日本外国特派員協会で森まさこ元法務大臣と向井義博弁護士(るなさんのお母さんの代理人)が記者会見――兵庫県警16歳女性自白強要・違法逮捕・不当勾留延長羸痩(るい痩)死事件
最初に言っておきますが、今日の会見では、るなさんの話はあまり出ませんでした。
ですので、るなさんの新情報をお聞きになりたい方には肩透かしの内容となりますことをあらかじめご了承ください。
会見が開かれたが、るなさんの話は少なかった
本日(2026年8月3日月曜日)午後1時から2時までの間、森まさこ元法務大臣とるなさんの母親(原告)の代理人弁護士である向井義博氏が日本外国特派員協会(外国人記者クラブ)で記者会見を行いました。
日本外国特派員協会(外国人記者クラブ)で行われた会見の動画はこちらにになります。
また、会見が始まってすぐ、読売テレビが反応し、記事を配信しました。
「いま言ったら楽になるぞ」16歳女性が取り調べで体調悪化し釈放後に死亡…遺族“違法な捜査が原因”と訴え提訴 自民・森参院議員が会見 読売テレビ(ヤフーニュース) 8/3(月) 13:05配信 最終更新:8/3(月) 13:18
以下は同じ記事の日テレ公式サイトから配信されたものになります。
ライブ配信を視聴しましたが、るなさんの事件に関しては、新情報と呼べるまでのものはありませんでした。
しいていうなら、被害者とされた(うちの記事では)Xさんと呼んでいる重度の知的障害のある施設利用者の方が、言葉によるコミュニケーションが取れないため、警察が被害者供述を取っていない、という話があったことくらいな、という感じです。
ただしこれもXさんの父親が変わって警察の事情聴取を受けたとの情報が出ていますので、この点をはっきりと語った話がなかっただけで、その点を考慮すれば被害者の供述が欠けていたことはわかる話です。
報道に関して 2026.8.5追加
この会見は神戸地検検事と兵庫県警明石署員3名の刑事告訴を受けて行われたものですが、2026年8月5日時点で、刑事告訴等を報じた機関は以下の通りです。
「公平な目で事実を見て」逮捕され不起訴の16歳死亡 遺族が明石署員と検察官を刑事告訴 産経新聞 2026/8/1 12:30
警察官、検事の告訴状提出 勾留後死亡の女性遺族、兵庫 2026年08月01日 18時07分 共同通信
自白獲得目的の身柄拘束か 警察官と検事を刑事告訴 勾留後死亡の16歳少女遺族 サンテレビ 2026.08.0223:11
「いま言ったら楽になるぞ」16歳女性が取り調べで体調悪化し釈放後に死亡…遺族“違法な捜査が原因”と訴え提訴 自民・森参院議員が会見 読売テレビ 2026年8月3日 13:05
「人質司法の最も悲惨な犠牲者」不起訴後に死亡した16歳女性 遺族が兵庫の警察官と検察官を刑事告訴 弁護士ドットコム 2026年08月03日 15時00分
「娘に謝ってほしい」逮捕・拘留後に衰弱死した16歳少女の母親が警察官と検事を刑事告訴 拘留中に摂食障害となり不起訴後PTSD発症 体重が20キロまで減り死亡 関西テレビ 8/3(月) 18:14配信
「抱きしめたときには骨だらけ」逮捕後に食事とれず体重20kg 16歳娘の死亡は「違法な捜査が原因」遺族が刑事告訴 読売テレビ 2026年8月3日 18:44
「人質司法で命が失われた」勾留後に死亡した女性の遺族が告訴状を提出 ABCニュース 08/03 19:56 配信
16歳の死が問う“人質司法” PTSD、摂食障害、衰弱死した少女の遺族、警察官・検事を刑事告訴 8/5(水) 3:00配信
これだけの大事件が起きているのに、産経新聞以外は、共同通信の記事しか配信しない。
小さな新聞社は仕方ないとして、大新聞が自社で取材して記事を出さないのは論外ですし、そもそも、地元紙である神戸新聞が共同通信の記事を使用し、記者を動かして記事を書かないのはどういうことなのかという話です。
朝日新聞は警察の問題では動いて報道するという印象を持たれていますが、ご覧の通り、本当にヤバいネタでは動きません。公安警察絡みなどのイデオロギーが絡む問題でしか積極的に動かないようです。
残念ながら、これが日本のマスコミの実態です。
検察官の改革への抵抗に関して思ったこと
こちらはるなさんの事件の話ではありませんが、検察が改革に抵抗していて、自民党ですら法務省を制御できていない実態が森まさこ議員(元法相)の口から語られていましたが、裁判官と検察官が改革に抵抗するのは今に始まった話じゃないですよね。
敗戦後、司法改革が始まり、司法省が廃止されたのですが、その時に当時の司法官僚らが激しく抵抗し、日本の司法改革は不十分なままで終わってしまい、そのことが様々な問題を引き起こしたとされています。
司法省(しほうしょう)は、1871年(明治4年)から1948年(昭和23年)まで設置されていた日本の行政官庁。司法行政や、登記や戸籍といった民事行政、監獄、検察等を所管していた。廃止後、法務庁(後に法務府、法務省へと改称)に事務が引き継がれた。
概要
明治政府発足後、日本国憲法制定に伴う新体制に移行するまでの間、日本の司法行政、法務行政を所管していた。司法省の組織や所管する事務は時代によって大きく変動するが、民事法、刑事法、登記・戸籍・供託等の法務行政、監獄、司法保護(少年保護・更生保護)、検察、裁判所、弁護士、公証人、司法書士等に関する事務を所掌した。
大審院が発足するまでは、裁判機構が司法省の下に置かれ、裁判所は司法省の所管事務を分掌する部局として設計されていた(司法職務定制3条)。大審院の発足により裁判機構は司法省から独立したが、法令の解釈適用に関して司法省が指令や内訓の形で裁判に干渉する実務は裁判所構成法制定後まで残った[1]。裁判所構成法及び大日本帝国憲法の制定により、司法省の監督権が個々の裁判に直接影響を及ぼすことはできなくなったものの、その後も司法省が司法行政権を掌握していたことから、特に裁判官に対する人事権を通じて裁判所へ影響力を及ぼすことができ[2]、司法権の独立は脆弱なものであった[3]。明治後期以降は、大審院以下の裁判所の長や部長等の主要な官職に検事出身者が就任することも多かった[4]。
かつては警察組織も司法省が管轄していたが、1873年(明治6年)11月に創設された内務省に移管された[5]。
日本国憲法及び裁判所法の施行に伴い、司法行政権は新たに設置された最高裁判所以下の裁判所に属するものとされたことで、司法省が所掌する司法行政事務から裁判所の権限に属するものが除外された。その後、司法省は1948年(昭和23年)2月15日に廃止され、所管していた事務は法務庁に承継された。
敗戦後の1946年(昭和21年)、司法省に「臨時司法制度改正審議会」が設置され、司法省存続の是非、最高裁判所の構成、弁護士制度の関する議論が始まり、司法官僚を中心に、司法省の解体・廃止を狙う連合国軍最高司令官総司令部 (GHQ) との折衝が行われていた。同審議会は同年7月12日に裁判所法、検察庁法、最高裁判所裁判官国民審査法の要綱をまとめたが、裁判官の人事権や予算編成権などの、全国の裁判所を統制する権限を巡って司法省(検事)と大審院(判事)との間で論争となった。司法省側は戦前と同様に人事・予算ともに司法大臣が権限を持つべきと主張したのに対して、大審院側は人事・予算に関する権限があってこその司法権の独立であると主張し、両者の対立が激化した[7]。
戦前、司法省では「検尊判卑主義」が公然と囁かれており、検事局・司法省・裁判所の要職を、検事がほぼ独占していた。そのため、判事は検事よりも格下の扱いだった[8]。こういった事情から、大審院には、司法省に対する強烈な拒否反応が生じていた[7]。
最終的にGHQは最高裁判所が人事権と予算編成権を持つべきだと決定を下し、1947年(昭和22年)5月3日、裁判所法と検察庁法が日本国憲法施行とともに施行され、新裁判制度がスタートした[7]。
最高裁判所事務総局は、日本国憲法施行後に、GHQによる司法改革(司法省の解体・廃止)の一環として新設された最高裁判所に移籍した旧司法官僚の判事[注釈 1]によって設立された機関であり、事務総局の組織自体も司法省を参考に編成された。このため、最高裁判所事務総局は「司法省の戦後の再編成版」とも呼ばれ[9]、現在も司法行政の中枢機関として、日本国内の全ての裁判官の職務に多大な影響を及ぼしている。
なお、旧司法官僚のうち検事は法務庁(現・法務省)と検察庁を設立し、最高裁判所事務総局と法務省は司法省の廃止後も判検交流と呼ばれる人事交流を行うなど[注釈 2]、付かず離れずの関係を維持し続けながら現在に至っている。
(中略)
最高裁判所事務総局の局長、課長等は本来は裁判所事務官または裁判所技官のポストである[11]が、実際には家庭審議官[注釈 6]や一部の課長を除き、ほとんどのポストにはキャリア裁判官が充てられている[注釈 7]。最高裁判所事務総局の要職を経験した裁判官の多くが後に最高裁判所裁判官(最高裁判所長官を含む)や高等裁判所長官へと昇進している(詳細は下記「歴代在職者一覧」を参照)。
このように、最高裁判所事務総局は日本の司法行政の中枢機関であると同時に、最高裁判所裁判官や高等裁判所長官の候補生を育てる養成機関としての機能も有しており、特にキャリア裁判官出身の最高裁判所裁判官は原則として最高裁判所事務総局の勤務経験者の中から任命される事が慣例となっている[注釈 8]。このように最高裁判所裁判官の限られたポストを最高裁判所事務総局の勤務経験者たちが代々独占し続ける人事制度により、最高裁判所事務総局は日本国内の全ての裁判所の司法行政部門と裁判部門に対して強い権限と影響力を持っている。
以前から問題視されているのに、一向に解体されない最高裁判所事務総局の問題も戦前の非民主的な司法制度の残滓であり、日本の司法制度が民主主義から懸け離れた酷いものになっている元凶の一つだったりしますが、このシステム自体が司法官僚らの抵抗と妨害によって成立したものです。
だから検察改革に対する検察官らの激しい抵抗を見ていると、この問題は、ただ検察を改革するだけでは駄目で、司法制度全体を、民主主義国本来のありように根本から作り替えないとどうしようもないのではないか、という気もしながら、森まさこ議員の話を聞いていました。
判検交流とか、警察・検察に有利な判決が出易くするものは廃止すべきですし、政治による司法コントロールに繋がる最高裁事務総局も廃止すべきですし、判事は原則、一定期間の経験を積んだ弁護士から選任する制度に変えないとどうしようもないでしょうね。
るなさんの件で思ったこと
これは話を聞いていて感じた疑問です。
『家栽の人』という漫画をご存じでしょうか。
毛利甚八作・魚戸おさむ画の青年漫画で、ビッグコミックオリジナルで1988年から1996年まで連載され、全15巻、テレビドラマ化した片山鶴太郎版はかなりの人気を博しました。
この作品の中で事件を起こした少年・少女を家裁調査官が取り調べたり、事件の真相を調査したりしていますよね。
事件を起こした14歳以上20歳未満の刑事責任年齢に達した少年の事件を家庭裁判所に送致すること(捜査書類のみの送致もある)を家裁送致と呼びます。
送致するのは検事か警察官です。
犯罪の嫌疑があれば家裁送致する決まりになっていますが、そもそもまともに捜査しておらず、知的障害がある元施設利用者の女性の証言のみで逮捕したような有様なので、家裁に送致できるだけの捜査書類があったとは到底思われません。
前から指摘していますが、逮捕状の請求自体、違法行為を働いて行った疑いがあり、兵庫県警明石警察署は、上述の元施設利用者の女性の証言と、被害者とされた施設利用者の父親が代理で行った被害申告、それに加えてるなさんを無理矢理自白させ、してもいない罪を認めさせて作成した供述調書で乗り切る気でいたことは明白であり、自白を取って出鱈目な内容の供述調書を作成して身柄を検察に送る予定だったのでしょう。
ただ、一つだけ疑問があるんです。
少年事件は全件送致主義のため、家裁への送致は不可避のようです。
だからどこかの段階ではるなさんの事件を家裁送致しないといけない。
しかし、こんな杜撰で出鱈目な捜査をしていれば、家裁は恐らく、調査して暴行の事実はなかったとして、不処分(非行の事実なし)にする可能性が高いです。
幾らなんでも逆送(家裁送致された事件が、家裁から検察官に送致されること)になるとは思えない。
警察官や検察官がその辺りのことを何も考えないような、ただの馬鹿だったとはとても考えられない。
そうなってくると、告訴された三名の警察官と検事は、不処分にならないよう、送致前の段階で徹底的に工作し、家裁側が犯罪でっち上げが行われたことに気づかないようにするつもりであったと考えるべきでしょう。
証拠品の捏造や偽証する証言者を作り出すことなど、犯罪者にでっち上げるために、ろくでもない策謀を張り巡らせていた疑いがあります。
特に兵庫県警は少年事件での自白強要が横行していることから、このような卑劣で許しがたいでっち上げを、これまでにも何件もやってのけていた可能性を疑った方がよさそうです。
兵庫県警が担当した少年事件を全件、精査した方がよいのではないでしょうか。
今日の会見について一言
完全に個人的な感想になりますが、警察、検察に対して、やや手ぬるいかな、という印象は受けました。
反面、警察と検察の非を日本外国特派員協会で徹底的に糾弾し、日本の警察機構と検察組織の異常性、後進性を殊更に強調すれば、警察、検察も態度を硬化させて、逆に絶対に改革に応じなくなる可能性も考えられるので、自ら改革に応じるように逃げ道を残してあげたのかな、という気もします。
ですが、この会見をきっかけに、外国のメディアはるなさんの事件と検察不祥事について情報を得たので、興味と関心を持って独自に調査取材する外国メディアが出てくることは不可避ですし、警察も、検察も、そのような日本のメディアと違って一切手加減してくれない外国メディアの激しい非難にさらされれば、相当な窮地に陥るのは確実でしょう。
外圧がかかって警察改革、検察改革をせざるを得ない状況に追い込まれることもほぼ確実ですので、改革に関しては、むしろ、ここからが本当の正念場になるのではないかと考えられます。
また、るなさんの事件は、相当闇が深いものと思われますから、全容解明されるまで、注視し続ける必要があります。
会見で使用されたるなさんの事件に関連する画像






