不確実性にどう向き合うか ― 曖昧性耐性と理学療法士のウェルビーイング
論文の紹介
タイトル
The association between ambiguity tolerance and psychological well-being among physical therapists engaged in geriatric rehabilitation: A multicentre collaborative cross-sectional study
(高齢者リハビリテーションに従事する理学療法士における曖昧性耐性と心理的ウェルビーイングの関連)
著者・雑誌・発行年
Shotaro Tamura, Kenta Hiratsuka, Minato Oonuki, Masanobu Yokochi, Daiki Matsuzaka, Yuutarou Satou, Naoto Ishikawa, Masahiko Tai, Koki Kikuchi, Ryouichi Kuneta, Masanori Ooya, Kensuke Kakiuchi, Ryo Matsuda
Clinical Rehabilitation, 2025
論文の概要
本研究は、高齢者リハビリテーションに従事する理学療法士を対象に、「曖昧性耐性」と心理的ウェルビーイング(バーンアウト、共感疲労[他者の苦痛に寄り添うことで疲弊するネガティブな状態]、共感満足、抑うつ症状)との関連を検討した多施設共同横断研究です。
日本国内5施設から134名の理学療法士が解析対象となり、曖昧性耐性は以下の3側面から評価されています。
曖昧さへの不快感
道徳的絶対主義
複雑性欲求(新規性・複雑さを前向きに捉える態度)
心理的ウェルビーイングは、Professional Quality of Life ScaleとQuick Inventory of Depressive Symptomatologyを用いて測定されました。
主な結果
本研究の結果は非常に明確です。
複雑性欲求
バーンアウトと負の関連
共感満足と正の関連
曖昧さへの不快感
バーンアウト、共感疲労、抑うつ症状と正の関連
一方で、道徳的絶対主義はいずれの心理的指標とも有意な関連を示しませんでした。
さらにサブグループ解析では、
経験年数5年以上では、複雑性欲求の高さがバーンアウト低下・共感満足向上と関連
経験年数5年未満では、曖昧さへの不快感が特に抑うつ症状や共感疲労と関連
女性では、曖昧さへの不快感と心理的不調との関連がより顕著
といった違いも示されています。

全体像として
この研究が示しているのは、
「曖昧さにどう向き合っているか」そのものが、理学療法士の心の健康に強く関係している
という点です。
不確実性の高い高齢者リハビリテーションの現場において、
曖昧さを「脅威」と感じるか
それとも「考えがいのある複雑さ」と捉えられるか
その認知の違いが、バーンアウトや抑うつといったアウトカムに直結していました。
結論
本研究は、理学療法士の心理的ウェルビーイングを左右する要因として、
業務量や環境だけでなく、「曖昧さに対する態度」が重要であることを示しています。
曖昧さへの不快感を減らし、複雑性欲求を高めるような教育・支援・職場文化は、
バーンアウト予防や職業的満足感の向上につながる可能性があります。
面白かった点
特に印象的だったのは、「能力が高いから余裕がある」のではなく、不確実性に対する“認知の枠組み”が違うだけだという点です。
臨床現場で教育に関わっていると、「頭が良い」「知識が多い」ことと、「良い仕事ができる」「長く安定して働ける」ことは必ずしも一致しないと感じる場面があります。本研究が示している複雑性欲求の高さは、知的能力というよりも、予測できない出来事やちょっとしたトラブルに対して、前向きに向き合える姿勢に近いものだと感じました。
一方で、曖昧さへの不快感が高い場合、不確実な状況そのものが強いストレス源となり、判断のたびに消耗が積み重なっていきます。これは「力量不足」ではなく、不確実性をどう意味づけているかの違いに過ぎないにもかかわらず、本人にとっては「自分は向いていない」「できていない」という自己評価につながりやすい点が、とても示唆的でした。
医療現場では、計画通りにいかないこと、予想外の出来事、説明のつかない反応が日常的に起こります。そうした中で、小さなトラブルにどう向き合えるか、曖昧さをどこまで引き受けられるかという力は、専門知識以上に、医療従事者のウェルビーイングに大きく影響しているのだと思います。
マネジメントへの示唆
本研究から得られる示唆は、バーンアウト対策を
「業務量調整」だけで終わらせてはいけないという点です。
特に重要だと感じたのは以下のポイントです。
曖昧な状況を「個人で抱え込ませない」文化づくり
不確実性を前提に、相談・共有できる場を日常的に設ける複雑さを肯定する学習機会の提供
正解探しではなく、試行錯誤そのものを価値づける若手に対して「判断の理由」を言語化する
なぜそう考えたのかを共有することが、曖昧さ耐性の育成につながる曖昧さを減らす努力と、曖昧さと共存する支援を分けて考える
すべてを明確にすることは不可能であり、その前提を共有すること自体が支援になる
バーンアウトは結果として個人に現れますが、
その背景には「曖昧さをどう扱うか」という、組織文化と教育の問題があります。
この論文は、
高齢者リハビリテーションという不確実性の高い領域で働く理学療法士を支えるために、何に目を向けるべきかを、非常に示唆的に教えてくれる一編でした。
以下は、「曖昧さ」「不確実性」に関する論文紹介となります。
