作を観劇できて良かったと思う。
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